フローズン・シャドウホールの狂気

バナナチップボーイ

文字の大きさ
上 下
22 / 48
四章

別離と出会い その7

しおりを挟む
「アリア…アリア……」
誰かが呼ぶ声がした。振り向くとそこには見知った姉の姿があった。姉といっても実の姉ではなく、彼女を十歳の時から拾い育ててくれた女性だった。
彼女は迷宮ダンジョンの探索を主とする女性冒険者だった。
彼女はアリアに向かって微笑むと、こういった。
「ここはフローズン・シャドウホールなのね。ここは『虫穴迷宮インセクト・アビス』と同じくらい危険ね」
なぜか力ない笑みを見せた。
その後に気づいた。
これは夢だ。
彼女は死んだのだ。
数年前自分の手の内で息絶えていた。
それを悟ったとき、アリアの意識が現世に呼び戻される感覚があった。
「…アリア…リア!」
意識が次第にはっきりしていくと同時に視界が戻り、自分を呼ぶ声は段々とハッキリしてきた。
声の主はランディだった。
アリアは倒れていて、しきりに彼は彼女に声をかけていた。
ぼんやりしたような面持ちでアリアは上半身を起こした。
今自分がどのような状況に置かれているのかを確認しようと辺りを見回した。
まずは状況を確認する。
これが生き残るためにまずしなければならないことだとは、自分の師であり、姉であった冒険者に叩きまれたことであった。
そして、自分が出来ることでもっとも有効なことは何かを判断するのだ。
そこは大きな草木か多い茂った場所だった。
一瞬、外に出てしまったのかと思ったが、そうではなかった。
どうやらまだここは迷宮ダンジョンの中らしい。
確かに部屋の一角には緑の豊かな臭いが漂い、自然の息吹が心地良く舞い踊っていた。
コケが地面を覆い、しっとりとした湿り気を感じさせる。その上に広がる低木たちは、茂りを極めているかのように葉を広げている。
しかし、天井がある。
やはりここもどういう仕組みなのか、灯りが点っており、良く辺りを見渡すことが出来た。
「この場所はまるで別世界だな」
同じように周囲を見渡して、ランディが言った。
さすがに周囲には小鳥たちが忙しくさえずり、風が葉を揺らしていくということはなかった。それでもこの植物たちは幻でも何でもなく、きちんと存在しているようだった。
「キョウとエリックの姿が見えないようだけど…?」
それをランディに訊ねると、彼は首を横に振るのみだった。
「ここはフローズン・シャドウホールの中なのかしら?」
「たぶんな…。確証はないけど…」
やや皮肉めいた声色である。
まあ、他の迷宮ダンジョンに飛ばされると言うこともないわけではないらしい。
迷宮ダンジョンというものは、とんでもない場所に転移される罠などがあることもある。
中には別の迷宮ダンジョンに飛ばされたなどという話もあるくらいで、中々に厄介な現象というものであった。
まあ、こういうときは助けを待つという手もあるが、助けなど来ようはずもない。
道に迷った冒険者に対して、捜索隊を向ける物好きなどはいない。
そもそもこういったことがあるために、『時空のコンパス』探しを国が依頼してきたのだろう。
冒険者という使い捨ての者たちであれば、こうして行方知れずになってもなんらの痛みがない。
王国の戦力たる騎士団を投入し、同じ目に遭ったら様々な問題が出ようというものだ。
「とりあえず、取り決め通り、『アドベンチャーズロッジ』に向かうか?」
「向かえればいいけど…」
やや力なく言いつつも、アリアは装備品を確認し、立ち上がる。
迷宮で迷子になったときは、とりあえず、グリーンヘイブンのアドベンチャーズロッジに向かうと事前に決めてあった。
「嫌なこと思い出したわ」
「『虫穴迷宮インセクト・アビス』のことか?」
ランディの聞き返しにアリアは返答はしない。
かの迷宮で、似たようなことがあった。
宿に戻らない仲間のことを心配し、アリアとその姉は彼らを探すべくして二人だけで迷宮ダンジョンに戻った。そして、そこでアリアは姉を失ったのだ。
その後、偶然通りがかった一行にアリアは助けられて、街に戻っていた。
ちなみに最初に行方知れずになった仲間たちはいまだに見つかっていなかった。
「だけど、これは難儀だな。そもそも戻れるのかだな」
「ここが何階のどこなのかも分からないし…それに…」
「空間が歪んでいるという話か?」
「やっぱり知っていたのね? その口調だと、当たりが付いたんでしょう?」
迷宮ダンジョンに潜る前にエリックと自分を置いて、ランディが調べ物をしていたことを思い出していた。
「『時空のコンパス』っていうのは厄介ね。なんだか、この仕事降りたくなってきたわ」
心にもないことを言ってやった。まあ、極限の状態を和ませようとして出る冗談のようなものだった。
「『時空のコンパス』…?」
怪訝そうな表情でランディは反応した。
「なんだいそりゃあ?」
立ち止まってランディが言う。
その彼の行動と顔色に違和感を覚える。
何かがおかしい。
彼は先ほど、時空が歪んでいるという認識を示した。
てっきり調べ物をして『時空のコンパス』の存在に気づいているのかと思っていた。
アリアはじっとランディの顔色をうかがっていた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...