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黒猫さんの噺
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《これはまた、妙な所に迷い込んだの》
また虚無の街に迷い込んだ者が一匹。
暗い夜道の中、人語を話す面妖な黒猫がやってきた。
《にしても誰もおらんの
もうほとんど店仕舞いにしたのじゃろうか》
黒猫は二本の尻尾を揺らしながら、
静かな道を歩いていた。
『おやおや、今度はあやかしかい
まさか畜生まで引きずり込むとはね』
先程まで誰もいなかったはずの
店内に、金髪の男が一人。
見たところ外人のように見える姿だった。
《畜生で悪かったな
あいにくワシは、産まれた頃より畜生なのじゃ》
黒猫は皮肉めいたように鼻で笑った。
『まあ畜生でも客には違いない
お客さん、物語に興味はないかい?』
《何じゃ、ここらで店を開いとるのはお主だけか》
『ただ営業時間が違うだけさ
他は明るい時間帯に店を開いているが、
私だけ、夜に開いているんだよ』
《お主は何を売っとるのじゃ》
『私は物語を売っているのさ
様々な物語を取り揃えているから、
希望があるなら答えられるよ』
《物語か、また妙なモノを売っとるの》
『何を売るかなんて、君じゃなくて
私が決めるのだよ黒猫さん』
《まあそれもそうじゃが…》
『どうせ他に行く当てもないのだろう?
良かったら聞いていくかい?』
《聞くだけ聞くとしよう
退屈しのぎくらいにはなるじゃろう》
『毎度あり、それなら今回はこの噺をしようかね』
◇◇◇
『言霊、というのは信じるかい?』
《そんなものワシでも知っとる
言葉には力が宿ると、
昔から信じられとるからな》
『そう、今回はその言霊に関する噺だよ』
《ほう、ならば聞こうではないか》
『昔とある村に、嘘つきな少年がいた
その少年は兎に角悪ガキでね、
村の住人達を嘘で騙しては、
混乱する姿を見て楽しんでいたのさ』
《悪趣味な童じゃのう
当然周りの奴らは叱ったのじゃろう?》
『ああそうさ、しかしやはり駄目だね
いくら叱っても、
少年は嘘をつくことをやめなかったのさ
さて、そうなれば周りはどうすると思う?』
《そりゃあ叱らなくなるじゃろうな
いくら言っても直さんような童は、
叱るだけ時間の無駄じゃからの》
『そう、次第に周りの者達は、
少年を咎めることはなくなり、
結果、彼は今まで以上に酷くなっていった
そしてこの噺はここから面白くなるのさ
何が起こったのか分かるかい?』
《そうじゃなぁ…少年に天罰が下ったのではないか?》
『そう、今回起こったのはまさに天罰だ
たまたまこの村を訪れた僧侶に、
嘘つきの少年は呪術をかけられたのさ』
《ほう、どのような呪術をかけられたのじゃ?》
『実際に口に出した言葉が、現実に起こってしまう呪術さ
僧侶は去り際に、
己の言葉に責任を持つようにと言ったそうだよ』
《それで、改心したのか?》
『いいや、残念ながら改心しなかった
それどころか、呪術を利用して
更に嘘をつくようになってしまったのさ
だが、ここで噺は終わらない
少年はこの後、後悔することになるのさ
黒猫さんには少年の身に何が起こったか分かるかい?』
《僧侶は己の言葉に責任を持つようにと言ったのじゃろ?》
『そうだね』
《ならば、少年が後悔したということは、
その呪術が大きく関わっているのじゃろう?》
『ああ、黒猫さんの予想通りさ
少年は呪術のことを知りながら、
とんでもない嘘を言ってしまったのさ』
《少年が後悔するような嘘じゃろ?
一体どのような嘘を言ったのじゃ》
『少年は、こう言ったのさ
自分の母親が鬼となって追いかけてきたってね
勿論彼にとっては例えのようなもの
だがこの呪術には例えなんて通じない』
《なるほど、そういうことか
その母親が、鬼となって現実に現れたのじゃな?》
『その通り、そりゃあ驚くだろうね
自分の母親が、例えで言っただけの
鬼の姿となって追いかけてくるのだから』
《結局、その少年はどうなったのじゃ?》
『最後は鬼となった母親に喰われておしまい
どう?面白かったかい?』
《口は災いの元、とはよく言ったものじゃな》
◇◇◇
『さてお客さん、この噺買うかい?』
《何じゃお主、畜生から金を取るのか》
『払うのは金銭ではないさ
この街は未だに物々交換なんだよ』
《まあ良い、
最後まで聞いたからには、買ってやろうではないか》
『毎度あり、ならば何と交換してくれるのかな』
《そうじゃな、渡しとうなかったが、
特別にワシの元飼い主ちゃんの秘蔵写真を
一枚お主にくれてやろう》
黒猫さんは名残惜しそうな顔で、
美しい女性の写真を差し出してきた。
『彼女が君の元飼い主なのかい?』
《ああそうじゃ、別嬪さんじゃろう?
せっかくじゃし、飼い主ちゃんに化けてくれんかの》
『何がせっかくなのか、私には全く分からないね』
《お主影のあやかしなのじゃろう?
別に減るものでもなし、
ワシの飼い主ちゃんに化けても問題ないはずじゃ》
『わざわざ化ける意味がないね
悪いが他を当たっておくれ』
《嫌じゃ嫌じゃ!ワシはどうしても
飼い主ちゃんの姿が見たいのじゃ!》
黒猫さんは仰向けに寝転ぶと、
駄々を捏ねる童かのように、
左右に転がっている。
『猫とは、こんな面倒臭い畜生だったかね
私はてっきり、猫というものは
人になびかないとばかり思っていたよ』
《お主は人じゃのうてあやかしじゃろうが
ならば振る舞いも違って当たり前じゃろ》
『なるほど、そういうものか
・・・仕方ない
ずっとそこで駄々を捏ねられては、
商売にならないからね
畜生の願いくらい聞いてやるか』
《やっふー!
久しぶりに飼い主ちゃんの姿が拝めるわい!》
黒猫さんの二本の尻尾は機嫌が良さそうに揺れている。
『この写真の女性に化ければ良いんだね?』
《ああそうじゃ、では頼むぞ》
金髪の青年の姿が黒く染まったかと思うと、
その影は形を変えていき、
やがて美しい女性の姿へと変わった。
黒猫さんは迷わず女性に飛び込む。
『黒猫さんの飼い主に似てるかい?』
《ああ、飼い主ちゃんとそっくりな別嬪さんじゃ!
これじゃこれじゃ!この柔らかさが好きなのじゃ!》
どうやら満足したようだ。
黒猫さんは影法師の膝の上で寛ぎながら、
とんでもないことを言い出した。
《この店は居心地が良いからの
しばらくここで暮らすか》
『ちょ、正気かい?』
《正気も何も、こんな別嬪さんを
何度も拝める店なんてそうそうないじゃろ
決めた!ワシはここに住むぞ!》
『畜生だけで勝手に決めないでおくれ
ここに住まわせるかどうかは、
君じゃなくて私が決めることだ』
《何じゃ、飼い主ちゃんと同じ顔のくせに、
冷たいあやかしじゃのう
ワシはお猫様じゃぞ?ほれ敬え敬え》
『少なくとも、こんな図々しい畜生は初めてだよ』
《兎に角、
もう住むと決めたからには、断固離れんからな
どこに住むかはワシが決めることで、
お主に決定権などないのじゃ》
『はぁ、もう好きにしたら良いさ』
虚無の街に、新たな住人が一匹、
この世界に移り住んだ。
また虚無の街に迷い込んだ者が一匹。
暗い夜道の中、人語を話す面妖な黒猫がやってきた。
《にしても誰もおらんの
もうほとんど店仕舞いにしたのじゃろうか》
黒猫は二本の尻尾を揺らしながら、
静かな道を歩いていた。
『おやおや、今度はあやかしかい
まさか畜生まで引きずり込むとはね』
先程まで誰もいなかったはずの
店内に、金髪の男が一人。
見たところ外人のように見える姿だった。
《畜生で悪かったな
あいにくワシは、産まれた頃より畜生なのじゃ》
黒猫は皮肉めいたように鼻で笑った。
『まあ畜生でも客には違いない
お客さん、物語に興味はないかい?』
《何じゃ、ここらで店を開いとるのはお主だけか》
『ただ営業時間が違うだけさ
他は明るい時間帯に店を開いているが、
私だけ、夜に開いているんだよ』
《お主は何を売っとるのじゃ》
『私は物語を売っているのさ
様々な物語を取り揃えているから、
希望があるなら答えられるよ』
《物語か、また妙なモノを売っとるの》
『何を売るかなんて、君じゃなくて
私が決めるのだよ黒猫さん』
《まあそれもそうじゃが…》
『どうせ他に行く当てもないのだろう?
良かったら聞いていくかい?』
《聞くだけ聞くとしよう
退屈しのぎくらいにはなるじゃろう》
『毎度あり、それなら今回はこの噺をしようかね』
◇◇◇
『言霊、というのは信じるかい?』
《そんなものワシでも知っとる
言葉には力が宿ると、
昔から信じられとるからな》
『そう、今回はその言霊に関する噺だよ』
《ほう、ならば聞こうではないか》
『昔とある村に、嘘つきな少年がいた
その少年は兎に角悪ガキでね、
村の住人達を嘘で騙しては、
混乱する姿を見て楽しんでいたのさ』
《悪趣味な童じゃのう
当然周りの奴らは叱ったのじゃろう?》
『ああそうさ、しかしやはり駄目だね
いくら叱っても、
少年は嘘をつくことをやめなかったのさ
さて、そうなれば周りはどうすると思う?』
《そりゃあ叱らなくなるじゃろうな
いくら言っても直さんような童は、
叱るだけ時間の無駄じゃからの》
『そう、次第に周りの者達は、
少年を咎めることはなくなり、
結果、彼は今まで以上に酷くなっていった
そしてこの噺はここから面白くなるのさ
何が起こったのか分かるかい?』
《そうじゃなぁ…少年に天罰が下ったのではないか?》
『そう、今回起こったのはまさに天罰だ
たまたまこの村を訪れた僧侶に、
嘘つきの少年は呪術をかけられたのさ』
《ほう、どのような呪術をかけられたのじゃ?》
『実際に口に出した言葉が、現実に起こってしまう呪術さ
僧侶は去り際に、
己の言葉に責任を持つようにと言ったそうだよ』
《それで、改心したのか?》
『いいや、残念ながら改心しなかった
それどころか、呪術を利用して
更に嘘をつくようになってしまったのさ
だが、ここで噺は終わらない
少年はこの後、後悔することになるのさ
黒猫さんには少年の身に何が起こったか分かるかい?』
《僧侶は己の言葉に責任を持つようにと言ったのじゃろ?》
『そうだね』
《ならば、少年が後悔したということは、
その呪術が大きく関わっているのじゃろう?》
『ああ、黒猫さんの予想通りさ
少年は呪術のことを知りながら、
とんでもない嘘を言ってしまったのさ』
《少年が後悔するような嘘じゃろ?
一体どのような嘘を言ったのじゃ》
『少年は、こう言ったのさ
自分の母親が鬼となって追いかけてきたってね
勿論彼にとっては例えのようなもの
だがこの呪術には例えなんて通じない』
《なるほど、そういうことか
その母親が、鬼となって現実に現れたのじゃな?》
『その通り、そりゃあ驚くだろうね
自分の母親が、例えで言っただけの
鬼の姿となって追いかけてくるのだから』
《結局、その少年はどうなったのじゃ?》
『最後は鬼となった母親に喰われておしまい
どう?面白かったかい?』
《口は災いの元、とはよく言ったものじゃな》
◇◇◇
『さてお客さん、この噺買うかい?』
《何じゃお主、畜生から金を取るのか》
『払うのは金銭ではないさ
この街は未だに物々交換なんだよ』
《まあ良い、
最後まで聞いたからには、買ってやろうではないか》
『毎度あり、ならば何と交換してくれるのかな』
《そうじゃな、渡しとうなかったが、
特別にワシの元飼い主ちゃんの秘蔵写真を
一枚お主にくれてやろう》
黒猫さんは名残惜しそうな顔で、
美しい女性の写真を差し出してきた。
『彼女が君の元飼い主なのかい?』
《ああそうじゃ、別嬪さんじゃろう?
せっかくじゃし、飼い主ちゃんに化けてくれんかの》
『何がせっかくなのか、私には全く分からないね』
《お主影のあやかしなのじゃろう?
別に減るものでもなし、
ワシの飼い主ちゃんに化けても問題ないはずじゃ》
『わざわざ化ける意味がないね
悪いが他を当たっておくれ』
《嫌じゃ嫌じゃ!ワシはどうしても
飼い主ちゃんの姿が見たいのじゃ!》
黒猫さんは仰向けに寝転ぶと、
駄々を捏ねる童かのように、
左右に転がっている。
『猫とは、こんな面倒臭い畜生だったかね
私はてっきり、猫というものは
人になびかないとばかり思っていたよ』
《お主は人じゃのうてあやかしじゃろうが
ならば振る舞いも違って当たり前じゃろ》
『なるほど、そういうものか
・・・仕方ない
ずっとそこで駄々を捏ねられては、
商売にならないからね
畜生の願いくらい聞いてやるか』
《やっふー!
久しぶりに飼い主ちゃんの姿が拝めるわい!》
黒猫さんの二本の尻尾は機嫌が良さそうに揺れている。
『この写真の女性に化ければ良いんだね?』
《ああそうじゃ、では頼むぞ》
金髪の青年の姿が黒く染まったかと思うと、
その影は形を変えていき、
やがて美しい女性の姿へと変わった。
黒猫さんは迷わず女性に飛び込む。
『黒猫さんの飼い主に似てるかい?』
《ああ、飼い主ちゃんとそっくりな別嬪さんじゃ!
これじゃこれじゃ!この柔らかさが好きなのじゃ!》
どうやら満足したようだ。
黒猫さんは影法師の膝の上で寛ぎながら、
とんでもないことを言い出した。
《この店は居心地が良いからの
しばらくここで暮らすか》
『ちょ、正気かい?』
《正気も何も、こんな別嬪さんを
何度も拝める店なんてそうそうないじゃろ
決めた!ワシはここに住むぞ!》
『畜生だけで勝手に決めないでおくれ
ここに住まわせるかどうかは、
君じゃなくて私が決めることだ』
《何じゃ、飼い主ちゃんと同じ顔のくせに、
冷たいあやかしじゃのう
ワシはお猫様じゃぞ?ほれ敬え敬え》
『少なくとも、こんな図々しい畜生は初めてだよ』
《兎に角、
もう住むと決めたからには、断固離れんからな
どこに住むかはワシが決めることで、
お主に決定権などないのじゃ》
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