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四章
別離と出会い その6
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伯爵は長身でガッチリとした体躯の持ち主だった。
堂々とした立ち姿はシルバートーンの貴族の中でも際立っているのだ。まるで、彫刻のように洗練されているという容貌ではなく、むしろ、精悍な戦士風の顔立ちをしており、「高貴」という表現からはやや遠ざかっていた。
齢は50を越えたが、まだまだ眼光は鋭く、往年の猛将の健在ぶりを示しているかのようであった。
元々、彼、エドワード・フィッジェラルド・リバーヘイブン伯爵は騎士団の総長を務めていた。
しかもシルバートーンでは知らないものがいないという英雄ヴィクトリオ・ブレイトハートにちなんだ《銀国英雄騎士団》である。
彼自身の名前も隣国に轟いており、その影響力は宮廷内だけでなく、現在の騎士団まで及んでいた。
その彼が今、食事を取って執務室でくつろいでいる。
態度は良いとは言えない。
彼は意外にも戦場や野外での活動が多く、いまだに「お上品な生活や立ち振る舞い」に慣れてはいないようであった。
もっとも、外ではそういう訳にはいかないので、建前上の素行は伯爵そのものだが、屋敷では盗賊団の頭目さながらである。
「ヘイリー…あの件はどうなっている。なにか報告はないか?」
先ほど肉をたんまりとお召し上がりになったエドワードは不意に腹心に言葉を投げた。
「まだ何も報告はありませんな」
長年連れ添った腹心であればこそ、主人が何について訊ねているのかは分かろうというものだ。
ちなみにその「何か」とはフローズン・シャドウホールに存在が噂されている「時空のコンパス」の件である。
「あのエリックという若い騎士…。あれ一人で行かせたのはまずかったかなぁ…」
エドワードは椅子に座りながら独り言然とつぶやいて首を傾げた。
「もう少し何人か腕の立つのを別に向かわせたほうが良かったかなぁ…」
「…まあ、旅立ってからまだ4日ですよ。もうしばらく待ちましょう。それに何隊も送り込んでいたら陛下にばれますよ」
「まあ、確かにそれもそうだ」
自分よりもわずかに年下の腹心の言葉に頷く。
エリックを向かわせたのは自分の独断である。
陛下の命令ではなかった。
「陛下も秘密裏に時空のコンパスの処理をしたいのでしょうな」
「あれは危険だと陛下は考えているからな。何しろ、くそったれのブレイトハートの野郎を消したのも時空のコンパスだ」
やや苦々しそうな表情でエドワードは言った。
ブレイトハートとエドワードは盟友であった。
そのことは周知の事実である。
エドワードが一介の騎士であった頃に彼の目付としてこの国中を旅した。
その話はヘイリーは彼の口から何度も直接聞いている。
そして、その話をするときは決まって苦々しく、何かしら、禍々しいものを語るかのように喋る。
「あのバカは英雄なんてものじゃないぞ…。とんでもないやつだ。そんな他人の敬意を受ける資格なんて犬のクソほどもない男だ。あいつめ、かの5年の戦いを引き起こしたのもやつだ。その尻ぬぐいにどれだけ俺が大変な思いをしたか分かるか? しかも寄りによって俺はあんなやつの名前を冠した騎士団を率いて戦い抜いたんだぞ!」
興奮したようにいつも言う話だった。
だが、最後には「それでもあいつは英雄だった」と遠い目をして言う辺り、その関係はけしてまんざらでもなかったのだろう。
「いいか? 10日だ! あと10日経ったら次を考える。何かあったら俺にすぐに知らせろ! どんな些細なことでも必ず知らせろ!」
エドワードはヘイリーに念を押して言っていた。
ヘイリーも頷くのみで、話はそれ以上は続けない。
なぜならば、扉の外ではエドワードの日課である食後のお茶が運ばれてくるところだったからだ。
堂々とした立ち姿はシルバートーンの貴族の中でも際立っているのだ。まるで、彫刻のように洗練されているという容貌ではなく、むしろ、精悍な戦士風の顔立ちをしており、「高貴」という表現からはやや遠ざかっていた。
齢は50を越えたが、まだまだ眼光は鋭く、往年の猛将の健在ぶりを示しているかのようであった。
元々、彼、エドワード・フィッジェラルド・リバーヘイブン伯爵は騎士団の総長を務めていた。
しかもシルバートーンでは知らないものがいないという英雄ヴィクトリオ・ブレイトハートにちなんだ《銀国英雄騎士団》である。
彼自身の名前も隣国に轟いており、その影響力は宮廷内だけでなく、現在の騎士団まで及んでいた。
その彼が今、食事を取って執務室でくつろいでいる。
態度は良いとは言えない。
彼は意外にも戦場や野外での活動が多く、いまだに「お上品な生活や立ち振る舞い」に慣れてはいないようであった。
もっとも、外ではそういう訳にはいかないので、建前上の素行は伯爵そのものだが、屋敷では盗賊団の頭目さながらである。
「ヘイリー…あの件はどうなっている。なにか報告はないか?」
先ほど肉をたんまりとお召し上がりになったエドワードは不意に腹心に言葉を投げた。
「まだ何も報告はありませんな」
長年連れ添った腹心であればこそ、主人が何について訊ねているのかは分かろうというものだ。
ちなみにその「何か」とはフローズン・シャドウホールに存在が噂されている「時空のコンパス」の件である。
「あのエリックという若い騎士…。あれ一人で行かせたのはまずかったかなぁ…」
エドワードは椅子に座りながら独り言然とつぶやいて首を傾げた。
「もう少し何人か腕の立つのを別に向かわせたほうが良かったかなぁ…」
「…まあ、旅立ってからまだ4日ですよ。もうしばらく待ちましょう。それに何隊も送り込んでいたら陛下にばれますよ」
「まあ、確かにそれもそうだ」
自分よりもわずかに年下の腹心の言葉に頷く。
エリックを向かわせたのは自分の独断である。
陛下の命令ではなかった。
「陛下も秘密裏に時空のコンパスの処理をしたいのでしょうな」
「あれは危険だと陛下は考えているからな。何しろ、くそったれのブレイトハートの野郎を消したのも時空のコンパスだ」
やや苦々しそうな表情でエドワードは言った。
ブレイトハートとエドワードは盟友であった。
そのことは周知の事実である。
エドワードが一介の騎士であった頃に彼の目付としてこの国中を旅した。
その話はヘイリーは彼の口から何度も直接聞いている。
そして、その話をするときは決まって苦々しく、何かしら、禍々しいものを語るかのように喋る。
「あのバカは英雄なんてものじゃないぞ…。とんでもないやつだ。そんな他人の敬意を受ける資格なんて犬のクソほどもない男だ。あいつめ、かの5年の戦いを引き起こしたのもやつだ。その尻ぬぐいにどれだけ俺が大変な思いをしたか分かるか? しかも寄りによって俺はあんなやつの名前を冠した騎士団を率いて戦い抜いたんだぞ!」
興奮したようにいつも言う話だった。
だが、最後には「それでもあいつは英雄だった」と遠い目をして言う辺り、その関係はけしてまんざらでもなかったのだろう。
「いいか? 10日だ! あと10日経ったら次を考える。何かあったら俺にすぐに知らせろ! どんな些細なことでも必ず知らせろ!」
エドワードはヘイリーに念を押して言っていた。
ヘイリーも頷くのみで、話はそれ以上は続けない。
なぜならば、扉の外ではエドワードの日課である食後のお茶が運ばれてくるところだったからだ。
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