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五章
冷たい影の穴の中で…。 その1
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まるで、遠い過去に静寂を刻んだかのような、フローズン・シャドウホールの一室。
何か哀しげで幽玄な雰囲気が、そこには漂っていた。残骸と化した柱が、かつての壮大さを偲ばせ、地に崩れ落ちたその姿が、かえって空間に寂寥感を添えていた。
その柱は、ただ無機質に崩れ落ちただけではない。まるで、生命の息吹を失ったかの如く、静かに横たわっていた。遥か昔の栄光を忍び寄せる影が、それを静かに包み込んでいた。
部屋の床は、露出した土地がひんやりと冷たさを醸し出していた。それはまるで、久しく人々の足音を失ったこの部屋が、訪れた者に静けさを感じさせるかのようだった。
一歩一歩、足を進める度に、冷たく湿った土から感じる感触が、この部屋の孤独と寂しさをより一層際立たせていた。
果たしていったい、どうしてこの一見すると、洞穴に見えるほら穴の奥にこんなにも広大な空間があり、そこにこういった人工物があると思うだろうか。
なんのためにこんなものが誰によって作られたのかは想像しても想像しきれるものではなかった。
エリックは周囲を見渡した。
アリアたちとはぐれた後、少し歩いたところでキョウと合流した。
二人してアリアたちを探すために歩いていたが、この部屋で魔物の襲撃にあった。
魔物は大群だったが、次々とキョウが相手を切り伏せてった。
エリックが一体を切り伏せる間に、キョウは七体は切り伏せていたと思う。
それだけ彼の動きは無駄がなく、またその一撃も的確に相手の急所を捉えていた。
薄暗い室内を照らすのは、エリックが持っているランタンの明かりだけだ。それは奇妙に反射する石造りの壁面から発せられ、床に落ちた魔物の死骸を鮮明に照らし出していた。キョウはとある一本の柱の前で何かをしていた。
その彼の足元に散らばるのは、先ほど彼が切り倒した凶獣たちである。その姿は仰向けに倒れ、今は空を仰ぐかのように静かに横たわっている。
短い短剣を取り出し、キョウは柱の一部をかりかりと引っ掻いていた。
何をしているのかは分からなかったが、なんだか、真剣な様子である。
自然、声を掛けるのがはばかられるような気がして、黙ってエリックはその作業を見つめていた。
その柱は異様だった。
どう異様かと言えば、なんだか周囲の石柱とは明らかに趣が異なっていた。
周囲の石柱の表面にはそれほど細工などは施されていなかったが、この石柱は何かしらの文様が刻みに刻み込まれていた。
しかも真新しいものに見えた。
この石柱だけ、どこからか後で運び込まれたかのような色合いをしているのだ。
明らかに存在自体が浮いていたし、それがこの場所に似つかわしくないようにエリックは思ってしまった。
「おっ…取れた…!」
キョウが突然声を上げた。
エリックが彼の後ろからのぞき込む。
キョウの手のひらには小さな円形の何かしらの道具が握られている。
それの表面はひび割れた透明なガラスのような物質で覆われており、中には針のようなものがくるくると不安定に回っていた。
おもむろにキョウはそれをエリックに手渡した。
「なんだいこれは…?」
しげしげとエリックがその手渡された道具を見ながら訊ねる。
「これが『時空のコンパス』だ」
「えっ!?」
その返ってきた言葉に素っ頓狂な声を上げるエリック。
「お前らが探していたものだよ。これを持って帰れば、依頼主から報酬がもらえるんだろう? 良かったな。あとはここから出るだけだな!」
明るい調子でカラカラと笑いながらキョウは言う。
あまりに唐突な展開にエリックは言葉を失っていた。
まあ、仕方ない。
彼からしてみれば、国王にあれだけ厳重をもって任務に当たるようにと釘を刺され、さらにはリバーヘイブン伯爵にまでお忍びで任務を追加された。
さぞかし簡単にはいかないだろうと踏んでいたのに、こうして簡単にそれが見つかってしまったというのが信じられない出来事だった。
いや、信じてはいけないのではないかと、すぐにエリックは思い直した。
「だが、これが本物だとは思えないんだけど。それにキョウ。君はどうしてこれが『時空のコンパス』だと分かるんだ?」
その端正な顔を訝しげに歪めながらエリックは問いただそうとした。
「間違いなく本物だ。そして、これがそれだということは見たことがあるからだ」
「見たことがある? いったいどこで見たんだ君は…?」
それを訊ねると、キョウはやけに神妙な面持ちを示してこう続けた。
「おれがこのフローズン・シャドウホールに飛ばされてくる前だ。俺はここに来る前はこの『時空のコンパス』を追っていたからだ」
「『時空のコンパス』を追っていた?」
「ああ。『時空のコンパス』はこの世にいくつも存在する。いくつかの伝承でその存在が明らかだ」
確かに彼が言うとおり、『時空のコンパス』に関する話は歴史にも伝承にも散見される。
つまりのところ、『時空のコンパス』は複数存在するというのが、通説である。
そして、その内の一つが今手の内にあるコレだという。
にわかには信じがたいし、まだ良く要領を得なかった。
「どうして『時空のコンパス』は多数存在すると思う?」
それを問われ、エリックは肩をすくめた。
「とんでもない難しい質問だな。そんなこと考えたこともなかった」
そう言うと、キョウはくるりと背中を向けた。
「それは『時空のコンパス』を生み出している存在がいるからだ。俺はその存在を追っていたのさ」
そして、キョウはエリックに昔話を聞かせるのだった。
何か哀しげで幽玄な雰囲気が、そこには漂っていた。残骸と化した柱が、かつての壮大さを偲ばせ、地に崩れ落ちたその姿が、かえって空間に寂寥感を添えていた。
その柱は、ただ無機質に崩れ落ちただけではない。まるで、生命の息吹を失ったかの如く、静かに横たわっていた。遥か昔の栄光を忍び寄せる影が、それを静かに包み込んでいた。
部屋の床は、露出した土地がひんやりと冷たさを醸し出していた。それはまるで、久しく人々の足音を失ったこの部屋が、訪れた者に静けさを感じさせるかのようだった。
一歩一歩、足を進める度に、冷たく湿った土から感じる感触が、この部屋の孤独と寂しさをより一層際立たせていた。
果たしていったい、どうしてこの一見すると、洞穴に見えるほら穴の奥にこんなにも広大な空間があり、そこにこういった人工物があると思うだろうか。
なんのためにこんなものが誰によって作られたのかは想像しても想像しきれるものではなかった。
エリックは周囲を見渡した。
アリアたちとはぐれた後、少し歩いたところでキョウと合流した。
二人してアリアたちを探すために歩いていたが、この部屋で魔物の襲撃にあった。
魔物は大群だったが、次々とキョウが相手を切り伏せてった。
エリックが一体を切り伏せる間に、キョウは七体は切り伏せていたと思う。
それだけ彼の動きは無駄がなく、またその一撃も的確に相手の急所を捉えていた。
薄暗い室内を照らすのは、エリックが持っているランタンの明かりだけだ。それは奇妙に反射する石造りの壁面から発せられ、床に落ちた魔物の死骸を鮮明に照らし出していた。キョウはとある一本の柱の前で何かをしていた。
その彼の足元に散らばるのは、先ほど彼が切り倒した凶獣たちである。その姿は仰向けに倒れ、今は空を仰ぐかのように静かに横たわっている。
短い短剣を取り出し、キョウは柱の一部をかりかりと引っ掻いていた。
何をしているのかは分からなかったが、なんだか、真剣な様子である。
自然、声を掛けるのがはばかられるような気がして、黙ってエリックはその作業を見つめていた。
その柱は異様だった。
どう異様かと言えば、なんだか周囲の石柱とは明らかに趣が異なっていた。
周囲の石柱の表面にはそれほど細工などは施されていなかったが、この石柱は何かしらの文様が刻みに刻み込まれていた。
しかも真新しいものに見えた。
この石柱だけ、どこからか後で運び込まれたかのような色合いをしているのだ。
明らかに存在自体が浮いていたし、それがこの場所に似つかわしくないようにエリックは思ってしまった。
「おっ…取れた…!」
キョウが突然声を上げた。
エリックが彼の後ろからのぞき込む。
キョウの手のひらには小さな円形の何かしらの道具が握られている。
それの表面はひび割れた透明なガラスのような物質で覆われており、中には針のようなものがくるくると不安定に回っていた。
おもむろにキョウはそれをエリックに手渡した。
「なんだいこれは…?」
しげしげとエリックがその手渡された道具を見ながら訊ねる。
「これが『時空のコンパス』だ」
「えっ!?」
その返ってきた言葉に素っ頓狂な声を上げるエリック。
「お前らが探していたものだよ。これを持って帰れば、依頼主から報酬がもらえるんだろう? 良かったな。あとはここから出るだけだな!」
明るい調子でカラカラと笑いながらキョウは言う。
あまりに唐突な展開にエリックは言葉を失っていた。
まあ、仕方ない。
彼からしてみれば、国王にあれだけ厳重をもって任務に当たるようにと釘を刺され、さらにはリバーヘイブン伯爵にまでお忍びで任務を追加された。
さぞかし簡単にはいかないだろうと踏んでいたのに、こうして簡単にそれが見つかってしまったというのが信じられない出来事だった。
いや、信じてはいけないのではないかと、すぐにエリックは思い直した。
「だが、これが本物だとは思えないんだけど。それにキョウ。君はどうしてこれが『時空のコンパス』だと分かるんだ?」
その端正な顔を訝しげに歪めながらエリックは問いただそうとした。
「間違いなく本物だ。そして、これがそれだということは見たことがあるからだ」
「見たことがある? いったいどこで見たんだ君は…?」
それを訊ねると、キョウはやけに神妙な面持ちを示してこう続けた。
「おれがこのフローズン・シャドウホールに飛ばされてくる前だ。俺はここに来る前はこの『時空のコンパス』を追っていたからだ」
「『時空のコンパス』を追っていた?」
「ああ。『時空のコンパス』はこの世にいくつも存在する。いくつかの伝承でその存在が明らかだ」
確かに彼が言うとおり、『時空のコンパス』に関する話は歴史にも伝承にも散見される。
つまりのところ、『時空のコンパス』は複数存在するというのが、通説である。
そして、その内の一つが今手の内にあるコレだという。
にわかには信じがたいし、まだ良く要領を得なかった。
「どうして『時空のコンパス』は多数存在すると思う?」
それを問われ、エリックは肩をすくめた。
「とんでもない難しい質問だな。そんなこと考えたこともなかった」
そう言うと、キョウはくるりと背中を向けた。
「それは『時空のコンパス』を生み出している存在がいるからだ。俺はその存在を追っていたのさ」
そして、キョウはエリックに昔話を聞かせるのだった。
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