RIGHT MEMORIZE 〜僕らを轢いてくソラ

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▽ 一章 ▽ いつだって思いと歩幅は吊り合わない

1-8 鬼はそっと僕のウチ

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sideヒロ

カチっ『ガチャ…キィイ』

「はい?なんでしょう?」

僕はそう答えながら訪ねて来た30くらいと40後半?の警察官を見る。

「お休みの所すみませんね。少しお時間宜しいでしょうか?」

話しかけて来たのは若い方。

「あぁはい、全然大丈夫ですけど?」

「先日東小坂の国道沿いで通り魔事件がありましてね。それについて少しお聞きしたいのですが、その事件のことはご存知でしょうか?」

僕と変わらないくらいの歳の警察官は、表情を変えず淡々とした口調で尋ねてくる。

「あぁ、知ってます。昨夜盗まれた原付きを取りにそちらへ伺った際、警察官の方から教えて頂きました。気を付けるようにって。テレビでも観ましたけどまだ捕まってないんですよね?」

「えぇ、事件発生後の周辺の防犯カメラには何人かの若い男女が映っている様なのですが……残念ながら特定には。ここ数日この辺りで見掛けたことのない人物や、不審な感じの車両なんかを見たりはしてないですかね?」

若い男

僕は予想が嫌な方向に向かっているのを感じると、同時に頭の後ろから背中が熱いような冷たいような異様な感触を覚えた。

「ん~~…仕事とコンビニに行くくらいしか外には出ていませんけど、今のところそう言った人は見掛けていないと思います」

そんなやり取りを僕らがしている時、年配の警察官が少しだけ身体をズラし、玄関から奥を横目で覗く。
そして一拍おいてから僕の足下から徐々に視線を上げて目が合う。

「お客さんでも居る?」
「え?今は居ませんよ」

「…そっか、なら良かった。それと原付き、見つかって良かったねぇ」
「あ、はい、助かりました」

「まっ、そう言う事なんで気をつけて。なんか気がついたらすぐに署に連絡を」
「分かりました」
「んじゃ、朝から失礼しました。次行くぞ」
「ハっ」

そう言って軽く頭を下げた後、2人は階段の方へと歩いて行った。


「………… 」
『バタンっ』


ドアを閉めた僕はフラフラとした足取りでキッチン横のコップを手に取り、冷蔵庫から出したミネラルウォーターを注いでいく。


ゴクゴクゴクっ『トン』


あぁ…


どうしようか。

…~~

…~~

頭が全く回らない……


"防犯カメラには、何人かの若い男女が映っている"

って言ってもとりあえず話してみるしかないんだよ。


スタスタスタスタ…カラカラカラトン。
「…………… 」

一旦リビングに戻りクロゼットに目を向け、そして把手に手を掛けようとする。

ピクっ

が、一瞬引きかけた手を止める。

「…はぁ」


目だけで天井を見上げて、今度こそ把手を掴みゆっくりと引き開く。

ゴロゴロゴロゴロっ…

((ミレ、出て来て))

出来るだけ声量を抑えた僕が言うと、掛けられた服の間からゆっくりとミレが出て来た。

僕はもう一度指で口を閉じる仕草を見せてから座椅子に腰掛ける。
何も言わずミレも静かに対面へ座った。

ススっススっ
僕は膝立ちで静かに進み身体を伸ばし、クロゼットの隅からミレのブーツを取り出す。
嘘みたいなさっきの刃物あれは、この重みで以ってもう一度僕に現実だと教えてくれる。

『カシュ、スラァ』

要領を得た僕は今度はすぐにナイフを引き出した。
いやこれは短剣と言うべきか。

「ミレ、コレ」

僕は視線と共に赤黒いものがこびり付いた刃の部分を指差し、突き刺すジェスチャーをする。そして指を2本立て2人?と問う。


「「…………… 」」

伝わったのかな…?

だが何にしろ認めて欲しくない。
認めてくれるなっ

ミレは少し逡巡した様子を見せた後、ゆっくりと首肯した。


「「…………………… 」」


((…ブウゥゥーーーーーーーン…… ))


時間の流れが遅くなったかのような室内で、冷蔵庫の低い駆動音だけが虚しく耳に響く。


あぁ……

この瞬間本人の自白(喋ってはないけど)によってミレの犯行が確定。
僕の淡い期待は目の前の短剣に呆気なく切り裂かれた。

でも、自分の中では殆どその事実を導いていたからかなのか、思ったより驚きはなく奇妙な納得感も感じてはいた。


「……ふぅーーーーーーぅっ」

何かを整えようと少し勢いよく息を吐き出す。

するとミレが徐に立ち上がった。

⁉︎

僕は一瞬ビクッとして彼女を見上げる。

ミレは少しだけ悲しそうな顔で右手の指を2本立てた。
それからその右手で自分の左手を掴み引っ張る。
そして右腕を自分の首に巻きつける様な動きをしてから、右手を握り拳にして自分のお腹を殴る動作をした。

「襲われ…た?」

ミレは何度も頷く。

「それで擦り傷なんかがあったのか…… 」

僕はそれを想像したとき安堵してしまった。
それどころか喜んでしまっていた。

女の子が襲われた話しなのに、人が死んでいると言うのに…

だから何一つ解決していなけど、それでも目の前のこの女の子が、理由もなく人を傷付けたのではないという事実が嬉しくて…


気がつくと僕はミレの頭を優しく撫でていた。

そして何度も頷いてからミレを座らせた。




ゴクゴクゴクっコト。

「……ぅ~ん」

お茶を飲んでから改めて考えてみる。

今回のこと、突然襲われたとは言えどう考えても過剰防衛は免れない。
そしてそもそも銃刀法違反。
それに過失致死傷?

殺人……懲役。

真実でも言葉を話せないミレがどうやってそれを説明する?
それに住所どころか国籍も不明となればミレの権利は何によって保証されるんだ?

留置、取調べ、拘束、暴力…

ダメだ、絶対に面倒な事になってしまう。

かと言ってこのままここに置いておけるのか?

この部屋から出ないでずっと過ごす…のは無理だ。
どう考えても厳しい。

もしかしたら昨夜部屋から出たミレが目撃されていて、そのせいでこのアパートに当たりをつけてのさっきかも…

だとしたらいつ家の中を捜索されるような事が有るかも知れない。
昔あった事件でマンション内を全て捜索したって聞いた事がある。

そうなると余計にこの狭い部屋に匿うのは無理。


どこか隠れられる場所は………

実家…は無理。

引越しをする?
事件後いきなり?

ホテル暮らし…はそれこそ怪しいし人の目に付く。

そんな思考に没頭していると


…ロ」

…ヒロ」

ミレに呼ばれていたことに気付く。

「ぅん?ごめんごめん、どうした?」

「…ミレいく。大丈夫」

僕の問いにミレは優しい目で言った。

「ミレっ大丈夫っ、僕は大丈夫だからっ。ここに居て、ね?大丈夫っ」

思わず答える。
首を必死に横に振って。

そんな僕を見たミレは少し目を大きくして、それから微笑んだ。
そして…

「ありがとぅヒロ、でもミレいく」

そう言って立ち上がったミレは、壁に刺し止められたカレンダーの2日後を指差した。

僕はもう少しほとぼりが冷めてからの方が良い様な気がして首を横に降る。
でもミレも同じく首を横に降る。

「ー~ッ…ぅ」

違う、危険なんだよっ
どうして分かってくれないんだ。

僕も負けじと首を振り続けるけど、ミレはカレンダーの2日後を指で何度も押しながら俯いた。
どうしてもミレの意思は変わらないようだ。


何でこうなってしまった?

声に気付かないほど考え込んでしまっていた姿が、余りに困ったみたいに見えて彼女を追い詰めてしまったのか?

そんなんじゃないのにっ

けど妙案も打開策もない今の僕には、具体的に重ねられる言葉がない。
自分自身さえ納得させる説得力がない。


僕はいつもこう。

頭に浮かんだ事を分かりやすく纏めて話すことが出来ない。
だからいくら僕の思いを伝えても、相手にちゃんと理解してもらう事が出来ない。

((ぁぁ… ))

息漏れみたいに見窄らしい声が出ると、たちまち無力感なのか喪失感なのか、よく分からない感情に纏わり付かれた。


だめだ、フワフワする。


ドサっ…

僕はそれ以上何も言えず、倒れ込むように床に寝転んだ。







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