RIGHT MEMORIZE 〜僕らを轢いてくソラ

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▽ 一章 ▽ いつだって思いと歩幅は吊り合わない

1-22 ススム心の師歩徒〜 Disport

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side御月

「…課長、すみませんお願いします」

翌日職場の上司に辞職を申し出た。

「おいおい待てよ御月、お得意の冗談だろ?俺の後はお前じゃねーか」

課長は初めて見る顔で驚いた後、真剣になって何度も止めてくれた。
だけど動き出したオレの気持ちは変わらない。 

そして出来るだけ早く次の仕事をしたい旨を無理を承知でお願いしたら、今まで頑張ってくれたからと1ヶ月後の退職を会社に掛け合い許可を得てくれた。





その日の夜オレはシロさんに電話する。

((プップップップップッ))

「あぁ御月君、どうした?」
「仕事の件決めました。宜しくお願いします」

流石のシロさんも昨日の今日で慌てるかな?

「……そっか、分かった。じゃ退職の時期が決まったらまた連絡してくれる?」
「あっと、もう申し出て受理されました。1ヶ月後です。あと有休使ってなかったので、実質1週間後から動けます」

「…本気なんだね、分かった。じゃ予定を立ててまた会おうか?」

電話越しのシロさんは淡々としてたけど、その声音には驚きが少しだけ感じられ、オレは初めてしてやったりと思って笑えた。



……




翌日。



「けど本社の部長さんが寂しがるなぁ」
「本社の部長?なんすかそれ?」

「お前去年子守頼まれたの覚えてるか?」
「子守?……あぁ、なんかそんなんありましたね?」

「…お前本当に覚えてるのか?あの子の親が部長なんだよ。あの子、今だにお前に相手してもらった事を嬉しそうに言うらしいぞ?」
「まぁ、オレも子供が居るんで慣れてただけですよ」
「ふっ、本社の部長さんなんて俺からしたら遥か上の人なんだけどなぁ。本当にお前はこの先楽しみだったのに」
「はは、オレはそう言うのあんま興味ないんで」

「…全くお前らしいよ。んで?次の仕事は決まってるのか?」
「あぁはい」
「何だ?」
「ファッション業界です」

「………また全然違う畑に行くなぁ。けどまぁお前にはそっちの方が似合ってるかもな」

そう言って課長はカラっと笑ってくれた。


だからオレはその気持ちに応える為にも引継ぎは完璧にした。
ビシビシ教えた後輩らは半泣きだったけど笑



……





今日が一応出勤最後の日。

「……… 」

オレはヘコんでいるシャッターを眺める。

これは一昨年オレがやった。
タイトな納期の受注が重なっていた時に、後輩が機械の操作ミスをして部品を大量にダメにして、そのせいでオレは3日間家に帰れなかったから。
今にして思えば離婚もそのせいかも…とは思わんけど、まぁどーでもいい。

ちなみにミスした後輩にはこれと同じガチボディを食らわせてやった。

くくっ
何だかんだで色々と思い出があるなぁ。



スタスタスタスタスタ…

スタスタスタスタ…

オレは従業員通用口の守衛さんに挨拶をし、5年間勤めた会社を後にした。


最後に一度だけ工場を振り返って。



……




2日後。



「御月君寂しいっす」「ぅぅ… 」
「また遊んで下さい…ね」

「…ぉ、おぉ」

現在飯を食った後のカラオケで大泣きされている。
仲の良かった後輩達による送別会で。

辞めるって事はコイツらとも会わなくなるってことで、勿論分かってたし寂しい気持ちもあった。
でもここまで泣くほどに思ってくれてるのを目の当たりにすると、寂しいを通り越して嬉しくなった。

オレは1人1人と言葉を交わしてまた会う約束をした。
必ず服を買いに来いよと拳を握り締め。



……





数日後。



今日シロさんと初めての打合せ。

工場をスッパリと辞めたオレの気持ちは真っさらで軽い。
やっぱ本当は好きじゃなかったんだなぁと今更ながらに思った。


「御月君は安定を捨てて可能性の世界に一歩足を踏み入れた。って事でこれからよろしくね」

シロさんはそう言って笑った。

「可能性…ですか。不安はあるけどなんかそれ以上にワクワクはしてます」
「うんうん。Rの入口にようこそなんて胡散臭いことは言わないけどさ、従業員から個人事業主になるわけだから考え方は変わるし変えないといけない。それと不安はあって当然だよ?実際大変だもん。だから皆んな一歩目を考えるけど大半は諦めて勤め続けてるでしょ?」

「……そうですね、先輩達もそんな感じです」
「でもねぇ御月君、1年経ったらこの前までの仕事の技術とかノウハウって忘れる?」

「う~ん…5年間ずっとやってたんで、多分ですけど1年後とかなら忘れてないでしょうね」
「だよね。つまりさ、同じ会社と同じポジションは無理かもだけど、それに近い所になら戻ろうと思えば戻れると思うってこと。だからまぁこれまでのキャリアが消えるわけじゃないから安心したら?」

シロさんは笑って言い、そして続ける。

「仮に一年後にその業界に戻ったとしたらさ、今までの仕事もまた違う見え方になってると思うから、何にしろ経験値は役に立つはず。まっそれよりも今の大事な事はこれからの可能性の部分だね。自分で仕事を始める、もしくはその中心に居るってことはね?今までの2倍3倍稼ぐ事が可能ってこと。まぁ3~5年くらいは掛かると思うけどね」

3~5年かぁ……

とオレが思ってると。

「ふふっ。でもね?前の会社で5年後に給料3倍になる事ってある?」

確かにっ

「例えば勤めている会社が順調に成長したとして、仮に月給が2万円ずつ上がるとしたら5年後の年収は+120万円だよね。昇進とかすればベースに+aがあるだろうけど」

シロさんは普通にそう言うけど、そんなに上がる会社なんてそうそうあるか?と思った。

工場勤務は拘束時間が長い分最初からそれなりに貰える。
シロさんが言うように安定はしているけれど、安定してる分変化は小さい。

「だからまぁ最初のね?…当たり前の最初の大変さを乗り越えたら楽しくなるよ。それに本当の価値は得る事より…経る事だから」

「…経ること」

「とりあえず飯食おっか?御月君はちょっと痩せ過ぎてるからね」

「あぁまぁ、ここんとこずっと食欲もなかったんで…ははは」

「…そうだね。でもせっかくの可愛い顔も頬が痩けてたら勿体ないからね。美味しいもの食べて健康的にシャープな体型をつくろうね」
「あ、はい。ぁ…そう言えばあの日クラブで会った子となんすけど… 」

「…あぁ、はいはい。あの後頑張ったんでしょ?」

え…忘れてた?

「勿論です」
「ならそれで良いよ。結果は動いた本人のみが噛み締める物だから」

そっか…確かに。

「でも上手く行ったって話なら飯を食いながらでも聞かせてもらおうかな?」
「あ、ハイっ」


そう言われて食べに行った鰻はめっちゃ美味かった。
そしてその日は全くファッションの話をすることもなく普通に終わった。







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