フローズン・シャドウホールの狂気

バナナチップボーイ

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二章

グリーンヘイブン その3

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一行は腹を満たしてから宿屋の一室に集まった。
理由は今後の細やかな探索の計画について話し合うためだった。
当初は空きっ腹を満たしながらその話をする予定だった。
しかしながら、唐突にあの酒の回った男からもたらされた情報がアリアたちの事情を変えさせていた。
むろん、酔っ払いの話の信憑性の問題はある。ここにみんなはそれを鵜呑みにするほど迂闊ではない。飯屋にいる事情を知っていそうな者たち何人かに酒をおごり、話を聞いてみたがどうにも酔っ払いは嘘を言っている感じではなかった。
しかもそのもたらされた情報の内容が、さらに事態を深刻化させていた。
そんな経緯もあって、食事をしながら楽しくと言う雰囲気ではなくなっていたし、話し合いは改めて食後と言うことになった。
室内はこじんまりとしていて、薄暗い光が部屋を照らしていた。木の床は経年のしるしを帯び、歩く度に足元の薄い埃が舞い上がった。古めかしいと言えばそれまでだが、その雰囲気にはなんとも言えぬ温かさが漂っている。
部屋の一角には、彼らの荷物が積み上げられていた。
パウゼッタ商会で調達した道具や装備品が乱雑に積まれるようにして置かれていた。
アリアは寝台に腰掛けて、ランディは小さな木製の椅子に座していた。エリックはエリックで窓際に立って外を見ていたが、外はもう日が落ちているので、何かが見渡せるとも思わなかった。
「で、まずは収集した話をまとめようか」
ランディが静かにアリアのほうを見ながら言っていた。
「そうね。まずはそうしないと…」
「まとめるというかまとまるのかって感想が先に立つけどな」
ランディがやや疲れたような呆れたような表情で言ってから、エリックのほうに向き直る。
だけど彼はそんなランディの視線には気づいていないようだった。
「まずは『穴』の中で何かが起きている。まずはここ一ヶ月ほどで迷宮ダンジョンで行方不明になる者たちが続出している。だがこれは普通に魔物や不逞の輩に襲われただけかも知れない」
ランディがそのように自己の分析を交えた感想を口にした。
確かにこのフローズン・シャドウホールの中には人を襲い、食らう魔物がいるという。まあ、これは普通の獣でも同様なので、驚くに値しない。
不逞の輩というものも、この世の中には街道に追いはぎが出るように迷宮ダンジョンにも《深きから忍び寄るものディープストーカー》という山賊や追いはぎのような者たちが出る。
それだけの事件ならば、聞き流してもいいのだが。
「今までに存在しなかった魔物が現れた。これに関してはもしかしたら魔物たちの通り道か何かがある可能性…。またはなんらかの古代の遺物の影響かも知れない。この辺りはいいだろう。しかし、あの酔っ払いが言ってた、『迷宮ダンジョンの中で三日過ごしたにも関わらず、外に出たら半時も経過していなかった』という話からだな…」
「勘違いじゃないの?」
そこまでランディの言葉を聞いて、ようやく関心を示したかのようにエリックが口を開いた。
まあ、そういうことがないわけでもない。人の感覚が狂ってそう感じることは稀にだがあるらしい。もっとも、アリアはそんな経験はなかったが。
「じゃあ、給仕が言っていた、いきなり場違いな建物が出現したり、迷宮ダンジョンの構造が前とは違っていたりする現象も勘違いか? そうとは思えないがな…」
そこまでランディが言うと、さすがに楽天的なこの青年も肩をすくめるしかなかったようだ。
「しまいには昔死んだ女房や子供の頃飼っていた犬と会ったとか、クソみたいにふざけた話もちらほらだ。いったい、何がどうなっているんだ!?」
ランディが呆れまくった様子で言っている横で、アリアはその繊細な指先を顎にかけて、思案するかのような表情をしていた。
寝台の上に座っている彼女は足をややパタつかせていた。
エリックではないが、一つのことであれば、当事者の勘違いということもあり得るだろう。
しかし、こういったことが多発しているからこそ事件と言えた。
「何かが起きていて、その結果として、こういったことがたくさん起きているんじゃないかしら?」
「何かが起きている…? それは原因があるってことか?」
そのランディの問いにアリアは小さく頷いた。
「で、お前さんは何が起きていると思うんだ?」
「たとえば時間と空間が歪んでいるとか…」
大いに真面目にアリアは言ったつもりだったが、ランディは困り果てたように仰け反った。
そんな二人のやりとりの最中、エリックはいつのまにか真剣な表情をしていた。
口元を結んで腕を組み、何か考えているような様子であった。
アリアはそのことに気づいて彼に声をかけようとした。
「また突拍子もないことを…」
やや呆れた顔つきでランディが言葉を遮ったため、その日、アリアはエリックに言葉をかけることが出来なかったのだった。
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