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五章
冷たい影の穴の中で…。 その7
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そのなだらかな曲線を持つ武器がアリアの頭上をかすめていった。
手斧を拾う動作のため、身を低くしたためだった。
手斧はそのまま相手の顎の辺りに吸い込まれていく。
ドス黒い血がアリアの顔面に降り注ぐ。
とてつもない不快感だった。
命のやりとりをしている最中でなければ、最大限の悲鳴を上げていたかも知れない。
こんな生業をしていても慣れないものは慣れなかった。
瞬く間だった。
アリアが鮮やかに二体の《闇魂憑依屍鬼》を片付けていた。
あまりの展開の早さにセリアは身をすくませながらも目をパチパチさせていた。
アリアは動きを止めない。
そのまま身を翻すと最初に倒した手斧の持ち主の《闇魂憑依屍鬼》の短剣を抜いた。
手斧も右手に持っていた。
つまりのところ、彼女は今、右手の手斧と左手の短剣の二刀流だった。
細身剣からウィップを外し、構え直したランディと対峙する。
「もう止めてランディ! 今のあなたにわたしの声が届くかは分からないけど、こんなのは無意味だわ!」
精一杯の声量で叫ぶように言っていた。
ランディはその言葉に何かしらの反応も示さずに細身剣で刺突してきた。
アリアはその一撃を手斧と短剣を上手に使って避けた。
彼女はランディと距離を取る。
そして、とても悲しそうな顔つきを示した。
「…ランディ…」
一言名前を呼んで、それからアリアは頭を振った。まるで、自身の今し方の思考をすべて振り払うかのような動作だった。
もうランディはいないのだ。
今目の前にいるのは一体の《闇魂憑依屍鬼》に過ぎない。
「…わたしたちを…アリアとセリアを助けてくれたあなたは今こうして私たちに害をなそうとしている。この間のことをまるでそっくり裏返してしまったかのようなことをしようとしている…。憎い! このフローズン・シャドウホールの狂気が憎い!」
切実にそう感じたのだ。
言いようもしれない感情がアリアの内側に芽生えていた。
アリアは右手の手斧を放った。
ランディは細身剣でそれを払いのけようとした。
その隙にアリアはまるで子猫のようにすばしこく相手の脇を抜けた。
前転し、彼女は放置されていた自らの得物であるウィップを手にしていた。
勇ましく構える。
そして、《闇魂憑依屍鬼》と化してしまったかつての友を見据える。
その目尻からはもう涙は流れていなかった。
アリアのウィップが飛ぶ。
瞬間、空気を切り裂くすさまじい音が辺りに響いた。
セリアはあまりの音に身を固くした。
一見すると部屋と見まごうばかりに広い通路である。
その反響音は鼓膜を痛いほどに振るわせていた。
今度はランディを狙ったのではない。
先ほど投げた手斧を狙っていた。
その一撃の威力に手斧は宙に浮く。
さすがにそれをはじき飛ばしてランディを…というわけには行かないし、手斧はわずかに地面から離れたのみだった。
音を出して怯ませるのも立派な攻撃なのだ。
そして、何かを動かしてみせることも。
たとえ宙に浮いた手斧が一分の殺傷能力を有していないと言えど、相手を怯ませたり混乱させたりは出来た。
それがたとえ一瞬のことだとしてもだ。
もしも、これが《死人》だったらこれが出来なかったかも知れない。
しかし、相手は《闇魂憑依屍鬼》である。
生前の知能が残っていればこそ、その残された理性に対する攻撃は有効であったと言えよう。
ランディは…いや、ランディだったものは確かに一瞬怯んだ。
そして、アリアはそれを見逃さない。
次の一撃は確実に彼の得物を横なぎにしていた。
そのウィップの遠心力に当てられて、思わずランディは細身剣ごと持って行かれる体勢になった。
しかし、細身剣の先端は地面に当たった。
かちんと言う鈍い金属音が辺りに響く。
力の作用はなおも剣身にかかりつづける。
ランディの持っている細身剣の剣身が丁度真ん中の辺りからぐにゃりと曲がったのはほんの手のひらを打ち鳴らす間の出来事だったのだ。
手斧を拾う動作のため、身を低くしたためだった。
手斧はそのまま相手の顎の辺りに吸い込まれていく。
ドス黒い血がアリアの顔面に降り注ぐ。
とてつもない不快感だった。
命のやりとりをしている最中でなければ、最大限の悲鳴を上げていたかも知れない。
こんな生業をしていても慣れないものは慣れなかった。
瞬く間だった。
アリアが鮮やかに二体の《闇魂憑依屍鬼》を片付けていた。
あまりの展開の早さにセリアは身をすくませながらも目をパチパチさせていた。
アリアは動きを止めない。
そのまま身を翻すと最初に倒した手斧の持ち主の《闇魂憑依屍鬼》の短剣を抜いた。
手斧も右手に持っていた。
つまりのところ、彼女は今、右手の手斧と左手の短剣の二刀流だった。
細身剣からウィップを外し、構え直したランディと対峙する。
「もう止めてランディ! 今のあなたにわたしの声が届くかは分からないけど、こんなのは無意味だわ!」
精一杯の声量で叫ぶように言っていた。
ランディはその言葉に何かしらの反応も示さずに細身剣で刺突してきた。
アリアはその一撃を手斧と短剣を上手に使って避けた。
彼女はランディと距離を取る。
そして、とても悲しそうな顔つきを示した。
「…ランディ…」
一言名前を呼んで、それからアリアは頭を振った。まるで、自身の今し方の思考をすべて振り払うかのような動作だった。
もうランディはいないのだ。
今目の前にいるのは一体の《闇魂憑依屍鬼》に過ぎない。
「…わたしたちを…アリアとセリアを助けてくれたあなたは今こうして私たちに害をなそうとしている。この間のことをまるでそっくり裏返してしまったかのようなことをしようとしている…。憎い! このフローズン・シャドウホールの狂気が憎い!」
切実にそう感じたのだ。
言いようもしれない感情がアリアの内側に芽生えていた。
アリアは右手の手斧を放った。
ランディは細身剣でそれを払いのけようとした。
その隙にアリアはまるで子猫のようにすばしこく相手の脇を抜けた。
前転し、彼女は放置されていた自らの得物であるウィップを手にしていた。
勇ましく構える。
そして、《闇魂憑依屍鬼》と化してしまったかつての友を見据える。
その目尻からはもう涙は流れていなかった。
アリアのウィップが飛ぶ。
瞬間、空気を切り裂くすさまじい音が辺りに響いた。
セリアはあまりの音に身を固くした。
一見すると部屋と見まごうばかりに広い通路である。
その反響音は鼓膜を痛いほどに振るわせていた。
今度はランディを狙ったのではない。
先ほど投げた手斧を狙っていた。
その一撃の威力に手斧は宙に浮く。
さすがにそれをはじき飛ばしてランディを…というわけには行かないし、手斧はわずかに地面から離れたのみだった。
音を出して怯ませるのも立派な攻撃なのだ。
そして、何かを動かしてみせることも。
たとえ宙に浮いた手斧が一分の殺傷能力を有していないと言えど、相手を怯ませたり混乱させたりは出来た。
それがたとえ一瞬のことだとしてもだ。
もしも、これが《死人》だったらこれが出来なかったかも知れない。
しかし、相手は《闇魂憑依屍鬼》である。
生前の知能が残っていればこそ、その残された理性に対する攻撃は有効であったと言えよう。
ランディは…いや、ランディだったものは確かに一瞬怯んだ。
そして、アリアはそれを見逃さない。
次の一撃は確実に彼の得物を横なぎにしていた。
そのウィップの遠心力に当てられて、思わずランディは細身剣ごと持って行かれる体勢になった。
しかし、細身剣の先端は地面に当たった。
かちんと言う鈍い金属音が辺りに響く。
力の作用はなおも剣身にかかりつづける。
ランディの持っている細身剣の剣身が丁度真ん中の辺りからぐにゃりと曲がったのはほんの手のひらを打ち鳴らす間の出来事だったのだ。
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