フローズン・シャドウホールの狂気

バナナチップボーイ

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三章

深きから忍び寄るものたち その8

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「で、そっちのお姉さんはどうする?」
頭目はアリアに言葉を投げかけた。
要するに二人の敵討ちをするかということである。
「…やめておくわ」
諸手を挙げて、あっさりとアリアは答えた。
「わたしたちの手持ちの食料とお金の半分で良かったわね?」
「そういう約束だな」
「その他にも下着を脱いで、お尻を向けましょうか?」
「そんなお愛想はいらないぜ」
「欲がないのね」
アリアはそこで「ふふっ」と笑ってしまった。
さすがに相手の頭目もその反応には驚いたようだった。
なんだかおかしくなってしまったのだ。
そもそも郊外で誰かに負けると言うことは、それは運命の終着を意味していた。
あるものはその場で殺され、あるものは奴隷として売られる。
そのことはアリアだけではなく、冒険者であれば、知らないものがいないほど「当たり前のこと」として認識されている。
「こんなところで欲かいても仕方ないぜ、お姉さん。欲望満たすだけならもっと他でやりようがあるからな」
「それもそうね。あなたは話が分かるみたい」
「俺に惚れたらずーっと暗い迷宮ダンジョン暮らしだぜ、お姉さん」
「まさか」
そして、アリアは肩をすくめた。
「一つ提案があるわ」
アリアが示した台詞に頭目は目を細めた。
「わたしたち、知っていると思うけど、冒険者よ。このフローズン・シャドウホールにはとある偉い方の以来で探索を行うためにやってきたわ」
「おい!」
そこまで話したとき、エリックが血相を変えた。
彼にしてみれば、こいつらごときに話していい話ではないということだろう。
だが、アリアはそんな言葉は聞こえていないかのように続けた。
「あなたたち、この迷宮ダンジョンには私たちより詳しいでしょう? わたしたちを案内してくれない? 街で地図を買ったんだけど、でたらめみたいなの」
そこまで話を進めたとき、相手の頭目は頭を抱えた。
「報酬はもちろん出るわ。経費として依頼主に出すように伝えるわ」
今度は頭目が肩をすくめる番だった。
「…とんでもないお嬢さんだな。俺たちがそんな話に乗ると思うか?」
「乗るわ。だってあなたたち、人殺しはしないんでしょう? それを考えたら、あなたたちがどういう性格の集団かわかるもの」
つまるところ、彼らは生きていく為に仕方なしの生業だと言うことだ。
だったら、真っ当な仕事としての報酬があれば、彼らもやりたくない「人殺し」といううっかりをしなくて済むだろう。
「いいぜ。面白そうだから受けてもいい」
「やったー!」
「おいおい…」
困ったような顔で呟くランディの横で飛び跳ねんばかりに喜ぶアリア。
さすがにこの提案に対して、相手の賊側もきょとんとしている者たちが何人かいる。
「いいんですか? そんな安請け負いして」
「いいんだよ、ダミアン。もしかしたら俺たちは騙されているかも知れねぇけど、《深きから忍び寄るものたちディープストーカー》が騙されたという話も中々に面白いからな」
訳の分からない理屈にさすがに賊の仲間もランディと同じような表情だった。
「わたしはアリア。あなた名前は?」
「キョウだ…。もっとも偽物の名前だけどな」
その受け答えからしてもキョウと名乗った頭目は相当に変わっているようだ。
偽名を使うものはたくさんいる。それこそ名前を出さないのが当たり前という風潮すらある。自らの正体を明かすことで面倒ごとが増えると言うことが多いのが世の中だった。
聞く側としてもそれを詮索しないというのが、一種の暗黙の了解としてまかり通っている。
まあ、そのことを前提として、自分は訳ありだと言うことをキョウは最初に言ってきていた。
「だが、お嬢ちゃん…アリアと言ったか…。俺たちは確かにあんたらよりは先にここで活動していたが、あまり提供できることがないかも知れないぜ」
そう言われてしまい、アリアは猫のような愛嬌のある目をまん丸にした。その物言いも不可思議なことだと思ったのだ。
「この迷宮ダンジョンは一月ほど前からおかしなことが多発するようになった。この辺りではまだ顕著じゃないが、ちょっと奥に行くと、もう変なことがたくさん起きる。たとえば通路や部屋の配置が変わったりとかな」
とんでもないキョウの物言いにアリアは今度は怪訝な表情を示していた。
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