フローズン・シャドウホールの狂気

バナナチップボーイ

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五章

冷たい影の穴の中で…。 その6

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どことなく無愛想な男だと思った。
彼とアリアが出会ったのは三年ほど前になる。
そう。もう三年も経過していたのだ。
彼はまだ少女だった自分には頼りになる青年という感じだっただろうか。
いつも冷静で的確な判断を下し、敵が現れたとあれば、その得意な細身剣レイピアを抜いて立ち向かっていく。
冒険者としての彼のことは知っていたが、実は彼が過去にどんな場所でどんなことをしてきたのかはついぞ話すこともなかった。
ただいつの間にかアリアにとっては頼りになる仲間という立ち位置にランディはいた。
今までも、そしてこれからもそうだと思っていた。なにもそのことを疑わずにだ。
しかし、それは永遠に手の届かない彼方にあることが分かった。
ついぞ先ほどセリアと自分が名付けた少女がその方角を指さした次の瞬間のことだった。

     ◆◇◆

深淵の闇から続く壮大なる通路、その尽きることなき延長は冒険者たちの心にささやかな恐怖を刻み込んでいた。
昏い光が揺れる中、その先には予期せぬ訪問者が待ち受けている。壁の古石は過去の語り部となり、崩れ落ちた石塊の残骸は遥か昔の激戦を予感させる。薄暗い明かりが揺れる中で、壁の影がゆらゆらと揺れ動く。冷たい空気は頬を撫で、呼吸を白い霧と変える。古代の石の匂いとすえた臭いが鼻を突く。聞こえるのは自分の心臓の音だけ。どこからか水滴が落ちる音が響く。
そういった場所に現れたのは三体の蘇った死者。
それらはおぞましくも奇妙な存在としてこちらに向かってくる。
眼孔から放つは冷たく静かな炎、その瞳は深淵から生まれた者たちと見える。
彼らは生者に向けて恨みと怨念を込めて、ただ静かに進むのだ。
「ランディ…!」
もう一度噛みしめるように言う。驚きと悔しさと悲しさと…その他にも色々な感情が交じり合った様子でだ。
セリアもきゅっと杖を握って構えていた。
ランディの手には彼が得意としていた細身剣レイピアが握られていた。
恐らくアリアとセリアの二人を逃がすためにいくたの《闇魂憑依屍鬼インフェルナムグロームアニメイト》を倒した剣に違いない。
だが、やはり彼は力尽きて、彼らの仲間入りを果たしたのだろう。
悲しいことだが、ここは迷宮ダンジョンの中である。
アリアもそのことは頭の中では分かっていたが、やはりやりきれない気持ちはある。いや、むしろやりきれない気持ちしかなかった。
「ごめんなさい…!」
アリアがウィップを振るう。
それは的確にランディの足下を横なぎにするかと思った。
しかし、ランディだったそれは細身剣レイピアを立てるように構えると、上手くウィップの軌道を変えていた。
ウィップでランディを転倒させて、やり過ごそうと思っていた。
しかし今はランディの細身剣レイピアにウィップが絡まってしまっていた。
ぐいっとランディが自身の得物を引いた。
自然、アリアは身を引き寄せられる。
なんとか、体勢を崩されまいと力を込めるが、それは失敗に終わる。
次の瞬間には自身の思惑とは逆に転倒させられてしまっていた。
なんという力だろう。
こんなにランディは力が強かったのだろうか。
それとも《闇魂憑依屍鬼インフェルナムグロームアニメイト》と化したことで膂力が上がったのか。
一瞬の間に様々なことを考えたが、すぐにそれも頭から消し飛んだ。
ランディではないもう一体の《闇魂憑依屍鬼インフェルナムグロームアニメイト》の攻撃が来る。
彼は手斧を持っており、倒れたアリアめがけてそれを振り下ろそうとした。
寸前で避ける。
まるで、ごろごろと転がるようにしてアリアは後退し、体勢を立て直す。
腰からいつの間にか抜いた短剣ダガーを構えていた。
心許ない武器だ。
それはウィップを失ったときの予備の武器であり、何か物を切断したりする道具である。
手斧の《闇魂憑依屍鬼インフェルナムグロームアニメイト》が迫り来る後ろで、ランディは自身の得物からアリアのウィップのいましめを解いていた。
手斧の彼の後ろには曲刀の男がいた。
飛び道具などを持った相手がいないことは不幸中の幸いであろう。
とりあえず、囲まれてしまう前に眼前の手斧の《闇魂憑依屍鬼インフェルナムグロームアニメイト》をなんとかしなければならなかった。
「うがぁぁぁぁっ!」
下品な声を上げて、手斧を振りかぶる。
闇魂憑依屍鬼インフェルナムグロームアニメイト》は生前の知能があると言われている。
それでいてこれなのだから、生前の知能は高くなかったのかも知れない。
その単調な攻撃を避けると、アリアは相手の腹部に短剣ダガーをたたき込んだ。
深々と短剣は突き刺さる。
その場にうずくまるようにして手斧の彼は崩れ落ちる。
その際に落とした手斧を拾い上げて、そのまますくい上げるかのようにして曲刀の《闇魂憑依屍鬼インフェルナムグロームアニメイト》に下から一撃を放つのだった。
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