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六章
アリアと名付けられた少女とアリアと名付けられた女性 その2
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豹変してしまったセリアとキョウの対峙。
非常に緊縛感を…と言いたいところだが、生憎とそういったものは感じない。
ただお互い仕掛ける気配もなく、ただにらみ合っているようにも見える。
「絶対にこの迷宮の中にいると思っていたぜ…。さてと、そろそろその娘の身体を解放してもらおうか…!」
キョウが颯爽とした口調で言うと、セリアは口元に手を当てて高らかに笑った。
「なにを言い出すかと思えば定命のものよ。この娘の身体を返せ? 返すものか! すでにこの身体は私のものだ。朽ち果てるまでほぼ永遠に近い時間使い果たしてくれようぞ。忘れるな…わたしは貴様らが言う時を操ることが出来る。覚えておけ…わたしは貴様らが言う空間を操ることが出来るのだ!」
仰々しい物言いだ。
まるで、おとぎ話の悪い魔女だ。
本当にこんなやつがいるんだとアリアは変な感心を覚えた。
「クロノスフィア…!」
傍らで自分の上半身を抱えているエリックが低い声で言う。
アリアは思わず「えっ!?」と声を上げてしまった。
クロノスフィア…その名前はアリアも聞いていた。
ランディとお別れをする前にお互いの認識のずれについて話し合ったのだった。
アリアはこのフローズン・シャドウホールに『時空のコンパス』が存在するために様々な不可解な現象が起きると認識していたし、そう聞かされていた。
しかし、ランディは黒猫冒険物語パウゼッタ商会の主人に会うことでクロノスフィアという《古代の遺物》のことを知ったという。
そう。『時空のコンパス』はクロノスフィアが生み出した《古代の遺物》とのことだった。
クロノスフィア自身も《古代の遺物》であるから、《古代の遺物》が《古代の遺物》を生み出すとのことだ。
なんとも奇妙な話だが、クロノスフィアというものはそういう《古代の遺物》らしかった。
ランディが聞いたところによると、クロノスフィア自身に時間と空間を操る能力はなく、あくまでそれを操ることの出来る『時空のコンパス』を生み出す能力があるに留まるとのことだった。
そして、それはかの高名かつ有名な英雄、ヴィクトリオ・ブレイトハートが暴き出した真実であるとのことだった。
「…いけない! キョウはクロノスフィアのことを知っているのかしら…? あれは…!」
「大丈夫! そのこともきちんとキョウは知っているんだ! この戦いはもう俺たちが干渉できるものではない。彼に任せよう。それがいいんだ…」
何かしら、複雑な面持ちでエリックが言う。
しかし、アリアにはその彼の言動も表情もどういった経緯に基づくものなのかは、まったく分からなかった。
「…たいそうな物言いしやがって…その昔々俺に一撃食らわされて慌てて『時空のコンパス』使って俺を飛ばしたあげく、自分が欠けていることに気づいて、また慌ててこんなところまで追いかけてきたんだろうがよ…! かっこいいか? いーや、かっこわるいね。俺だったら名前変えて辺境にでも逃げるくらいかっこわるいね…!」
「抜かせ!」
言うが早いか、杖を振る。
握り拳大の光球がキョウに向かって飛んでいく。
キョウはそれを身をねじるだけで避けた。
当然のように彼の後ろで光球は壁にでも当たって弾けて光を放った。
「…避けたか。まあ、この程度でくたばるような輩ではなかったか?」
からからと笑い声を立てるセリア。
キョウの目がやや細くなった。
「もしお前が私の欠片を返すならばこの娘を帰してやっても良いのだぞ?」
セリアが意地悪い表情で言ってからその杖の頭の部分で自身の額の辺りをコンコンと叩いた。
キョウは押し黙っていた。しばらく緊張感を伴った静寂がその場を支配した。
そして、彼はこう言い放ったのだ。
「あの欠片は飲んじまった」
「なに?」
「えっ!?」
「…だから飲んじまったんだよ。一回の水飲み場の水でごっくりとな」
不適な笑みを浮かべてキョウが言う。
「…だからあのお前の欠片を返して欲しかったらよ。俺を殺したあとにでも、ゆっくりと俺のケツの穴に手を突っ込んで丁寧に探すんだな…!」
「きっさーまーっ…!」
さすがに業を煮やしたのかセリアは怒りをあらわにした。
「…あともう一つくそったれのクロノスフィア様に教えておいてやるぜ! 俺のケツを調べる時はきちんとに手を合わせて拝んでからにしろよ。そして、手を突っ込む前にその汚い手を洗ってからにするんだな!」
今度は吠えるように言ったキョウが仕掛ける番だった。
非常に緊縛感を…と言いたいところだが、生憎とそういったものは感じない。
ただお互い仕掛ける気配もなく、ただにらみ合っているようにも見える。
「絶対にこの迷宮の中にいると思っていたぜ…。さてと、そろそろその娘の身体を解放してもらおうか…!」
キョウが颯爽とした口調で言うと、セリアは口元に手を当てて高らかに笑った。
「なにを言い出すかと思えば定命のものよ。この娘の身体を返せ? 返すものか! すでにこの身体は私のものだ。朽ち果てるまでほぼ永遠に近い時間使い果たしてくれようぞ。忘れるな…わたしは貴様らが言う時を操ることが出来る。覚えておけ…わたしは貴様らが言う空間を操ることが出来るのだ!」
仰々しい物言いだ。
まるで、おとぎ話の悪い魔女だ。
本当にこんなやつがいるんだとアリアは変な感心を覚えた。
「クロノスフィア…!」
傍らで自分の上半身を抱えているエリックが低い声で言う。
アリアは思わず「えっ!?」と声を上げてしまった。
クロノスフィア…その名前はアリアも聞いていた。
ランディとお別れをする前にお互いの認識のずれについて話し合ったのだった。
アリアはこのフローズン・シャドウホールに『時空のコンパス』が存在するために様々な不可解な現象が起きると認識していたし、そう聞かされていた。
しかし、ランディは黒猫冒険物語パウゼッタ商会の主人に会うことでクロノスフィアという《古代の遺物》のことを知ったという。
そう。『時空のコンパス』はクロノスフィアが生み出した《古代の遺物》とのことだった。
クロノスフィア自身も《古代の遺物》であるから、《古代の遺物》が《古代の遺物》を生み出すとのことだ。
なんとも奇妙な話だが、クロノスフィアというものはそういう《古代の遺物》らしかった。
ランディが聞いたところによると、クロノスフィア自身に時間と空間を操る能力はなく、あくまでそれを操ることの出来る『時空のコンパス』を生み出す能力があるに留まるとのことだった。
そして、それはかの高名かつ有名な英雄、ヴィクトリオ・ブレイトハートが暴き出した真実であるとのことだった。
「…いけない! キョウはクロノスフィアのことを知っているのかしら…? あれは…!」
「大丈夫! そのこともきちんとキョウは知っているんだ! この戦いはもう俺たちが干渉できるものではない。彼に任せよう。それがいいんだ…」
何かしら、複雑な面持ちでエリックが言う。
しかし、アリアにはその彼の言動も表情もどういった経緯に基づくものなのかは、まったく分からなかった。
「…たいそうな物言いしやがって…その昔々俺に一撃食らわされて慌てて『時空のコンパス』使って俺を飛ばしたあげく、自分が欠けていることに気づいて、また慌ててこんなところまで追いかけてきたんだろうがよ…! かっこいいか? いーや、かっこわるいね。俺だったら名前変えて辺境にでも逃げるくらいかっこわるいね…!」
「抜かせ!」
言うが早いか、杖を振る。
握り拳大の光球がキョウに向かって飛んでいく。
キョウはそれを身をねじるだけで避けた。
当然のように彼の後ろで光球は壁にでも当たって弾けて光を放った。
「…避けたか。まあ、この程度でくたばるような輩ではなかったか?」
からからと笑い声を立てるセリア。
キョウの目がやや細くなった。
「もしお前が私の欠片を返すならばこの娘を帰してやっても良いのだぞ?」
セリアが意地悪い表情で言ってからその杖の頭の部分で自身の額の辺りをコンコンと叩いた。
キョウは押し黙っていた。しばらく緊張感を伴った静寂がその場を支配した。
そして、彼はこう言い放ったのだ。
「あの欠片は飲んじまった」
「なに?」
「えっ!?」
「…だから飲んじまったんだよ。一回の水飲み場の水でごっくりとな」
不適な笑みを浮かべてキョウが言う。
「…だからあのお前の欠片を返して欲しかったらよ。俺を殺したあとにでも、ゆっくりと俺のケツの穴に手を突っ込んで丁寧に探すんだな…!」
「きっさーまーっ…!」
さすがに業を煮やしたのかセリアは怒りをあらわにした。
「…あともう一つくそったれのクロノスフィア様に教えておいてやるぜ! 俺のケツを調べる時はきちんとに手を合わせて拝んでからにしろよ。そして、手を突っ込む前にその汚い手を洗ってからにするんだな!」
今度は吠えるように言ったキョウが仕掛ける番だった。
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