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四章
別離と出会い その5
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その通路には、魔物を倒したであろう痕跡が散りばめられていた。
凶暴な存在の亡骸は斬り裂かれた姿勢のまま床に転がっており、鮮血が地面を濡らしている。その血痕は暗い通路により一層の恐ろしさを演出していた。
ふと足元を見れば、人工的な迷宮の通路が広がっていた。
灰色の石畳が続き、薄暗い光が微かに舞い落ちる様子がそこを歩く者に妖しい気配を与えていた。
ここはきわめて人工的な通路である。
どのような原理かは分からないが通路自体が明るくなっていて、松明がなくても進めるほどだった。
現在は地下二階。
キョウを一行に組み入れたアリアたちは「水場」から次の区画へと進んだ。
そこには地下へ降りていく螺旋状の通路があり、その先に今彼女たちはいた。
「案外、地下二階ってのはすぐいけるんだな」
ランディが辺りを見回しながら言った。
「いや、こんなはずはないぜ。あの場所からならもっと奥に行かないと、二階には降りられなかったはずだ」
誰も事情を知らないものが聞いたら、冗談にも聞こえるだろう。
だが、キョウを始めとして誰もがふざけたような態度は取らない。
「運が良かったんだか…悪かったんだか…」
「こりゃあ、どこかの扉をくぐったら、綺麗なおねえさんばかりの店に出ることもあり得るかも知れないな」
精一杯の軽口をエリックは叩くが、やはり笑えない。
本当にそうならない可能性はないし、あったらそれはそれでこの迷宮の外に出てしまったことになる。
そして、それは誰一人として歓迎しない終わり方である。
「なんだか近いな。俺が探しているものは割とそう遠くない場所にある気がする」
キョウが何気なしにそんなことを呟いた。
途端にアリアとランディが顔を見合わせた。
「ねぇ…」
アリアが声をかける。それを受けてキョウは足を止めた。
「なんだ?」
「あの…さ。お互いそろそろ話をした方がいいと思うの」
アリアが提案した。
話とはキョウが探しているものと自分たちが探している『時空のコンパス』の件だ。
「水場」でキョウが付いてくるといった後、アリアは二人に相談したのだ。
やはり二人とも彼が一行に加わることには難しい顔をした。
『時空のコンパス』のことを話してしまって、何かしらのややこしい状況になることを懸念していた。たとえば、彼が裏切って、その《古代の遺物》を横取りするなどだ。
しかし、最後はキョウが付いてくることには同意してくれたし、その件をどこまで話すべきかはアリアに任せるというところで落ち着いていた。
「私たち何か別のものを追っている。だけどももしかしたら同じものかも知れない。そろそろ話してくれないかしら? あなたがこのフローズン・シャドウホールの中でなにを求めているのかを…」
アリアが言うと、ややキョウは沈黙した。一時考えた後、彼は「分かった」という言葉を口にした。
「でもお前達がまずなにを探しているかを話してくれ。秘密を抱えたままではやりづらいのはお互い様だろう?」
キョウがそれを口にすると、ランディとエリックは眉をひそめた。
その二人の表情の変化を彼は見逃さなかった。
「…そういった提案があるのなら、まず自分たちが話すのが筋だろう? 別に俺はアリアの事情なんか知らなくてもいいんだぜ。俺のことを知りたい。自分たちのことも話というのなら、余計にだぜ」
まあ、彼の言い分はもっともである。
それは男二人も理解はしているだろう。しかしながら、釈然とはしていない様子だった。
半日前までは自分たちを襲おうとしていた相手だ。警戒の諸々は当然とも言える。
「分かったわ…。結論から言うわ。私たちはとある人から依頼されたの。このフローズン・シャドウホールの調査を。この迷宮では様々な事件が起きている。そのことが原因だと思うわ」
むろん、間違いではないがだいぶはしょっている。
「嘘だな」
キョウがわずかな笑みを口元に浮かべて言った。
「もっと具体的な何かがあるだろう? その依頼ならば、俺たちみたいなこの迷宮に潜ったやつらから事情聴取でも事足りるぜ。こんな暗くて臭くてじめじめしたところなんかに足を運ばなくても、『肉の宮殿』で飯食いながら、生還者を待てばいいだけだ。そうしないで、わざわざ中に入るってことは、その必要性があるってことだ。たとえば、何かを拾ってくるとか、あるいは誰かを探しているとかな。何か持って帰るものがあるからお前達はここにいる。《古代の遺物》か?」
どこまで鋭いのだろう。これは簡単に騙せる相手ではなさそうだった。
ランディとエリックもとぼけてはいるが、同じことを感じているに違いなかった。
「おい、アリア」
「なに?」
「一発やらせろ。そうしたら、話さなくていいぜ。それで手を打つか?」
「はぁっ!?」
さすがに目を丸くした。今なんて言ったのだろう。一瞬、頭の中が真っ白になる。
後ろの二人も同様で、いきなりの台詞に面食らっていた。
「で、どうする?」
「いやよ!」
「じゃあ、それが嫌ならきちんと話せよ。それでいいだろう?」
「くっ! こいつ!」
アリアがこれまでにないくらい苦々しい顔つきを示していた。
どっちもいやだが、それを口にしたら話は振り出しだ。
正直、嫌いな型の人間ではなかったが、こういう流れは嫌だった。
ちょっとでも困った素振りを見せれば、欲しい情報は手に入らない。これはもう仕方ないのかも知れない。国王のことも『時空のコンパス』のことも話さなくていいならば、話したくなかったが、上手く追い込まれてしまったようだ。
それにここまで感が良いキョウに対してとぼけ通せる気もしない。
「『時空のコンパス』…。わたしたちが探しているのは…というか、それがここに存在するかどうかを調べに来たわ。依頼主は国王の側近を名乗るものだったわ」
今度は簡潔ながらも真実である。
キョウはその話を聞いて、その目を細くした。
そして、うなるような声で言ったのだ。
「…それは当たりだぜ。そして、このフローズン・シャドウホールに確実に存在する…!」
意外な言葉だった。
彼は何かを知っているのだろうか。
アリアがそれを問い詰めようとした瞬間だった。
「なんだ!?」
ランディが頭を押さえながら言った。
アリアは自身の視界がぐにゃりと歪むのを感じた。
エリックが辺りの様子をうかがっているのが見えた。
キョウが何かを叫んでいる。
しかし、それはアリアの脳裏には届かない。
すべての音が消え、そして、景色のゆがみはどんどん激しくなり、最後には暗転したのだった。
凶暴な存在の亡骸は斬り裂かれた姿勢のまま床に転がっており、鮮血が地面を濡らしている。その血痕は暗い通路により一層の恐ろしさを演出していた。
ふと足元を見れば、人工的な迷宮の通路が広がっていた。
灰色の石畳が続き、薄暗い光が微かに舞い落ちる様子がそこを歩く者に妖しい気配を与えていた。
ここはきわめて人工的な通路である。
どのような原理かは分からないが通路自体が明るくなっていて、松明がなくても進めるほどだった。
現在は地下二階。
キョウを一行に組み入れたアリアたちは「水場」から次の区画へと進んだ。
そこには地下へ降りていく螺旋状の通路があり、その先に今彼女たちはいた。
「案外、地下二階ってのはすぐいけるんだな」
ランディが辺りを見回しながら言った。
「いや、こんなはずはないぜ。あの場所からならもっと奥に行かないと、二階には降りられなかったはずだ」
誰も事情を知らないものが聞いたら、冗談にも聞こえるだろう。
だが、キョウを始めとして誰もがふざけたような態度は取らない。
「運が良かったんだか…悪かったんだか…」
「こりゃあ、どこかの扉をくぐったら、綺麗なおねえさんばかりの店に出ることもあり得るかも知れないな」
精一杯の軽口をエリックは叩くが、やはり笑えない。
本当にそうならない可能性はないし、あったらそれはそれでこの迷宮の外に出てしまったことになる。
そして、それは誰一人として歓迎しない終わり方である。
「なんだか近いな。俺が探しているものは割とそう遠くない場所にある気がする」
キョウが何気なしにそんなことを呟いた。
途端にアリアとランディが顔を見合わせた。
「ねぇ…」
アリアが声をかける。それを受けてキョウは足を止めた。
「なんだ?」
「あの…さ。お互いそろそろ話をした方がいいと思うの」
アリアが提案した。
話とはキョウが探しているものと自分たちが探している『時空のコンパス』の件だ。
「水場」でキョウが付いてくるといった後、アリアは二人に相談したのだ。
やはり二人とも彼が一行に加わることには難しい顔をした。
『時空のコンパス』のことを話してしまって、何かしらのややこしい状況になることを懸念していた。たとえば、彼が裏切って、その《古代の遺物》を横取りするなどだ。
しかし、最後はキョウが付いてくることには同意してくれたし、その件をどこまで話すべきかはアリアに任せるというところで落ち着いていた。
「私たち何か別のものを追っている。だけどももしかしたら同じものかも知れない。そろそろ話してくれないかしら? あなたがこのフローズン・シャドウホールの中でなにを求めているのかを…」
アリアが言うと、ややキョウは沈黙した。一時考えた後、彼は「分かった」という言葉を口にした。
「でもお前達がまずなにを探しているかを話してくれ。秘密を抱えたままではやりづらいのはお互い様だろう?」
キョウがそれを口にすると、ランディとエリックは眉をひそめた。
その二人の表情の変化を彼は見逃さなかった。
「…そういった提案があるのなら、まず自分たちが話すのが筋だろう? 別に俺はアリアの事情なんか知らなくてもいいんだぜ。俺のことを知りたい。自分たちのことも話というのなら、余計にだぜ」
まあ、彼の言い分はもっともである。
それは男二人も理解はしているだろう。しかしながら、釈然とはしていない様子だった。
半日前までは自分たちを襲おうとしていた相手だ。警戒の諸々は当然とも言える。
「分かったわ…。結論から言うわ。私たちはとある人から依頼されたの。このフローズン・シャドウホールの調査を。この迷宮では様々な事件が起きている。そのことが原因だと思うわ」
むろん、間違いではないがだいぶはしょっている。
「嘘だな」
キョウがわずかな笑みを口元に浮かべて言った。
「もっと具体的な何かがあるだろう? その依頼ならば、俺たちみたいなこの迷宮に潜ったやつらから事情聴取でも事足りるぜ。こんな暗くて臭くてじめじめしたところなんかに足を運ばなくても、『肉の宮殿』で飯食いながら、生還者を待てばいいだけだ。そうしないで、わざわざ中に入るってことは、その必要性があるってことだ。たとえば、何かを拾ってくるとか、あるいは誰かを探しているとかな。何か持って帰るものがあるからお前達はここにいる。《古代の遺物》か?」
どこまで鋭いのだろう。これは簡単に騙せる相手ではなさそうだった。
ランディとエリックもとぼけてはいるが、同じことを感じているに違いなかった。
「おい、アリア」
「なに?」
「一発やらせろ。そうしたら、話さなくていいぜ。それで手を打つか?」
「はぁっ!?」
さすがに目を丸くした。今なんて言ったのだろう。一瞬、頭の中が真っ白になる。
後ろの二人も同様で、いきなりの台詞に面食らっていた。
「で、どうする?」
「いやよ!」
「じゃあ、それが嫌ならきちんと話せよ。それでいいだろう?」
「くっ! こいつ!」
アリアがこれまでにないくらい苦々しい顔つきを示していた。
どっちもいやだが、それを口にしたら話は振り出しだ。
正直、嫌いな型の人間ではなかったが、こういう流れは嫌だった。
ちょっとでも困った素振りを見せれば、欲しい情報は手に入らない。これはもう仕方ないのかも知れない。国王のことも『時空のコンパス』のことも話さなくていいならば、話したくなかったが、上手く追い込まれてしまったようだ。
それにここまで感が良いキョウに対してとぼけ通せる気もしない。
「『時空のコンパス』…。わたしたちが探しているのは…というか、それがここに存在するかどうかを調べに来たわ。依頼主は国王の側近を名乗るものだったわ」
今度は簡潔ながらも真実である。
キョウはその話を聞いて、その目を細くした。
そして、うなるような声で言ったのだ。
「…それは当たりだぜ。そして、このフローズン・シャドウホールに確実に存在する…!」
意外な言葉だった。
彼は何かを知っているのだろうか。
アリアがそれを問い詰めようとした瞬間だった。
「なんだ!?」
ランディが頭を押さえながら言った。
アリアは自身の視界がぐにゃりと歪むのを感じた。
エリックが辺りの様子をうかがっているのが見えた。
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