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三章
深きから忍び寄るものたち その7
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エリックが見習いだった頃の話だ。
その日、郊外の訓練場では騎士たちの厳しい訓練が行われていた。
訓練場は草原に囲まれ、風が心地よく吹き抜ける美しい場所に位置していた。
真ん中にはそこそこの面積の広場が広がり、周囲には立派な石の柵がめぐらされていた。
草原に構築された陣地のような場所ではまだまだ肉付きも薄い騎士の見習いたちが勢揃いし、剣や槍を手に熱心に稽古していた。まだできあがっていないものの、その身体からは力強さと覚悟がにじみ出ており、一歩一歩、より一層強くなることへの執念を感じさせた。
ある騎士がいる。
その彼の立ち姿は威厳に満ち溢れ、矜持を感じさせた。
彼の剣さばきは俊敏かつ正確であり、まるで風が切り裂かれる音が聞こえるかのようだった。その姿はまさに剣の舞い手と言えるほど見事であった。
また、別の騎士は槍を手に、その先端を敵の心臓めがけて突き進めるように練習していた。彼の動きは優雅かつ鋭敏であり、獲物を仕留めるための技術を極める姿勢が感じられた。彼らはこの卵たちに技術を教える師となるべき正騎士たちだった。
その周りに立ち並ぶ見物人たちは、その槍術や剣術に息を飲んで見入っていた。
正騎士たちの中にはかの五年の戦いと言われる《英雄と姫君の戦争》に参加したものもおり、実戦を経験していない見習の若者たちとは顔つきが違っていた。
「いいか、お前らはかのヴィクトリオ・ブレイトハートのような英雄ではない。勘違いするな! ここではまず基本となる武器の扱いを学ぶんだ。足を使え! 腕を動かせ! 汗を流せ!」
彼らは口癖のように言っていた。そして、基礎というものを身体にたたき込まれた。
訓練は厳しいもので、逃げるものもいれば、怪我で騎士を断念するものもいる。そうして脱落しなかったものだけが騎士としてやっていけるかどうかの資格をもらえる。
そこまでやっても、それでもまだ資格のみを手にできるだけだ。
そして、そこからさらにまだ騎士になるためにはその資質を試される。
それは技術だけではない。
非常に苦しくて厳しい道を歩ききったものだけが騎士となることが出来た。
今現在、エリックは騎士として任務に就き、そして、どうしてか、このほの暗いフローズン・シャドウホールの一階で賊と対峙している。
賊といえど、いや賊だからこそ、多対一などという真似は出来なかった。
得体の知れない余裕があった。
賊の親玉は自分よりも少し若いくらいだろう。
格好もみすぼらしく、装備も誰かから奪ったものか、拾ったものだろう。
だが、このまるで、平素のような雰囲気はなんだろう。
そこにだけエリックは違和感を覚えていた。
「私の名前はエリック…!」
「…お前騎士だろう? しかもシルバートーンの」
「!?」
エリックが一瞬だけ顔色を変えた。
その事実を見抜かれたことで動揺してしまった。
次の瞬間、エリックの長剣の柄を握る手に相手の手がかけられていた。
いつのまに彼は動いたのだろう。
そんなことを考えるまもなく、エリックの身体は回転するかのように倒されていた。
彼は重武装だった。
動きが鈍いのは当然である。
しかし、それでもいとも簡単に相手の間合いをくぐり抜け、得物を握る手を取られてしまった。
腕をねじられたことで、体勢を崩し、そのまま地面に倒されていた。
相手は剣すら抜いていない。
というか、曲刀を収める鞘などは最初からなく、常に抜き身だった。
そして、その抜き身の刀は手にしてすらいない。
彼は最初に立っていた場所にいつのまにか曲刀を突き立てていた。
ようは素手の相手にエリックは倒されていた。
「お兄さん、騎士としての癖がある。厚着をしているほうが常に有利とは限らないぜ」
倒れたときに受け身を取ったが、肩をぶつけてしまう。
体勢を立て直そうとしたが、自分の長剣は相手の手の内だ。
「なんてやつだ…」
「盗賊なんかに相手の武器を取り上げる動作があるが…それを長剣相手にやるとは…」
驚愕の響きを持った台詞を吐いたのはランディだった。
「まずは一人目だな」
相手がそれを口走り、それからランディのほうに向き直る。
こうまであっさりとやられてしまい、エリックは落胆もなにもない。まるで、迷宮で絶世の美女の水浴びでも見たかのような表情だった。
「次のお兄さん、やるかい?」
手招きにランディは応じるようだ。
なにかの間違いだろうとでも思っているのかもしれない。
アリアも幻の王子様でも見せられたかのような気持ちだった。
ランディとエリックがすれ違おうとしたときだった。
「これは返すぜ」
手にした長剣を投げて寄越す。
エリックは苦々しそうな表情で、転がった長剣を一瞥した。
ランディは「俺が手品の正体をあばいてやる」と小さな声で意気込みを口にした。
ランディが細身剣を構えて先ほどのエリックと同じように構える。
「細身剣か…。こういった迷宮の中では悪くはない選択だな」
そう頭目が言った瞬間、ランディはエリックとは違い先に突きかかった。
しかし、相手は上半身をよじってその攻撃を交わすと同時に、やはり、腕を取った。
するすると相手の間合いの中に入り込むと、脇でランディの腕をきめた。
「あっ…!」
アリアが軽い悲鳴を上げる。
ランディが一瞬、顔を歪めた。
痛みが走った拍子にランディは細身剣を落としていたのだった。
その日、郊外の訓練場では騎士たちの厳しい訓練が行われていた。
訓練場は草原に囲まれ、風が心地よく吹き抜ける美しい場所に位置していた。
真ん中にはそこそこの面積の広場が広がり、周囲には立派な石の柵がめぐらされていた。
草原に構築された陣地のような場所ではまだまだ肉付きも薄い騎士の見習いたちが勢揃いし、剣や槍を手に熱心に稽古していた。まだできあがっていないものの、その身体からは力強さと覚悟がにじみ出ており、一歩一歩、より一層強くなることへの執念を感じさせた。
ある騎士がいる。
その彼の立ち姿は威厳に満ち溢れ、矜持を感じさせた。
彼の剣さばきは俊敏かつ正確であり、まるで風が切り裂かれる音が聞こえるかのようだった。その姿はまさに剣の舞い手と言えるほど見事であった。
また、別の騎士は槍を手に、その先端を敵の心臓めがけて突き進めるように練習していた。彼の動きは優雅かつ鋭敏であり、獲物を仕留めるための技術を極める姿勢が感じられた。彼らはこの卵たちに技術を教える師となるべき正騎士たちだった。
その周りに立ち並ぶ見物人たちは、その槍術や剣術に息を飲んで見入っていた。
正騎士たちの中にはかの五年の戦いと言われる《英雄と姫君の戦争》に参加したものもおり、実戦を経験していない見習の若者たちとは顔つきが違っていた。
「いいか、お前らはかのヴィクトリオ・ブレイトハートのような英雄ではない。勘違いするな! ここではまず基本となる武器の扱いを学ぶんだ。足を使え! 腕を動かせ! 汗を流せ!」
彼らは口癖のように言っていた。そして、基礎というものを身体にたたき込まれた。
訓練は厳しいもので、逃げるものもいれば、怪我で騎士を断念するものもいる。そうして脱落しなかったものだけが騎士としてやっていけるかどうかの資格をもらえる。
そこまでやっても、それでもまだ資格のみを手にできるだけだ。
そして、そこからさらにまだ騎士になるためにはその資質を試される。
それは技術だけではない。
非常に苦しくて厳しい道を歩ききったものだけが騎士となることが出来た。
今現在、エリックは騎士として任務に就き、そして、どうしてか、このほの暗いフローズン・シャドウホールの一階で賊と対峙している。
賊といえど、いや賊だからこそ、多対一などという真似は出来なかった。
得体の知れない余裕があった。
賊の親玉は自分よりも少し若いくらいだろう。
格好もみすぼらしく、装備も誰かから奪ったものか、拾ったものだろう。
だが、このまるで、平素のような雰囲気はなんだろう。
そこにだけエリックは違和感を覚えていた。
「私の名前はエリック…!」
「…お前騎士だろう? しかもシルバートーンの」
「!?」
エリックが一瞬だけ顔色を変えた。
その事実を見抜かれたことで動揺してしまった。
次の瞬間、エリックの長剣の柄を握る手に相手の手がかけられていた。
いつのまに彼は動いたのだろう。
そんなことを考えるまもなく、エリックの身体は回転するかのように倒されていた。
彼は重武装だった。
動きが鈍いのは当然である。
しかし、それでもいとも簡単に相手の間合いをくぐり抜け、得物を握る手を取られてしまった。
腕をねじられたことで、体勢を崩し、そのまま地面に倒されていた。
相手は剣すら抜いていない。
というか、曲刀を収める鞘などは最初からなく、常に抜き身だった。
そして、その抜き身の刀は手にしてすらいない。
彼は最初に立っていた場所にいつのまにか曲刀を突き立てていた。
ようは素手の相手にエリックは倒されていた。
「お兄さん、騎士としての癖がある。厚着をしているほうが常に有利とは限らないぜ」
倒れたときに受け身を取ったが、肩をぶつけてしまう。
体勢を立て直そうとしたが、自分の長剣は相手の手の内だ。
「なんてやつだ…」
「盗賊なんかに相手の武器を取り上げる動作があるが…それを長剣相手にやるとは…」
驚愕の響きを持った台詞を吐いたのはランディだった。
「まずは一人目だな」
相手がそれを口走り、それからランディのほうに向き直る。
こうまであっさりとやられてしまい、エリックは落胆もなにもない。まるで、迷宮で絶世の美女の水浴びでも見たかのような表情だった。
「次のお兄さん、やるかい?」
手招きにランディは応じるようだ。
なにかの間違いだろうとでも思っているのかもしれない。
アリアも幻の王子様でも見せられたかのような気持ちだった。
ランディとエリックがすれ違おうとしたときだった。
「これは返すぜ」
手にした長剣を投げて寄越す。
エリックは苦々しそうな表情で、転がった長剣を一瞥した。
ランディは「俺が手品の正体をあばいてやる」と小さな声で意気込みを口にした。
ランディが細身剣を構えて先ほどのエリックと同じように構える。
「細身剣か…。こういった迷宮の中では悪くはない選択だな」
そう頭目が言った瞬間、ランディはエリックとは違い先に突きかかった。
しかし、相手は上半身をよじってその攻撃を交わすと同時に、やはり、腕を取った。
するすると相手の間合いの中に入り込むと、脇でランディの腕をきめた。
「あっ…!」
アリアが軽い悲鳴を上げる。
ランディが一瞬、顔を歪めた。
痛みが走った拍子にランディは細身剣を落としていたのだった。
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