フローズン・シャドウホールの狂気

バナナチップボーイ

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四章

別離と出会い その3

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壁には暗い石の質感があり、その厳かな佇まいは静寂を一層深めている。たまに響く水滴の音が、唯一と言って良い音だった。
わずかにちょろちょろと水が流れ、その水たまりを作っていた。
それはどこからか湧き出してきた地下水なのかも知れないし、はたまた人工的なものかも分からなかった。
ただこの場所は冒険者にとっては重要な水の補給地点であったり、キョウたち《深きから忍び寄るものたちディープストーカー》にとっての生活水を得るための場所であった。
不思議なことにいつのまにか「ここでは争いをしてはいけない」という決まり事が暗黙の了解として成り立っていた。
ゆえにこうして今はキョウたちもアリアたちも、その戦いで汚れた身体を綺麗にすることが出来ていた。
ダミアンなどは身体ごとハンターツイスターに飲みこまれてしまったために綺麗にするのも大変そうだ。今は男たちが身体を洗っている。アリアは女性と言うことで、一番最初に身体を拭かせてもらった。もっともそれほど粘液を浴びてもいなかったので、軽く拭く程度で良かった。
彼女はそこそこの広さのある水場の端で、仲間である《深きから忍び寄るものたちディープストーカー》たちと話しているキョウに近づいていった。
彼は仲間一人一人に小さな袋を渡し、そして、松明を渡していたのだった。
松明と袋を受け取った仲間は恭しくキョウに礼を言ってその場を去って行く。
「なにをしているの?」
アリアが言葉をかけると、彼は振り向いた。
そして、えらく真剣な眼差しでこう言うのだ。
「見送りだ」
「見送り…?」
「ああ。もう解散しようと思って…。奪ったものを分配してあとは好きにしろと言った」
真顔で言うその様子からして、どうやら彼らは彼らなりの深刻な事情があるらしい。
「でも、どうして今そんなことを?」
アリアが訊ねると、キョウは「ああ」と小さく呟いてから続けていた。
「…俺たちはそれぞれが事情を抱えている。ここから出てもやっていけるやつも何人かはいる。残念だがそうでないやつもいるがな。さっきハンターツイスターに襲われたときに考えた。こいつらはここにいたら死んじまうってな…」
なんとなくだが、キョウの言いたいことは分かった。
危険度が増したということだろう。
ハンターツイスターは今まではもっと奥で発生していたらしい。一階のごく浅い場所で出会うというのは何かが起こっているということだ。
それがなんなのかは分からなかったが、彼らにとっても無視できる状況ではなくなってきているようだ。
「でも案外しっかりとしているのね。賊の頭目らしくないわ」
正直な感想をアリアが述べる。その実力を見ても、なにかキョウという男は《深きから忍び寄るものたちディープストーカー》らしくないと思えた。
「…まあ、俺たちにだって色々とあるさ」
「色々か…。ねぇ、ここにくる前はどこで何をしていたの?」
「………」
「まあ、言いづらいならいいわよ」
アリアも野暮ではない。
キョウは振り返ると少しだけ暗い顔をした。
「まあ、話すと長くなる。それによく自分自身も分かってない。気がついたらここの一階のところに倒れていた」
「もしかしてあなたも飛ばされてきたの?」
「だと思っている」
キョウは短く言葉した。それ以上は話さないだろう。なんとなくだがアリアはそう思った。
「みんなを逃がしてあなたはどうするの?」
「お前達と一緒に行く。この奥に行くんだろう?」
「行くけど…。でも…」
「まあ、アリア。お前らが誰かに雇われているのは知っているつもりだ。それがどういうことなのかも」
キョウが迷宮ダンジョン静寂しじまに負けないくらいの静かな声色で言った。
まあ、冒険者の流儀に通じているのだろう。仕事の邪魔はしないと受け止めることにした。
「報酬はなんとかするわ。依頼者に傭兵を雇ったって報告すれば、経費でなんとかなると思う。あなたもこの迷宮ダンジョンにいつまでもいるつもりはないでしょう?」
「それは助かる」
「ランディとエリックにはわたしから話しておくわ。でももしかしたら相当に危険かもよ」
アリアがわずかに目を細めて言った。
経費に関しては依頼者が国と言うこともあり、こういう場合は便利である。
しかし、彼に仕事のどこまでを話すべきか。
全部話すのは好ましくないように感じる。特にエリックはこの素性の知れない彼に事の真相を話すのは嫌がるような気がした。
「あっ、でももう一つ」
「なんだ?」
「いきなりどうして私たちと行こうと思ったの? まさか面白そうだからとかなんとか言わないでよね?」
「まさか…」
その長い髪の毛を掻き上げてキョウは言う。
「実は捜し物がある。そして、それはこのフローズン・シャドウホールの中にある。俺はそれを確信している。理屈では説明できないが、実感としてそう思うんだよ」
アリアに取ってみれば、それもまた理解が難しい物言いだ。しかし、キョウは冗談などの軽い気持ちで言っているようにも見えなかったのだ。
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