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曰く売りの噺
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影法師の営業時間は主に夜。
そうなると必然的に、
それ以外の時間帯は彼のプライベートとなる。
だがこの虚無の街の住人とは、
つくづく遠慮というものを知らない。
「おっ、噺売りの旦那
今日はペットを連れてお出かけかい?」
『黒猫さんが暑いから、
涼しい場所に連れていけと五月蝿くね
穴場があれば教えてくれないかい曰く売りの旦那』
彼は隣の店の曰く売りの旦那
呪われた品や特殊な事情を抱えたモノを
買い取って、品に見合った値段で売る。
時には訳ありの孤児を引き取り、
自分の店で雇うという感じの変わり者だ。
「そうだね…
この辺りなら、湖がある
避暑地としてはうってつけだろう」
『ありがとう曰く売りの旦那
さっそく行ってみることにするよ
ところで、旦那もお出かけなのかい?』
「ああ、店の品を仕入れにいくのさ」
◇◇◇
黒猫さんは湖につくなり、
水際で涼んでいた
隣では曰く売りの旦那が釣りをしている。
『釣れそうかい?』
「いいや、まだ釣れそうにないね
この湖には色んな品が流れ着くから、
どんなモノが釣れるか、
楽しみで仕方がないがね」
『旦那の仕入れ元はこの湖だったか…
確かにこの湖は、他の世界と繋がっているからね』
「ああ、たまに人間も釣れるんだ
今うちの店で働いてる孤児も、
この湖から釣れたものだよ」
『ほう、それは面白い
その人間もさぞ驚いただろうね』
「確かに驚いてはいたがね
よっぽど元の世界に戻りたくないのか、
どの子も俺の店で働くことを望んだよ」
『まあ、この虚無の街は、
誰にも必要とされない者を縛るからね
本人がそう思ってるようじゃ、
私達が何をしようが出られないさ』
「ああそうだ旦那、
ずっと待っていても暇だし、
一つ噺をしてくれないかい?」
『今は営業時間外だよ』
「良いじゃないか
昔からの仲だし、聞いた噺はちゃんと買うよ」
『・・・はぁ…分かったよ
なら今回はこの噺をしようか』
◇◇◇
『正義と悪の違いは、何か分かるかい?』
「正しい方と、悪い方という感じかな?」
『随分とざっくりだね
確かに大雑把に言えばそんな感じだね』
「今回はそれに関する噺かい?」
『ああそうだね』
「へえ、それは楽しみだ
それでは、続きを頼むよ」
『あるところに、悪い怪物がいたのさ
その怪物は山に入ってきた子供たちを襲ったり、
畑を荒らしたりと、村人は困り果てていたのさ』
「随分と悪い怪物だね
それで、その後はどうなったの?」
『そこで一人の村人が立ち上がったのさ
悪い怪物を懲らしめてやろうとね
さて、この後は何が起こったと思う?』
「当然、懲らしめたのだろう?
何せ悪い怪物だからね」
『確かに村人は怪物を懲らしめることには成功した
それを見た他の村人は、その怪物を
見かける度に暴力を振るうようになったのさ』
「それはよくないね
いくら悪いことをしたとはいえ、
何してもいいわけではない」
『そう、この噺の本質はそこにあるのさ
実際に、怪物は村人達が言うほど、
悪い存在ではなかったからね』
「君は最初に悪い怪物と言ったじゃないか
なのにどうして悪い存在じゃないと言えるの?」
『子供を襲ったのではなく、
偶然子供達の前に現れただけ、
畑を荒らしたのも、別の者の仕業だったのさ
まあ、誰の仕業かなんて、私はどうでもいいけどね』
「村人達は、それを知っていたのかい?」
『子供の事は知らないが、
畑を荒らした犯人は知っていたみたいだね
だが村人達はあえて知らないフリをして、
悪い怪物に罪を全て押し付けたのさ
これが正義だ!ってね
これではどちらが悪か分からないね』
「正義というものは、
簡単なように見えて、捉え方を間違えれば
それはとても残酷な暴力と化すんだね」
◇◇◇
『それで?君は何と交換してくれるんだい?』
「ならば、最初に釣れたモノと
交換するというのはどうだい?」
『何が釣れるか怖いところだが、
良いよ、そんなスリルもたまには一興だろう』
「おっ、旦那喜べ
交換するモノが釣れそうだぞ」
『それは釣ってから言っておくれ』
旦那はキラキラとした目でリールを回す。
今日の交換材料になるであろう品は、
少しずつ水辺に近づいていた。
「おっ、釣れたぞ旦那!
さて、最初の獲物はっと…」
『これは…刀のようだね』
釣れたのは、どこか不思議な雰囲気を持つ刀だった。
「これは、刀神のようだな
恐らく、本体はこの中にいるだろう
運が良かったな旦那
これはレアな掘り出し物だぜ?」
『確かに刀神は希少な種族だからね
確かにレアではあるかもね』
《ん?何じゃその刀は
見たところ、ただの刀ではないようじゃの》
『うん、しかも短刀タイプなんて、
今まで見たことがないからね』
《刀神の祖先は、死にきれなかった
武士の魂が刀に宿ったのが始まりじゃが、
今は刀そのものから生まれることがあるからの》
『どんな刀神が出るかは分からないが、
貰ったからには大事にするよ』
《それが良いじゃろうな
戦用か飾り用かは知らんが、
扱い方は気を付けた方が身の為じゃ》
『そうだね、気を付けるとするよ
それじゃ旦那、私達は帰るけれど、
良い掘り出し物が釣れることを願っているよ』
「ああ、嘘つきの旦那、
良いのが釣れたら教えるぜ」
背中に白い羽の生えた曰く売りの旦那は、
湖を去っていく影法師に軽く手を振った。
《ところで、お主の舌に浮かんでいる
その梵字は何なのじゃ?
見たところ、一種の呪術のようじゃが》
『ああこれは、私が犯した罪の報いさ』
影法師は、これ以上語ることはなかった。
そうなると必然的に、
それ以外の時間帯は彼のプライベートとなる。
だがこの虚無の街の住人とは、
つくづく遠慮というものを知らない。
「おっ、噺売りの旦那
今日はペットを連れてお出かけかい?」
『黒猫さんが暑いから、
涼しい場所に連れていけと五月蝿くね
穴場があれば教えてくれないかい曰く売りの旦那』
彼は隣の店の曰く売りの旦那
呪われた品や特殊な事情を抱えたモノを
買い取って、品に見合った値段で売る。
時には訳ありの孤児を引き取り、
自分の店で雇うという感じの変わり者だ。
「そうだね…
この辺りなら、湖がある
避暑地としてはうってつけだろう」
『ありがとう曰く売りの旦那
さっそく行ってみることにするよ
ところで、旦那もお出かけなのかい?』
「ああ、店の品を仕入れにいくのさ」
◇◇◇
黒猫さんは湖につくなり、
水際で涼んでいた
隣では曰く売りの旦那が釣りをしている。
『釣れそうかい?』
「いいや、まだ釣れそうにないね
この湖には色んな品が流れ着くから、
どんなモノが釣れるか、
楽しみで仕方がないがね」
『旦那の仕入れ元はこの湖だったか…
確かにこの湖は、他の世界と繋がっているからね』
「ああ、たまに人間も釣れるんだ
今うちの店で働いてる孤児も、
この湖から釣れたものだよ」
『ほう、それは面白い
その人間もさぞ驚いただろうね』
「確かに驚いてはいたがね
よっぽど元の世界に戻りたくないのか、
どの子も俺の店で働くことを望んだよ」
『まあ、この虚無の街は、
誰にも必要とされない者を縛るからね
本人がそう思ってるようじゃ、
私達が何をしようが出られないさ』
「ああそうだ旦那、
ずっと待っていても暇だし、
一つ噺をしてくれないかい?」
『今は営業時間外だよ』
「良いじゃないか
昔からの仲だし、聞いた噺はちゃんと買うよ」
『・・・はぁ…分かったよ
なら今回はこの噺をしようか』
◇◇◇
『正義と悪の違いは、何か分かるかい?』
「正しい方と、悪い方という感じかな?」
『随分とざっくりだね
確かに大雑把に言えばそんな感じだね』
「今回はそれに関する噺かい?」
『ああそうだね』
「へえ、それは楽しみだ
それでは、続きを頼むよ」
『あるところに、悪い怪物がいたのさ
その怪物は山に入ってきた子供たちを襲ったり、
畑を荒らしたりと、村人は困り果てていたのさ』
「随分と悪い怪物だね
それで、その後はどうなったの?」
『そこで一人の村人が立ち上がったのさ
悪い怪物を懲らしめてやろうとね
さて、この後は何が起こったと思う?』
「当然、懲らしめたのだろう?
何せ悪い怪物だからね」
『確かに村人は怪物を懲らしめることには成功した
それを見た他の村人は、その怪物を
見かける度に暴力を振るうようになったのさ』
「それはよくないね
いくら悪いことをしたとはいえ、
何してもいいわけではない」
『そう、この噺の本質はそこにあるのさ
実際に、怪物は村人達が言うほど、
悪い存在ではなかったからね』
「君は最初に悪い怪物と言ったじゃないか
なのにどうして悪い存在じゃないと言えるの?」
『子供を襲ったのではなく、
偶然子供達の前に現れただけ、
畑を荒らしたのも、別の者の仕業だったのさ
まあ、誰の仕業かなんて、私はどうでもいいけどね』
「村人達は、それを知っていたのかい?」
『子供の事は知らないが、
畑を荒らした犯人は知っていたみたいだね
だが村人達はあえて知らないフリをして、
悪い怪物に罪を全て押し付けたのさ
これが正義だ!ってね
これではどちらが悪か分からないね』
「正義というものは、
簡単なように見えて、捉え方を間違えれば
それはとても残酷な暴力と化すんだね」
◇◇◇
『それで?君は何と交換してくれるんだい?』
「ならば、最初に釣れたモノと
交換するというのはどうだい?」
『何が釣れるか怖いところだが、
良いよ、そんなスリルもたまには一興だろう』
「おっ、旦那喜べ
交換するモノが釣れそうだぞ」
『それは釣ってから言っておくれ』
旦那はキラキラとした目でリールを回す。
今日の交換材料になるであろう品は、
少しずつ水辺に近づいていた。
「おっ、釣れたぞ旦那!
さて、最初の獲物はっと…」
『これは…刀のようだね』
釣れたのは、どこか不思議な雰囲気を持つ刀だった。
「これは、刀神のようだな
恐らく、本体はこの中にいるだろう
運が良かったな旦那
これはレアな掘り出し物だぜ?」
『確かに刀神は希少な種族だからね
確かにレアではあるかもね』
《ん?何じゃその刀は
見たところ、ただの刀ではないようじゃの》
『うん、しかも短刀タイプなんて、
今まで見たことがないからね』
《刀神の祖先は、死にきれなかった
武士の魂が刀に宿ったのが始まりじゃが、
今は刀そのものから生まれることがあるからの》
『どんな刀神が出るかは分からないが、
貰ったからには大事にするよ』
《それが良いじゃろうな
戦用か飾り用かは知らんが、
扱い方は気を付けた方が身の為じゃ》
『そうだね、気を付けるとするよ
それじゃ旦那、私達は帰るけれど、
良い掘り出し物が釣れることを願っているよ』
「ああ、嘘つきの旦那、
良いのが釣れたら教えるぜ」
背中に白い羽の生えた曰く売りの旦那は、
湖を去っていく影法師に軽く手を振った。
《ところで、お主の舌に浮かんでいる
その梵字は何なのじゃ?
見たところ、一種の呪術のようじゃが》
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