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四章

スクールバトル! その5

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「お前、この間はもう少し饒舌だっただろうが? なに急に大人しくなってんだよ!」
「なんか言ってみろや! そして、焼きそばパン買ってこいや!」
次々と浴びせられる汚い言葉。
一人の男子生徒が為吉ためきちを小突いたが、それでも為吉ためきちは無反応だった。
旧校舎の外側の敷地での出来事である。
神埼忍かんざきしのぶを含めた四人が為吉ためきち一人を…という構図が展開されていた。
ちなみにリーダーであるしのぶは少し離れた場所で座り込み、旧校舎の壁にもたれていた。
まるで、こちらには関心がないとでも言いたげな雰囲気を放ちつつ、タバコを吸っている。
一人の生徒が為吉ためきちにギリギリまで顔を近づけて挑発している。
その近づいてくる顔を無言でにらみ付ける為吉ためきちであった。
顔を近づけていた生徒は舌打ちをすると、その為吉ためきちの顔面に一発入れていた。
ややよろける為吉ためきち
殴られた場所を手の甲で拭い、さらに不適な面相で相手をにらみ付けていた。
「むかつくわ! 本当にむかつく反応だわ!」
もう一発顔面に入れようとしたのだろう。
拳を振り上げた瞬間だった。
為吉ためきちが一瞬無防備になった相手の顔面に頭突きを入れた。
鈍い音がして相手が倒れる。
鼻血こそは吹かなかったものの、その場に相手の生徒は崩れ落ち、頭突きを喰らった部分を手で押さえてうめいた。
「このやろ…!」
他の二人、ようするにしのぶ以外は途端にいきり立つ。
ほぼ二人同時である。
拳を振り上げ為吉ためきちに殴りかかる。
そんな二人の攻撃的な行動を為吉ためきちはひょいひょいと避けていくのだった。
一発もかすらない。
しかし、先ほどまでうめいていた生徒が参加するに至り、さすがにきつくなってきた。
相手の拳を貰うことはないのだが、それでも徐々にかするようになってきた。
これでは誰かに反撃をすれば、その隙を突かれ、他の誰かにやられてしまうだろう。
さすがに三人が次々と拳や蹴りを繰り出してくる状況では、避けるのが手一杯といった感じであった。
ましてや、為吉ためきちは一人である。
一人で三人分の攻撃回避は体力的にも辛い。
このままでは追い込まれ、いつかは誰かの拳が為吉ためきちを捕らえるだろう。
そのことが分かっている為吉ためきちの表情には、わずかばかりの焦りが見え始めた。
「しねや!」
三人の内一人がそう言い放ち、跳び蹴りを仕掛けてきた。
奇襲と言えば奇襲だが、大ぶりな技である。
さすがにそんなものは喰らわない。
まあ、驚きはしたが。
為吉ためきちはやや大げさにその跳び蹴りを避けた。
その瞬間、頭の中が真っ白になる。
一時的にであるが、意識が飛んだ。
気がつくと、為吉ためきちは自分が地面に片膝付いていることに気付いた。
後頭部に痛みがある。
その部分を押さえながら、苦悶の表情で自分の後ろを見る。
神崎かんざき…!」
そこには今まで座ってタバコを吸っていたはずのしのぶがいた。
手には長くて細い木の棒のようなものを持っていた。
恐らくは学校の掃除で使う回転ボウキの柄の部分だろう。
どこから持ち込んだかは分からないが、それで思い切りしのぶ為吉ためきちの後頭部を殴ったらしかった。
あまりにも容赦のないやり方にその場にいた手下三人も一瞬、恐々とした表情を見せていた。
「なかなか石頭じゃねーか、番長さんよ…」
そう言ってから手にしていた棒を投げ捨て、うずくまっている為吉ためきちの腹を蹴りあげる。
さすがに為吉ためきちの表情が変わる。
うっとうめき声を上げて、ひっくり返るように倒れた。
体勢を立て直そうとする。
立ち上がろうとしたが、身体に力が入らないのだろう。
為吉ためきちは片膝をついた姿勢のまま、自身にゆっくりと近づいてくるしのぶを睨みつけるだけしかではなかった。
しのぶ為吉ためきちの前まで来ると、立ち止まり、為吉ためきちを見下ろすようにしていた。
「今時はやんねーぞ、番長なんて。くだらねーやつだと思ってたから、今まで放っておいたけど、俺のツレに絡むんなら話は別だからな…」
静かな口調でしのぶは告げていた。
 そして、目で他の三人に合図した。
三人は一様に不敵な様子を表情に点した。
いまだ立ち上がれないでいる為吉ためきちの前に行き、殴る蹴るである。
しかしながら、その多勢に無勢な行動を取り始めてすぐにである。
為吉ためきちはいきなり立ち上がり、それから反撃し、瞬く間に三人を叩きのめした。
その経緯までを考えれば、まったくもって無様な返り討ちである。
先ほど、自分のツレと言い放ったしのぶであるが、さすがに不甲斐ないと感じたのか、三人に対して侮蔑したかのような表情を向けていた。
「せっかく俺がお膳立てしてやったのによ。いったい、なんなのお前ら?」
言ってから鼻で笑う。
「…そんなに」
「あん?」
「そんなに番長は捨てたもんじゃねーだろ…」
「何言ってんだ?」
「番長がくだらないかどうか、自分で確かめてみろや…!」
ぺっと唾を傍らに吐き出す。
それからしのぶをもの凄い形相で睨む為吉ためきち
「てめぇ…!」
そんなたったそれだけの言葉と共に、しのぶは拳を固めて為吉ためきちに殴りかかった。
しかし、かわす。
先ほどまで痛めつけられていたダメージなどないかのように軽々とした動きである。
頑丈なのだ。
これくらいの暴力ではへこたれない身体はこれまでくぐり抜けてきた修羅場のおかげであろう。
為吉ためきちしのぶの攻撃を避けると同時に、また先ほどの三人にしたように頭突きを入れた。
ただ、先ほどと違っていたのはそれが何回も続いたことだ。
三人には一発しか入れなかったが、しのぶには何回も入れたのだ。
人間の頭部というのは凶器である。
おそらくは人体のパーツというものの中では、一番の鈍器であろう。
その人体最大の鈍器で何回も顔面を殴られるというのが、果たしてどういった行動なのかは、想像力というものがあるならば、恐ろしいことだというのが分かる。
先ほどしのぶは自分で言ったのだ。
為吉ためきちは石頭」と。
その石のような頭が打ち付けられる度に意識が飛び、意識によって制御されていた姿勢は自然と崩れ落ちた。
わずかなうめき声を上げる。
倒れたしのぶ為吉ためきちは見下ろしていた。
勝負はあったかのように見えた。
しのぶは自分が鼻血を流していることを今し方確かめた。
「どうだ? 馬鹿にしていた番長の頭突きは?」
厳かに為吉ためきちは言う。
しのぶはなおも為吉ためきちを下からにらみ付けていた。
顔はすでに真っ赤だ。
悔しさと怒りでというのは誰の目にも明らかだった。
しのぶは地面の砂を右手で掴む。
と、その時である。
為吉ためきちばんちょー!」
唐突に黄色い声が聞こえた。
今までのこの場の空気を切り裂くかのような女の声。
聞こえた方角を皆が一斉に振り返る。
ウェーブのかかった長めの髪。
やたらと自信がありそうな強気な面構えで一人の女子生徒が立っていた。
「なんだ、てめーは?」
しのぶが思わず訊ねると、プリンは指先をびしっと彼に向けてこう言った。
瀬戸田せとだプリン!」
「なんだそりゃ?」
「だから瀬戸田せとだプリン! 窓から見ていたら、ばんちょーが連行されるのを見たから、窓から飛び降りてきたんだよ! 今、プリンがこいつらやっつけてあげるね! こんなやつらの十人や百人くらいなら、カンタンにぱぱーっとやっつけられるから」
「…」
「…」
「…」
「…」
「さあ、誰でもいいからプリンの相手して!」
それを口走ったプリンの表情は心なしか期待に満ちていた。
なぜなのかは分からないが彼女は楽しそうだ。もっとも場の空気には馴染んでないのは言うまでもなかった。
「ちっ…なんだ、この調子狂うやつは? 新入生か?」
「こいつ二年の瀬戸田せとだの妹です…確か…」
瀬戸田せとだ…? ああ、あの瀬戸田せとだか…。あの女、こんな変な妹いんのか? いや、もしかして、姉貴のほうも頭おかしいんじゃねーのか?」
そのしのぶの言葉を受けて、他の三人も笑う。
そんな光景を目の当たりにして、プリンは「むー…」と不服そうに頬を膨らませた。
「…おい」
完全にむくれているプリンに為吉ためきちが声をかける。
「…もうそこまでにしておけ。女の出る幕じゃねーや…」
立ち上がり、砂を払うと、為吉ためきちしのぶに一歩詰め寄る。
だが、次の瞬間には足がふらつき、倒れそうになっていた。
「おまえ、今頃、効いてきてんじゃねーの? やっぱ楽勝だわ。やっぱ大したことねーな、ばんちょーさんは」
「…」
為吉ためきちさん!」
言われて、顔をしかめた為吉ためきちを見て、心配そうなプリンである。
肩を貸そうと近づいたが、その手を払いのける為吉ためきち
「…神崎かんざき、そういうお前こそ鼻血垂れてんぞ…」
言われて、指先で鼻血をぬぐうしのぶ
「…そういや、お前、さっき俺の顔面に一発寄越したな? 思い出したわ…! んでもって思い出せば思い出すほど、腹立ってきたわ!」
その心の憎々しい気持ちが、しのぶの顔面には浮き出るのだった。
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