フローズン・シャドウホールの狂気

バナナチップボーイ

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三章

深きから忍び寄るものたち その6

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「だれだ!?」
エリックが叫ぶ。そうしつつも彼は自らの長剣ロングソードの柄に手をかけていた。
ランディなどはこなれたもので、もうすでに細身剣レイピアを抜いていた。
彼らの前方にはほの暗い光がさしており、その向こうには一人の男が佇んでいた。
先ほど不意打ちをかけてきた男は素手である。
先ほど投げかけたものが、その得物だったのだろう。
自身の武器を放ってしまったのだから間が抜けていると考えることも出来る。
しかし、雰囲気が思考をその方向に導かない。
得物を持たない格好ながら、相手はなおもダンジョンの暗闇に浮かび上がるような存在感を放っていた。その深く澄んだ瞳が印象的ですらある。
「簡単に言うぞ。金と食料の半分をおいていけ。命は取らない。抵抗するなら痛い目を見るだけだぞ」
周囲にはかがり火なのか、松明なのか分からないが、あかりの数からして結構な人数がいるようだ。
正直、痛い目で済むかどうか。
今の今まで散々ダンジョンで危険な目に遭ってきた見地から言えば、かなり不利な状況と言える。そのことを悟ったアリアの目尻を額から流れた汗が嘗めていく。
「食料と金を半分? ずいぶん慎ましい要求だな!」
ランディが言うと、相手の男は一つ髪の毛を掻き上げて、ふとした笑みを浮かべた。
「それを置いていけば、大人しく地上に返してくれるとでも言うのかしら?」
アリアがその広い広い部屋、いや広間と言って良い広さの場所に響き渡る声で問うた。
「…そっちのお嬢さんの言うとおり、命は取らねぇ。約束しよう。それだけ置いて、さっさと帰るんだな…」
「もしイヤだと言ったら?」
「その時は腕づくで奪うのみだ」
静かだが良く通る声で彼は言う。
信用できない。
まあ、命が助かるなら、半分の軍資金と食料くらいは安いものだ。しかし、約束を相手が守るとは思えない。ダンジョンの中とはそういう場所であり、誰かとの約束を守る理由などは人の目がある地上よりも希薄なのだ。
それならば、いっそのことこの人数相手に大立ち回りを行った方がいいまである。
ここは判断しなければならない。
少しでも間違うと運命が決してしまうだろう。
「ふざけるな!」
「ふざけてもらっては困る!」
その言葉を同時に男たちは吐いていた。
「ちょっと!」
自分が何かを言う前に交渉を蹴飛ばした男たちにアリアは抗議じみた声を上げた。
「悪いが、こちらとて背負っているものがある。ここは引けない」
エリックがここぞとばかりに騎士らしいことを言う。
「約束をきちんと守るやつがこんなところで《深きから忍び寄るものたちディープストーカー》なんかやらないだろう? 後ろからばっさりやられるくらいなら、いちかばちかだ!」
まあ、見方によってはもっともなことをランディは言う。
「あんたたち話聞きなさいよ!」
完全に得物の柄の部分に力を込めている男たちにアリアが大きな声をかける。
「あんたたち、わたしの意見も聞きなさいよ! 勝手に話進めないで! せめて相談してからにしなさいよね!」
その剣幕に一瞬二人は怯んだ。
それを見て相手はカラカラと笑っていた。
「もうちっとお前ら仲良くしろよ! そんなんじゃ、冒険者やっていてもすぐに死んじまうぞ!」
言いながら、彼は無防備にも近づいてきていた。
そして、つい先ほど自身が投げて突き立てた曲刀を何気なしに引き抜いた。
あまりに普通かつ自然にそれをやってのけたため、こうして近づかれながらも、三人はさしたる反応も出来なかった。
「そっちのお姉さんは話し合いの余地があるようだな。そちらのお兄さん二人は、まあ、納得はできない。そう言った顔だ。そこに関しては分かる。俺も男だ。引けないときはある」
やけに物わかりが良さそうに、この《深きから忍び寄るものたちディープストーカー》の頭は言う。
「で、それじゃあ、試してみればいいじゃないか」
何かしら提案するかのような物言いだ。
この時になると、もうこちらの言い争いの仲裁に入る人のような振る舞いだった。
「今から俺がこの二人と戦ってやる。二人同時でいいぜ。それで負けたらお兄さん方も諦めが付くだろう? 二人がかりで俺に勝てないなら、それ以上はもうどうしようもないだろ?」
「…なっ…!?」
エリック、ランディの二人して絶句する。
「戦っている間は俺は手下どもに手出しはさせない。お姉さんも手出しはしない。俺が負けたら全員この場から立ち去っていい。それでどうだ?」
ここにいる皆に言った。
彼の仲間たちの間からは彼を心配するような声があちこちから上がった。
どうやら人望はあるらしい。
ランディは毒気を抜かれた顔つきを示している。
そんな彼の脇をすり抜けて、エリックが進み出た。
「じゃあ、君に勝てば、俺たちはここを通っていいんだな?」
「ああ、好きにしていいぜ」
「ならば約束だ。男なら守ってもらう。そして、ここは俺と一対一で戦ってもらう」
エリックが提案した。
多分だが、騎士という彼の特性がそれを口走らせたのだろう。
もしも賊と多対一で戦って勝ったとしても、それは騎士にとっては不名誉なことだった。
提案に対して、相手はその理由を聞くでもなく、わずかに顔を歪ませたのみだった。
すぐに表情を取り戻して、そして答えた。
「いいだろう」
その言葉を合図にエリックは長剣ロングソードを構えていた。
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