波空幻想──午睡の追憶

星乃すばる

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〜2〜 心のまんなか、その声が

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 みかげの部屋は塔の下の方にある──ともずっと前からなんとなく知っている。
 石造りの、塔の外壁沿いの螺旋階段を降りていこうと気持ちがはやって、幼いぼくがぼくをおしとどめた。

〝みかげに会いに行くなら、みかげ、みかげ、って心で呼びかけるんだよ、心のまんなかで〟

 そうなんだ! とぼくは驚く。
 その方法はよく知っているようでありながら、地上に来てからまったく触れず、心の裏側に封じていた感じがした。

 今その封を解いて、やわらかな心で呼びかける。

 ──みかげ、みかげ……。

 そうして、夢の中で目を閉じているかのように曖昧にしか、石造りの塔の色も暗さも感知しないまま、階段を降りていく。周りの世界は灰色に沈んでいるはずだったが、心の目に映るのは、月光の毛布にくるまれたみたいにぬくもりある石段の風景だった。

 そして──みかげ、と何度呼びかけたか──。

 ふわりとあたたかな風がぼくの心を包みこんだ。
 親鳥が巣に戻ってきて、大きな翼でやわらかく抱きしめてくれたみたいに。

 みかげと、つながった──。

 そう思って、心の目を開いたその場所に、石段の踊り場があり、扉があった。
 風が戸をあけるかのように、その扉が軽やかにひらき、大きな大きな存在が、笑顔のみかげが現れる──。

 でもその笑顔は、どこか、写真の中のものみたいだった。

〝気をつけて──これは、ちがうんだよ〟

 幼いぼく、のしずみが、鋭くぼくに警告した。

〝このみかげじゃないんだ〟

 幼いぼくが、諦観を宿したに近い目つきで、現れたみかげを射る。
 と、そのみかげは幻影であったことを隠さずに霧散していった。

〝あれはただ、ぼくの心が見せたもの──ほら〟

 そう言い残して、幼いぼくは視座をゆずった。

 その先に光のさしこむ部屋があった。

 左手に簡素な、だが白く清潔そうな寝台のある、宿の一室のような四角い部屋だった。
 その右手の机に向かい、奥の窓から午前中の白い陽を受けて、長い髪のひとが書きものをしていた。

 横顔が、とてもシャープだった。
 一点のにごりもない、崇高な気配。

 ──本物の、みかげがそこにいた。

 その鼻梁の輪郭が光っていること、ペンを走らせる手の動き。
 しばらくぼくは声も出せなかった。

「しずみ様」

 みかげが──本物のみかげがこちらに気づき、声をかけてくれた。

「どうか、しましたか」

 そう言って、わらう──。

 みかげの声は、はじめて聴く本物のみかげの声は、ぼくが想っていたより軽く薄くて、まるでとがらせた鉛筆で便箋をなぞるような声だった。

 ああ、ここに辿りついたんだ……。

 ぼくは夢見るように目を細めてみかげを見つめ、みかげのいる景色を見つめ……ふっと力を抜き、瞑想のはざまから地上の──椅子の上であぐらをかいて目を閉じていた自分へと、着地した。
 見渡す景色に、白いきらめきが宿って残っていた。


   *   *   *


~ 2023年4月3日(月) 14:30 宇治にて ~


《おわり》
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