40 / 48
六章
アリアと名付けられた少女とアリアと名付けられた女性 その4
しおりを挟む
「ハーッハハハハハっ! ざまーねぇなこいつ!」
非常に高らかかつ、侮蔑的な意味合いを込めた笑い声が迷宮内に響き渡った。
その笑い声の大きさたるや、この迷宮を作った何者がですら椅子から転げ落ちてしまいそうなくらいの声量だった。
たった今、クロノスフィアとしての本性をあらわにしたセリアが召還した『時空のコンパス』は一瞬で破壊された。
案外それはもろく、エリックの長剣の刺突だけで、あえなく砕け散っていたのだ。
「お前はすぐにこいつ頼みだからな! それは前の戦いで学習済みだ! しかもコンパスを召還するのは時間がかかる。こっちは三人だぜ? 一人は動けないにしてもな!」
明らかに優位性はこちら側にあると言うことだ。
「しかもその《光撃の杖》は範囲を絞れば威力は大きくなるが、反対に範囲を広げれば、ほとんど相手を傷つけることは出来ねぇ! 手の内全部、以前に晒しちまったお前には勝ち目はないぜ! つーか今度は飛ばされねぇし、逃がしもしねえ!」
宣言するように言って、あくまで無手勝流でキョウは構えていた。
「くっ! おのれぇっ!」
憎々しげに言う。セリアはギリギリと歯ぎしりしそうな表情であった。
◆◇◆
本日もその店、《肉の宮殿》には多くの客がいた。
とは言っても、それは店の客であると同時にいつもの午後から始まるパウゼッタ商会の主人であるリーランドの話を聞きたい彼の客でもあった。
「…ブレイトハートってのはな。どういう家に生まれたと思う?」
彼はいつもの調子で聴衆たちに問いかける。
「やっぱり騎士…とかなんじゃないのか?」
「そういえばあんまりブレイトハートの出自って聞かないよな?」
皆は顔を合わせて思い思いを口にしていた。
「ブレイトハートの家は武術の大家なのさ。彼は各国騎士たちにも指導をしていた名のある武術家の息子なのさ。戦場ではありとあらゆる状況が騎士たちを襲う。もしかしたらなんらかの理由で素手で戦う羽目になることもある。ブレイトハートの父親はそんなときに対処する術を教える役割の人だった」
「へぇー…」
「…まあ、兵法家とでも言うべきかな? 素手で相手の武器を奪うなんてお手の物だぞ。ほら、あのアルカディア王女が閉じ込められていた塔かな? あの衛兵なんか次々と素手で倒していたからな」
「えっ? オヤジさんあの時いたのかよ!」
「ああ。その時に単身で相手の武器を奪っては倒し、奪っては倒し…。まるで、手品かなにかを見せられているような感じだった」
「そういえば、その時の話って詩とかにもなってないわよね? そんなに凄いのにどうしてなの?」
一人の女性が問うたる
確かにその部分ははしょられている。
ただ、伝承では「ブレイトハートは王女を助けた」という感じでさらりと流されている。
リーランドはそれを聞いてからからと笑っていた。そして、そのあとでこう言った。
「それは簡単な話だよ、お嬢さん。本当のことを話してもあまりに嘘くさいから誰も詩に出来なかったんだ。そういったことがあいつにはたくさんある」
話としてそれが事実であっても、中々に信じがたいことはある。それを話してしまえばかえって胡散臭くなる。一つが胡散臭くなると全部がそう見えてくるのだ。そして、そうなってしまえば、ブレイトハートが実に凄い人物であっても、詩人たちにはまったく価値のない存在になり得てしまうからだ。
「それになブレイトハートってのは素手だけじゃない。なんでも使う」
「なんでも? でも言われてみたら確かに話を聞いても詩を聴いても、ブレイトハートっていつも違う武器を使っている気がするな?」
「そう。まあ、本来勇者や英雄は星の数ほどいるが、同じ武器をずっと使い続けているものは実はごくわずかだ。常に相手や状況に合わせて異なる道具を使う。まあ、同じものですべて対処するのも凄いが、的確に相手になにが有効かを見極めるのもまた凄いことだ。ブレイトハートはその点が卓越していた」
「つまりはどういうこと?」
「ああ。つまりはなんでも使うということだよ。そう…。あいつは本当に何でも使う。たとえばここで戦いが始まったなら、ここにある卓から皿から、はたまたこの肉がこびりついている骨まで使う男だったのだよ…」
リーランドはそこまで言うと、わずかに目を細めていた。
◆◇◆
《光撃の杖》の光球が発せられた。
キョウはいつの間にか手にしていた手頃な大きさの石つぶてをその光球に向かって投げると、光球はあえなく石に当たって砕け散った。
凄まじい光が生まれるが、その瞬間、キョウは自らの目に腕を当てて光が目に入らないように対処していた。
やがて光が収まると、セリアは杖でじかにキョウを殴ろうとした。
しかし、彼はそれを身を低くして避けると、そのまま彼女の軽い身体に当て身を食らわせたのだった。
胃の辺りにキョウの拳がめり込む。
セリアはその美しい顔をひどく醜く歪ませながら吹っ飛んでいった。
非常に高らかかつ、侮蔑的な意味合いを込めた笑い声が迷宮内に響き渡った。
その笑い声の大きさたるや、この迷宮を作った何者がですら椅子から転げ落ちてしまいそうなくらいの声量だった。
たった今、クロノスフィアとしての本性をあらわにしたセリアが召還した『時空のコンパス』は一瞬で破壊された。
案外それはもろく、エリックの長剣の刺突だけで、あえなく砕け散っていたのだ。
「お前はすぐにこいつ頼みだからな! それは前の戦いで学習済みだ! しかもコンパスを召還するのは時間がかかる。こっちは三人だぜ? 一人は動けないにしてもな!」
明らかに優位性はこちら側にあると言うことだ。
「しかもその《光撃の杖》は範囲を絞れば威力は大きくなるが、反対に範囲を広げれば、ほとんど相手を傷つけることは出来ねぇ! 手の内全部、以前に晒しちまったお前には勝ち目はないぜ! つーか今度は飛ばされねぇし、逃がしもしねえ!」
宣言するように言って、あくまで無手勝流でキョウは構えていた。
「くっ! おのれぇっ!」
憎々しげに言う。セリアはギリギリと歯ぎしりしそうな表情であった。
◆◇◆
本日もその店、《肉の宮殿》には多くの客がいた。
とは言っても、それは店の客であると同時にいつもの午後から始まるパウゼッタ商会の主人であるリーランドの話を聞きたい彼の客でもあった。
「…ブレイトハートってのはな。どういう家に生まれたと思う?」
彼はいつもの調子で聴衆たちに問いかける。
「やっぱり騎士…とかなんじゃないのか?」
「そういえばあんまりブレイトハートの出自って聞かないよな?」
皆は顔を合わせて思い思いを口にしていた。
「ブレイトハートの家は武術の大家なのさ。彼は各国騎士たちにも指導をしていた名のある武術家の息子なのさ。戦場ではありとあらゆる状況が騎士たちを襲う。もしかしたらなんらかの理由で素手で戦う羽目になることもある。ブレイトハートの父親はそんなときに対処する術を教える役割の人だった」
「へぇー…」
「…まあ、兵法家とでも言うべきかな? 素手で相手の武器を奪うなんてお手の物だぞ。ほら、あのアルカディア王女が閉じ込められていた塔かな? あの衛兵なんか次々と素手で倒していたからな」
「えっ? オヤジさんあの時いたのかよ!」
「ああ。その時に単身で相手の武器を奪っては倒し、奪っては倒し…。まるで、手品かなにかを見せられているような感じだった」
「そういえば、その時の話って詩とかにもなってないわよね? そんなに凄いのにどうしてなの?」
一人の女性が問うたる
確かにその部分ははしょられている。
ただ、伝承では「ブレイトハートは王女を助けた」という感じでさらりと流されている。
リーランドはそれを聞いてからからと笑っていた。そして、そのあとでこう言った。
「それは簡単な話だよ、お嬢さん。本当のことを話してもあまりに嘘くさいから誰も詩に出来なかったんだ。そういったことがあいつにはたくさんある」
話としてそれが事実であっても、中々に信じがたいことはある。それを話してしまえばかえって胡散臭くなる。一つが胡散臭くなると全部がそう見えてくるのだ。そして、そうなってしまえば、ブレイトハートが実に凄い人物であっても、詩人たちにはまったく価値のない存在になり得てしまうからだ。
「それになブレイトハートってのは素手だけじゃない。なんでも使う」
「なんでも? でも言われてみたら確かに話を聞いても詩を聴いても、ブレイトハートっていつも違う武器を使っている気がするな?」
「そう。まあ、本来勇者や英雄は星の数ほどいるが、同じ武器をずっと使い続けているものは実はごくわずかだ。常に相手や状況に合わせて異なる道具を使う。まあ、同じものですべて対処するのも凄いが、的確に相手になにが有効かを見極めるのもまた凄いことだ。ブレイトハートはその点が卓越していた」
「つまりはどういうこと?」
「ああ。つまりはなんでも使うということだよ。そう…。あいつは本当に何でも使う。たとえばここで戦いが始まったなら、ここにある卓から皿から、はたまたこの肉がこびりついている骨まで使う男だったのだよ…」
リーランドはそこまで言うと、わずかに目を細めていた。
◆◇◆
《光撃の杖》の光球が発せられた。
キョウはいつの間にか手にしていた手頃な大きさの石つぶてをその光球に向かって投げると、光球はあえなく石に当たって砕け散った。
凄まじい光が生まれるが、その瞬間、キョウは自らの目に腕を当てて光が目に入らないように対処していた。
やがて光が収まると、セリアは杖でじかにキョウを殴ろうとした。
しかし、彼はそれを身を低くして避けると、そのまま彼女の軽い身体に当て身を食らわせたのだった。
胃の辺りにキョウの拳がめり込む。
セリアはその美しい顔をひどく醜く歪ませながら吹っ飛んでいった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説



ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる