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七章
終結 その1
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エドワード・フィッジェラルド・リバーヘイブン伯爵の屋敷はそこそこの広さがある。
長い長い廊下を歩くエリックの表情は底知れぬほど複雑なものがあった。
何しろ、今回の事件の過程と顛末を彼はリバーヘイブン伯に話さなくてはならないのだが、中々に複雑な内容とあって、果たしてどういう形で理解されるかである。
そのことを考えてしまうと、これは朗報なのか、それともあまり喜ばしくない報告なのかが自分には分からなかった。
ここにいたる前にリバーヘイブンからアリアと共に戻ってきたエリックはまずは国王であるオズワルド・シルバートーン三世に拝謁した。
そして、彼が求めていた『時空のコンパス』を提出し、ことのあらましを報告した。
もっともそれはすべてを話したわけではなかった。
まず、クロノスフィアのことは話さなかったし、キョウたちのこともセリアのことも省いてある。
ただ、フローズン・シャドウホールの地下で、『時空のコンパス』らしきものを発見したという報告のみであった。
アリアたちが差し出した品物は、キョウがエリックに手渡したものである。
すでに力を失ってしまっている『時空のコンパス』であったが、とりあえずの任務は達成と言うことになっていた。
アリアとはそこで別れ、そして、今エリックはもう一人の依頼主であるエドワードの屋敷に来ていたのだった。
長い廊下の果てにある応接室に通された。
豪華な調度品などはなく、屋敷の面積からすると、こじんまりとした部屋であったが、顔をつきあわせて話すには丁度良い部屋であろう。
すでに待ち構えていたリバーヘイブン伯に一礼をすると、エリックはあの悪夢の迷宮内でのことを報告するのだった。
◆◇◆
悪夢のような迷宮から脱出し、アリアは『穴』近くのわずかな小高い場所にいた。
ここに立つと、遠くにリバーヘイブンの街が見えた。
今し方、キョウたちと共にランディの弔いを済ませたのだ。
ランディの亡骸をキョウは背負い、セリアはエリックが一足先にリバーヘイブンの宿屋に運んでいった。
キョウは仲間たちと地上で再会し、彼等に命じて道具を調達すると、ランディの墓を作った。
それは墓標代わりに彼が愛用していた細身剣を突き立て、手頃な大きさと形の石を墓標代わりにした簡素なものだった。
石には短剣で「彼は王女と仲間を守って天寿を全うす」という言葉が掘られていた。
そんな一仕事を終えて、アリアはキョウがその場所から街を眺めていることに気づいて近づいていたのだった。
「アリアか…」
気配だけで分かるものなのかも知れない。
キョウはアリアが近づくとその名前を呼んだ。
いまだ腰に両手を当てて街の方を見ていた。
「あの…」
「ん…?」
「いや、お礼を言おうと思って。ランディのことありがとう…」
アリアは仲間の弔いをしてくれたことに感謝した。
何しろ彼は大の大人の身体を背負って、結構な距離を歩いたのだ。自身もボロボロであったはずなのにである。
「…まあ、仲間ってのは尊いものだからな。もっと身体のでかいやつを背負ってどこだったかな? どっかの迷宮から脱出したこともある。あんなものはなんでもないさ」
強がっているのかどうなのかまったく分からない。つくづく不思議な人だと思うのだ。
「…なあ、アリア。ちょいと頼みがある」
「頼み? またやらせてとかいうならお断りだけど…」
「それはもう良いだろうに…よほど、根に持ってんな、さては…」
「それでなによ。頼みって」
「ああ。ア…セリアのことだ」
そう言ってキョウは向き直った。
「あの子をしばらく預かってくれないか? お前さんなら安心できる。養育費は…俺がその内なんとかする!」
ちょっとだけ必死になる辺り、わずかばかりの可愛げがあるとアリアは思ってしまった。
「いいわよ…」
まあ、即答と言っても良い応対である。キョウはパッと表情を輝かせてアリアの両でを取って「ありがとう!」を繰り返した。
セリアのことは、そもそも最初からそうするつもりでいたのだ。
かつて自分もセリアという名前の女性に助けられて、ここまでいっぱしの冒険者にしてもらったのだ。
今度は自分の番が来たという程度にしか思っていなかった。
それにしてもキョウはどうしてそんなにセリアのことになると、必死なのだろうか。
「あの子との関係の話…やっぱり聞かないほうが良いのよね。きっと…」
アリアがなんだか諦めたような面持ちで言ってやると、キョウは少しだけ真剣で暗い顔つきになった。
「…すまないな。そう割り切ってもらえると助かる。まあ、話しても良いが、中々面倒くさい話だ」
「本当にあなたって変な人ね…」
今度は困ったようにアリアは言う。嘆息混じりだった。
「でも、あの子が気づいたらきちんと一回は話をしてあげてね。なんだか、それが良いような気がするから…」
「分かった…」
「で、お願いはこれだけでいいのかしら?」
アリアが念を押すと「あっ!」とキョウは声を上げた。まるで、忘れていたことを思い出したかのような反応だった。
「もう一つある?」
「なによ?」
「アリア」
改めてかしこまった態度になったキョウはさらにこう続けた。
「金を貸してくれ!」
手を合わせて神様に祈るかのようにしてキョウはアリアに頼んでいた。
「…あんたって本当にバカね…!」
本当に困ったかのようにアリアは言うのだった。
長い長い廊下を歩くエリックの表情は底知れぬほど複雑なものがあった。
何しろ、今回の事件の過程と顛末を彼はリバーヘイブン伯に話さなくてはならないのだが、中々に複雑な内容とあって、果たしてどういう形で理解されるかである。
そのことを考えてしまうと、これは朗報なのか、それともあまり喜ばしくない報告なのかが自分には分からなかった。
ここにいたる前にリバーヘイブンからアリアと共に戻ってきたエリックはまずは国王であるオズワルド・シルバートーン三世に拝謁した。
そして、彼が求めていた『時空のコンパス』を提出し、ことのあらましを報告した。
もっともそれはすべてを話したわけではなかった。
まず、クロノスフィアのことは話さなかったし、キョウたちのこともセリアのことも省いてある。
ただ、フローズン・シャドウホールの地下で、『時空のコンパス』らしきものを発見したという報告のみであった。
アリアたちが差し出した品物は、キョウがエリックに手渡したものである。
すでに力を失ってしまっている『時空のコンパス』であったが、とりあえずの任務は達成と言うことになっていた。
アリアとはそこで別れ、そして、今エリックはもう一人の依頼主であるエドワードの屋敷に来ていたのだった。
長い廊下の果てにある応接室に通された。
豪華な調度品などはなく、屋敷の面積からすると、こじんまりとした部屋であったが、顔をつきあわせて話すには丁度良い部屋であろう。
すでに待ち構えていたリバーヘイブン伯に一礼をすると、エリックはあの悪夢の迷宮内でのことを報告するのだった。
◆◇◆
悪夢のような迷宮から脱出し、アリアは『穴』近くのわずかな小高い場所にいた。
ここに立つと、遠くにリバーヘイブンの街が見えた。
今し方、キョウたちと共にランディの弔いを済ませたのだ。
ランディの亡骸をキョウは背負い、セリアはエリックが一足先にリバーヘイブンの宿屋に運んでいった。
キョウは仲間たちと地上で再会し、彼等に命じて道具を調達すると、ランディの墓を作った。
それは墓標代わりに彼が愛用していた細身剣を突き立て、手頃な大きさと形の石を墓標代わりにした簡素なものだった。
石には短剣で「彼は王女と仲間を守って天寿を全うす」という言葉が掘られていた。
そんな一仕事を終えて、アリアはキョウがその場所から街を眺めていることに気づいて近づいていたのだった。
「アリアか…」
気配だけで分かるものなのかも知れない。
キョウはアリアが近づくとその名前を呼んだ。
いまだ腰に両手を当てて街の方を見ていた。
「あの…」
「ん…?」
「いや、お礼を言おうと思って。ランディのことありがとう…」
アリアは仲間の弔いをしてくれたことに感謝した。
何しろ彼は大の大人の身体を背負って、結構な距離を歩いたのだ。自身もボロボロであったはずなのにである。
「…まあ、仲間ってのは尊いものだからな。もっと身体のでかいやつを背負ってどこだったかな? どっかの迷宮から脱出したこともある。あんなものはなんでもないさ」
強がっているのかどうなのかまったく分からない。つくづく不思議な人だと思うのだ。
「…なあ、アリア。ちょいと頼みがある」
「頼み? またやらせてとかいうならお断りだけど…」
「それはもう良いだろうに…よほど、根に持ってんな、さては…」
「それでなによ。頼みって」
「ああ。ア…セリアのことだ」
そう言ってキョウは向き直った。
「あの子をしばらく預かってくれないか? お前さんなら安心できる。養育費は…俺がその内なんとかする!」
ちょっとだけ必死になる辺り、わずかばかりの可愛げがあるとアリアは思ってしまった。
「いいわよ…」
まあ、即答と言っても良い応対である。キョウはパッと表情を輝かせてアリアの両でを取って「ありがとう!」を繰り返した。
セリアのことは、そもそも最初からそうするつもりでいたのだ。
かつて自分もセリアという名前の女性に助けられて、ここまでいっぱしの冒険者にしてもらったのだ。
今度は自分の番が来たという程度にしか思っていなかった。
それにしてもキョウはどうしてそんなにセリアのことになると、必死なのだろうか。
「あの子との関係の話…やっぱり聞かないほうが良いのよね。きっと…」
アリアがなんだか諦めたような面持ちで言ってやると、キョウは少しだけ真剣で暗い顔つきになった。
「…すまないな。そう割り切ってもらえると助かる。まあ、話しても良いが、中々面倒くさい話だ」
「本当にあなたって変な人ね…」
今度は困ったようにアリアは言う。嘆息混じりだった。
「でも、あの子が気づいたらきちんと一回は話をしてあげてね。なんだか、それが良いような気がするから…」
「分かった…」
「で、お願いはこれだけでいいのかしら?」
アリアが念を押すと「あっ!」とキョウは声を上げた。まるで、忘れていたことを思い出したかのような反応だった。
「もう一つある?」
「なによ?」
「アリア」
改めてかしこまった態度になったキョウはさらにこう続けた。
「金を貸してくれ!」
手を合わせて神様に祈るかのようにしてキョウはアリアに頼んでいた。
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本当に困ったかのようにアリアは言うのだった。
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