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骨売りの6
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教会に着いた。
道中、肉の残った人骨と魔物の遺体を拾った。魔物には矢が何本も刺さっていたから、どうやら相討ちになったらしい。教会に行くのが目的だったのだ。丁度いいのでここに持ってきた。
ここの外壁の門を通る際、番兵に声をかけられた。いつもならそんなことはなかったのだが、どうやら新人の兵だったらしく女神の怒りを背負った状態の骨売りを見たことがない様子で尋問部屋に入れられてしまった。幸い、尋問が始まってすぐにベテランの兵士が怒鳴り込んで入ってきて、新人の兵士を叱った後に二人揃って頭を下げてきた。地面に額を擦り付けるような勢いだったので「どうでもいいから早く通して欲しい」と伝えるとすんなり通してもらえた。
早く帰るつもりだったのに、見事に時間を食ってしまった。しかも教会に来るまででこれなのだ。こういう日はろくなことがないのだとよく知っている。嫌々ながら教会の門を開けた。
扉を開けると直ぐに老いた修道女が温かな笑みを携えて女神の像まで案内してくれた。ご丁寧に個人で祈るための貸し切り祈祷部屋を開いて。両手を組んで握り、額にそれを持っていく。そして膝を付き、頭を軽く下げる。
そんな瞬きにも満たない時間で俺は女神の前にいた。
「お久しぶりです。これをお返しいたします」
〔お疲れ様です。しっかりと仕事を達成したようですね。忌まわしき邪神の僕の子供と接触したようですが、最近になって活発になってきた邪神の僕である親に反抗する小さな命の一つだったようですね。それなら私から何かを言うことはありません。
ただ、折を見て教会につれてきてください。彼らは女神である私を含めて「神」を恨んでいますが、私からは恨みなどを持つことはありません。むしろ彼らもまた尊い命です。できるだけ邪神との繋がりは断ってあげたい。自力で逃れることが出きるところまでは脱しているようですが、やはり、邪神の影響を完全に振りきることはできていない様子です。ささやかながら支えになると伝えてください〕
「分かりました」
〔それから、どうやらあなたが救った愛し子の寵愛は件の命に断たれてしまったようです。私としては残念なことですが、どうやら彼女にとって寵愛は重荷にしかなっていなかった様子です。目覚めた彼女は驚いていましたが、喜びの心に包まれていました。やはり、神が愛することは難しいようです。あなたはどう思うのでしょうね…。
……そうですね。先ほどのことと一緒に、愛し子を救ってくれてありがとうとも伝えてください〕
「分かりました。それから、俺は愛については今も分かっているとは言えませんが、あなたからの寵愛は悪意ある心、邪神や悪神に関わらない元来人が持つ悪意にとって、甘い蜜に見えることは確かです。時に救いになるとはいえ、愛を注ぐ立場は考えるべきかと。…俺の父親のようになりかねませんから。」
〔……あなたには大変な苦労をかけています。それを理由にあなたが少なからず私を憎んでいることも知っています。それでありながら神の意思に従ってくれるあなたには常に感謝しています。…忠告をありがとうございます。こういった場でもなければ聞くことが出来なかった。確かに最近は振り撒きすぎていたかもしれない。注意深く見守りしかるべき時に愛を注ぐことにします。これからもよろしくお願いしますね…〕
「はい」
俺に選択肢は無いですから。……母さん。
〔愛を注ぐ立場…ね。奔放な頃の私の軽率な行動で彼にもあの子にも迷惑を掛けることになってしまったのだものね。ましてや、私の依り代との子ども、ただ子どもを生むだけなら骨売りの歴史を崩すことにはならなかったのに、何一つ不純物の無い沢山の純粋な愛を女神が注いでしまった子どもなんて、神の血縁にあたる者神の寵愛を受けるもの、制約から抜け出ることも必然で、同時に各方面から狙われることも確定的だったのに……。「名」は私が直ぐに預かるという形で隠してしまったけれど、それもまた異なる要素を増やしてしまったのでしょうね。
神といえど、もう少し考えるべきでした。…これからも苦労を掛けることになるでしょう〕
それでも一番に愛しています。私の初めての息子であり、最愛の子。私と彼との愛の証であり、私の身勝手に縛られた子。あともう少し、もう少し頑張ってください。そうしたら………。
____
やはり、女神との対話はかなり疲れる。これが神に近づくことから生じる気圧されたゆえの疲れというなら格好も付いたのだが、単に反りの合わないというか、互いに思うところがあるゆえの単なる気疲れというのだから締まりがないと思う。
何はともあれ、これでここでやるべきことは果たしたのだ。すぐにでも家に帰ろうと思っていると、
「お待ちください!」
帰ろうと教会の扉の前に立ったところで後ろから透き通って澄んだ声が聞こえてきた。ここで振り返らず、足早に帰っていたらよかったものを。
彼が後ろを振り向く。
そこには、確かにあの時彼が助けた少女が何か期待を秘めたまなざしを携えて、こちらを見ていた。彼は確かにその時思った。
「なんでもいいから早く帰りたい」、と
助けた少女は囚われていた時こそ弱ってぐったりした様子だった。今では何となくやつれているというか、本調子ではないように見えるが、それでも幾分良い顔つきをしている。
助けられた状況や捕まった理由などは彼女が既に説明している。それによって女神の寵愛を失ったことも。
シスターや神父はとても悲しそうな顔を、それとは裏腹に少女は溌剌とした顔つきだった。捕まっていた少女が持つ役割は「聖女」。女神の祝福や寵愛を受け、女神の言葉を貧富の差を問わず全ての民に伝えるもの。
どうやら彼女にとってそれは大変な重荷であったようだ。シスター達の励ましの声を聞きながら、笑いをこらえるような表情をしていたのが分かった。
あれがヌルの言っていたような人だろう。寵愛によって望むものを得られなかった人。女神の愛や祝福は多くの命を助け、それを持つ誰かの命を支えるものだが、時として夢を阻む壁になり得る。きっと彼女にとってはそうだったのだろう。それでも女神は彼女の本意を知らない。あの神はただ一方的に誰かに加護を授けることしかしないのだから。
少女は助けられたことを喜んでいた。寵愛を得るための女神との繋がりを断ちきることはしたらしく、それには歓喜の声を上げそうな程だったらしいのだが、ヌルは目的を果たしたので興味がないとばかりに、肉売りの巣窟に置き去りにしたらしい。一人また一人と同じような目に遭っている人達が牢屋から連れ出され長い時間悲鳴が聞こえたあと帰ってくることはなく、何度かそれを繰り返しやがて一人となった頃、俺があの牢屋の前に立ったらしい。
「あのまま死んでしまうかもしれないと思った。生き延びることが出来たのは私しかいなかったけれどあなたを恨むことはしない。せっかく聖女という肩書きを捨てることが出来たのだからやってみたいと思っていたことをやりたい」
と、言った。好きにしろと言ったのだけれど、やりたいことと彼女の身分を耳にしてそうも言っていられなくなった。
「私の名前はスキーレット・ティリア・ミシェリア。聖女をやめて絶賛無職! 骨売り志望です!」
ミシェリア・ティリア・スキーレット……。この国の名前はスキーレット王国……。
王女……だろうなぁ。そもそも女神の祝福を授かりやすいのは王族で特別な寵愛を受けたから聖女として働いていたのだろうけど。
骨売りは女性がなれない職業でもないけれど、これは非常に面倒なことになったなぁ。
道中、肉の残った人骨と魔物の遺体を拾った。魔物には矢が何本も刺さっていたから、どうやら相討ちになったらしい。教会に行くのが目的だったのだ。丁度いいのでここに持ってきた。
ここの外壁の門を通る際、番兵に声をかけられた。いつもならそんなことはなかったのだが、どうやら新人の兵だったらしく女神の怒りを背負った状態の骨売りを見たことがない様子で尋問部屋に入れられてしまった。幸い、尋問が始まってすぐにベテランの兵士が怒鳴り込んで入ってきて、新人の兵士を叱った後に二人揃って頭を下げてきた。地面に額を擦り付けるような勢いだったので「どうでもいいから早く通して欲しい」と伝えるとすんなり通してもらえた。
早く帰るつもりだったのに、見事に時間を食ってしまった。しかも教会に来るまででこれなのだ。こういう日はろくなことがないのだとよく知っている。嫌々ながら教会の門を開けた。
扉を開けると直ぐに老いた修道女が温かな笑みを携えて女神の像まで案内してくれた。ご丁寧に個人で祈るための貸し切り祈祷部屋を開いて。両手を組んで握り、額にそれを持っていく。そして膝を付き、頭を軽く下げる。
そんな瞬きにも満たない時間で俺は女神の前にいた。
「お久しぶりです。これをお返しいたします」
〔お疲れ様です。しっかりと仕事を達成したようですね。忌まわしき邪神の僕の子供と接触したようですが、最近になって活発になってきた邪神の僕である親に反抗する小さな命の一つだったようですね。それなら私から何かを言うことはありません。
ただ、折を見て教会につれてきてください。彼らは女神である私を含めて「神」を恨んでいますが、私からは恨みなどを持つことはありません。むしろ彼らもまた尊い命です。できるだけ邪神との繋がりは断ってあげたい。自力で逃れることが出きるところまでは脱しているようですが、やはり、邪神の影響を完全に振りきることはできていない様子です。ささやかながら支えになると伝えてください〕
「分かりました」
〔それから、どうやらあなたが救った愛し子の寵愛は件の命に断たれてしまったようです。私としては残念なことですが、どうやら彼女にとって寵愛は重荷にしかなっていなかった様子です。目覚めた彼女は驚いていましたが、喜びの心に包まれていました。やはり、神が愛することは難しいようです。あなたはどう思うのでしょうね…。
……そうですね。先ほどのことと一緒に、愛し子を救ってくれてありがとうとも伝えてください〕
「分かりました。それから、俺は愛については今も分かっているとは言えませんが、あなたからの寵愛は悪意ある心、邪神や悪神に関わらない元来人が持つ悪意にとって、甘い蜜に見えることは確かです。時に救いになるとはいえ、愛を注ぐ立場は考えるべきかと。…俺の父親のようになりかねませんから。」
〔……あなたには大変な苦労をかけています。それを理由にあなたが少なからず私を憎んでいることも知っています。それでありながら神の意思に従ってくれるあなたには常に感謝しています。…忠告をありがとうございます。こういった場でもなければ聞くことが出来なかった。確かに最近は振り撒きすぎていたかもしれない。注意深く見守りしかるべき時に愛を注ぐことにします。これからもよろしくお願いしますね…〕
「はい」
俺に選択肢は無いですから。……母さん。
〔愛を注ぐ立場…ね。奔放な頃の私の軽率な行動で彼にもあの子にも迷惑を掛けることになってしまったのだものね。ましてや、私の依り代との子ども、ただ子どもを生むだけなら骨売りの歴史を崩すことにはならなかったのに、何一つ不純物の無い沢山の純粋な愛を女神が注いでしまった子どもなんて、神の血縁にあたる者神の寵愛を受けるもの、制約から抜け出ることも必然で、同時に各方面から狙われることも確定的だったのに……。「名」は私が直ぐに預かるという形で隠してしまったけれど、それもまた異なる要素を増やしてしまったのでしょうね。
神といえど、もう少し考えるべきでした。…これからも苦労を掛けることになるでしょう〕
それでも一番に愛しています。私の初めての息子であり、最愛の子。私と彼との愛の証であり、私の身勝手に縛られた子。あともう少し、もう少し頑張ってください。そうしたら………。
____
やはり、女神との対話はかなり疲れる。これが神に近づくことから生じる気圧されたゆえの疲れというなら格好も付いたのだが、単に反りの合わないというか、互いに思うところがあるゆえの単なる気疲れというのだから締まりがないと思う。
何はともあれ、これでここでやるべきことは果たしたのだ。すぐにでも家に帰ろうと思っていると、
「お待ちください!」
帰ろうと教会の扉の前に立ったところで後ろから透き通って澄んだ声が聞こえてきた。ここで振り返らず、足早に帰っていたらよかったものを。
彼が後ろを振り向く。
そこには、確かにあの時彼が助けた少女が何か期待を秘めたまなざしを携えて、こちらを見ていた。彼は確かにその時思った。
「なんでもいいから早く帰りたい」、と
助けた少女は囚われていた時こそ弱ってぐったりした様子だった。今では何となくやつれているというか、本調子ではないように見えるが、それでも幾分良い顔つきをしている。
助けられた状況や捕まった理由などは彼女が既に説明している。それによって女神の寵愛を失ったことも。
シスターや神父はとても悲しそうな顔を、それとは裏腹に少女は溌剌とした顔つきだった。捕まっていた少女が持つ役割は「聖女」。女神の祝福や寵愛を受け、女神の言葉を貧富の差を問わず全ての民に伝えるもの。
どうやら彼女にとってそれは大変な重荷であったようだ。シスター達の励ましの声を聞きながら、笑いをこらえるような表情をしていたのが分かった。
あれがヌルの言っていたような人だろう。寵愛によって望むものを得られなかった人。女神の愛や祝福は多くの命を助け、それを持つ誰かの命を支えるものだが、時として夢を阻む壁になり得る。きっと彼女にとってはそうだったのだろう。それでも女神は彼女の本意を知らない。あの神はただ一方的に誰かに加護を授けることしかしないのだから。
少女は助けられたことを喜んでいた。寵愛を得るための女神との繋がりを断ちきることはしたらしく、それには歓喜の声を上げそうな程だったらしいのだが、ヌルは目的を果たしたので興味がないとばかりに、肉売りの巣窟に置き去りにしたらしい。一人また一人と同じような目に遭っている人達が牢屋から連れ出され長い時間悲鳴が聞こえたあと帰ってくることはなく、何度かそれを繰り返しやがて一人となった頃、俺があの牢屋の前に立ったらしい。
「あのまま死んでしまうかもしれないと思った。生き延びることが出来たのは私しかいなかったけれどあなたを恨むことはしない。せっかく聖女という肩書きを捨てることが出来たのだからやってみたいと思っていたことをやりたい」
と、言った。好きにしろと言ったのだけれど、やりたいことと彼女の身分を耳にしてそうも言っていられなくなった。
「私の名前はスキーレット・ティリア・ミシェリア。聖女をやめて絶賛無職! 骨売り志望です!」
ミシェリア・ティリア・スキーレット……。この国の名前はスキーレット王国……。
王女……だろうなぁ。そもそも女神の祝福を授かりやすいのは王族で特別な寵愛を受けたから聖女として働いていたのだろうけど。
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