ユイユメ国ゆめがたり【完結】

第13話 夢を結う

11 星の浜の少女

　るりなみは、夜の砂浜すなはまで眠ねむっていた。

　優やさしく波が打うち寄よせる音おと。
　天に広がる満天まんてんの星空ほしぞら。

　ゆっくりと目を覚さまし、あたりを見渡わたして、来たことのある場所だととっさに思ったが、いつのことかは思い出せなかった。


　砂浜は淡あわく光り、あちこちで、星の形かたちをしたものがちかちかとまたたいていた。
　大きめの貝殻かいがらのようであり、光るいきもののようでもあった。

　これはなんだっけ、とるりなみは首をかしげる。

　いつか、ゆいりが教えてくれた気がする……この星のことを……なんだっけ……。

　そう思いながら見ていくと、砂浜の少し先に、星とは違ちがう形のものが打ち上げられているのが目にとまった。

「あっ、羅ら針しん盤ばんに、望遠ぼうえん鏡きょう！」

　るりなみは近寄っていき、大事だいじな宝たから物ものを、二つとも拾ひろった。

　それから目を向ければ、その先にも、大きな青い三角のものが埋うまっていた。

「帽子ぼうしさん……！」

　帽子を拾い上げ、ほおずりをして、るりなみは心からほっとした。


　そうしていると──。

「るりなみ様」

　少し遠くから声をかけられて、るりなみははっとあたりを見回まわす。

　その声は、いつものゆいりのものではなかった。
　でも、たしかにゆいりが名まえを呼んでくれる響ひびきだった。

　いったい誰だれが……。

　すると、ぼんやりと森が広がっているように見える陸りくのほうから、砂浜を歩いてくる人が見えた。
　それは──子どものゆいりだった。

「え……？」

　るりなみが目をまたたく先で、その子は優しく微笑ほほえんで、片手をあげる。

　たしかに子どものゆいりだが、大人のゆいりのようにも見える。


　彼が近づききる前に、今度はうしろに続つづく砂浜から、誰かが向かってくる足音あしおとがした。

　振ふり向くと、そちらには、ゆめづきがいた。

　ゆめづきも、どこかふしぎな雰囲気ふんいきがあった。
　いつものゆめづきと、番人ばんにんになってしまったときのゆめづき、どちらもを合わせ持った表情ひょうじょうをしている……。

　だが向かってくる二人は、たしかにゆいりとゆめづきだ、とるりなみは思った。

　いや、ゆいりの中の心のゆいり、ゆめづきの中の心のゆめづきだ……と、二人から響いてくる音楽を聴ききながら、るりなみは感じていた。


「この姿すがたでお会いするのは、最後かもしれません」

　近づいてくる子どもの姿のゆいりが、るりなみに声をかけた。

「でも、心の世界ではいつでも、こうやってお会いできますから」

　にこりと微笑ほほえんで首をかたむけたゆいり。
　その笑えみは大人のゆいりのものだが、いたずらっぽいしぐさの奥で、あの子どものゆいりが笑わらっているのがわかる。


　なにか言葉を返そうとして──るりなみはふと、打ち寄せる波のほうに、もうひとり誰かがいるような気がして、目を向けた。

　ゆいりとゆめづきも、そちらに顔を向ける。
　その三人の視線しせんの先で……。

「あっ、流ながれ星ぼしです！」

　ゆめづきが海の向こうの夜空よぞらを指ゆびさした。

　輝かがやく星が大きく流れたあと、いつのまにか三人のあいだに、淡い光に包つつまれた人影ひとかげが立っていた。


　見たことのない少女だった。

　三人よりも少し年上で、真ま夏なつのひとときにしか着きないようなワンピースをまとって、長い髪かみは淡く輝きながらかすかになびいている。

　その少女の胸むなもとには、ゆめづきが持っていたあの時計がさげられていた。

「こんにちは……」

　るりなみが小さく声をかけると、ゆめづきがおそるおそる問いかけた。

「あなたは、もしかして……その時計の持もち主ぬしであった、初代しょだい王女おうじょという方かたですか？」

　謎なぞの少女は、うなずくでも首を振ふるでもなく、すう、と目を細めて答えた。

〝みなさんは、大変たいへんな冒険ぼうけんをなさいましたね〟

　少女は口を開ひらいていないのに、るりなみの心には、凛りんとした声が響いた。

〝でも、みなさんが思うよりもずっと、このところの王国世界は大変なことになっていて、世界の裏側うらがわでも、みんなが大おお慌あわてでがんばっていたのです……ある者ものは時を整ととのえ、ある者は王たちを夢の中で導みちびき、またある者は道どう化け師しとして、みなさんを連つれ回したかもしれませんが……〟

「本当に、時空は大変なことになっていたのですか？」
「僕たち、もとの世界に戻もどれるの……？」

　ゆめづきとるりなみは、同時どうじに問いかけてしまい、顔を見合わせた。

　目の前の淡く光る少女が、くすりと笑った気がした。

〝ええ。素敵すてきな未来みらいに着地ちゃくちできるように……ひとつ、おまじないをお伝つたえしますね〟

　るりなみとゆめづき、そしてゆいりの見つめる先で、少女は星空を背せにして、小さく円えんを描えがくように砂浜を歩きはじめた。
　時々けりあげられる砂も、少女のなびく髪も、幻まぼろしのようにほんのりと輝いていた。

〝宇宙うちゅうは、夢〟

　なにかの遊びをするみたいに砂浜を回りながら、少女は歌うように語かたった。

〝そこにある世界は、みんな心の夢なんです。心の声が響いて、次々つぎつぎに、あらわれる世界をつくりだしている……早くに響きわたって結晶けっしょうになる声もあれば、忘れたくらいの未来で遠くから響いてくる声もありますけど。でも、世界はみんな心の結晶。ですから、夢を結むすんでいくことです〟

「夢を……結んでいく？」

　つぶやいたるりなみに、少女は優しく笑いかけた。

　それから、ゆいりとゆめづきにも、微笑ほほえみを向けていった。

〝幸しあわせに生きたいのなら、幸せな夢を、結んでいってください。幸せな心の声を響かせて、次の未来をつくりだすんです〟

　そう言いながら少女はかがみこみ、砂を両手いっぱいにすくった。

〝時の流れ、宇宙の流れ、すべての流れというものがあるのなら……それは結ばれていったみんなの夢の連つらなりだから……〟

　少女は立ち上がり、砂をわっと空にまいて散ちらした。


　砂は、星のかけらのようにきらきらと降ふってきた……その向こうで夜空からも、星々ほしぼしが降るような輝きがきらきらと舞まいはじめ……。

　降り注そそぐ光の輝きにさらされて、すべてのものがきらきらと、夢のように儚はかなく薄うすれて、見えなくなっていく。

　るりなみの心には、なぜか……幸せなあたたかさが満みちて、ふうっと意識いしきが夜空に溶とけていきそうになった。


　そのるりなみの手首が、ぱしっとつかまれた。

　驚おどろいて顔をあげると、波にさらわれるように消えていく世界の中で、子どもの姿をしたゆいりが、るりなみをつかんでいたのだった。

「最後にこれだけ言いたくて……っ」

　ゆいりははっきりとした声で、微笑ほほえむような、泣きそうな、一生いっしょうのお願ねがいをするような表情で、るりなみに告つげた。

「私、るりなみの友達になりたいんです」
「え……っ」

　目を見開ひらき、またたきもできずに、るりなみはゆいりを見つめた。
　その姿は薄れていくが、つかまれた手には、ずっとあたたかくて強い力ちからがこめられている。

「何度どこに生まれ落ちても、宇宙のどこまででもいっしょに行ける、たとえ離はなれても隣となりに並ならんだらすぐに笑い合える──最高さいこうの友達に──」
「ゆいりっ」

　るりなみは、消えていく世界の中で、大きくうなずいた。

「友達だね……！」

　そのるりなみの声を最後のかけらにして、世界は、見えなくなった。


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