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第13話 夢を結う
10 道化師は語る
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ぴんぽーん、と間の抜けた陽気な音がした。
「ご搭乗のみなさま。無事に、心の本当の声にお気づきになられたようで、なによりでございます」
天井付近の銀色の器械から、あの時空の番人、いかるの明るい声が降ってきた。
「いかるさん、私……っ!」
なにかを訴えようとしたゆめづきの声は届いていないのか、いかるは一方的に語った。
「この観覧車の世界は、時空をあらわすひとつの幻想にすぎません。この世界では、周りに並ぶ〝あったかもしれない世界〟をのぞきながら、〝本心に気づくこと〟が最も大事なのです。ここはまぁ、未来に進むのにためらっている人たちを連れこむ修行の場……いや、遊園地というものですね」
「ゆうえんち……?」
るりなみが首をかしげると、小さなゆいりは天井をあごでしゃくった。
「で、このふざけた声の主は誰なの?」
「君、知らなかったっけ。ええと……」
るりなみはなにも考えずに答えていた。
「宮廷道化師の、いかるさん、かな……?」
「ご名答」
くぐもった声が、天井の器械からではなく、ガラス窓の外から聞こえた。
思わずるりなみが横を向くと、窓のすぐ外に、あの白い髪の少年いかるが立っていて、にこにことした笑顔を向けながら、ガラス窓の一部を押し下げて開けた。
いかるは開いた窓越しにるりなみに向き合うと、「どうも」と軽く頭を下げた。
「宮廷道化師のいかるです。そして──熟練の時空の番人です。僕にかかれば、ちょっとのあいだ、王国が時空のくぼみにはまっていたりとか、そこに時空を飛び越えた記憶の持ち主が引っかかったりだとか、そんなのはなんでもないことです」
「は、はぁ?」
るりなみと小さなゆいりが、同時に間の抜けた声を返す。
ゆめづきだけが、真剣に問いかけた。
「時空を直せるというのですか?」
窓の向こうに浮かんで立ったまま、いかるはひょうひょうと答えた。
「直すもなにも……ひとりひとりが生きていって、時々、ふしぎな世界に迷いこんだり、おかしな体験をしたりしても、それはなんだったのだろうなぁ、と思いながら生きていってくだされば……時空なんて、直すもなにも。ひとりひとりに真実の時空があれば、それでけっこう」
「こいつ、ふざけてるの?」
子どのゆいりが、るりなみに顔を向けたまま、窓の外の人物を指さした。
このいかるの声のもとで、消滅までさせられかけたことを、苦々しく噛むような顔をして。
開いた窓の外で、いかるが手を軽く振って答えた。
「いやいや、ふざけるのはなりわいです。しかしこの時空の道化師、思わず本気になってしまうほど、見過ごせなかったことがありまして……ねぇ、王女殿下」
王女殿下、と呼ばれたゆめづきが、いかるにいぶかしげな目を向ける。
「私はもう、王女ではないのでは……」
「ご冗談を」
いかるは、開いた窓から部屋の中へと、ゆっくり手を伸ばしながら語った。
「あのまま……もとの世界で、あなたが心にもやを抱えたまま、王位継承者に正式に指名され、ユイユメ王国の女王になる道を歩んでいかれたら……あなたが幸せになれないばかりか、まわりも大変なことになる、という未来が見えた──気がしたので、ちょっと手を貸してみたわけです。なに、王国のためですよ」
いかるはその手を、ゆめづきの黒いドレスの胸もとに伸ばした。
ゆめづきがはっとして、そこにさげられた懐中時計を握りしめる。
いかるの手は……魔法をかけるように、固く握ったゆめづきの手を開かせ、時計を取り上げた。
力が抜けてしまったようなゆめづきが、ただ見守るもとで、時計につながっていた鎖がひとりでにゆめづきの首から外れて、いかるの手に引き上げられていった。
その鎖が外れていくと同時に、ゆめづきの黒い衣装は……白く輝くように染まって、ゆめづきは見慣れた姿に戻っていった。
そして窓の外で、いかるが引き上げた時計のねじを、くい、と回すと──るりなみたちの周りに、さっと暗幕が引かれるようにして、世界は消えてしまった。
* * *
「ご搭乗のみなさま。無事に、心の本当の声にお気づきになられたようで、なによりでございます」
天井付近の銀色の器械から、あの時空の番人、いかるの明るい声が降ってきた。
「いかるさん、私……っ!」
なにかを訴えようとしたゆめづきの声は届いていないのか、いかるは一方的に語った。
「この観覧車の世界は、時空をあらわすひとつの幻想にすぎません。この世界では、周りに並ぶ〝あったかもしれない世界〟をのぞきながら、〝本心に気づくこと〟が最も大事なのです。ここはまぁ、未来に進むのにためらっている人たちを連れこむ修行の場……いや、遊園地というものですね」
「ゆうえんち……?」
るりなみが首をかしげると、小さなゆいりは天井をあごでしゃくった。
「で、このふざけた声の主は誰なの?」
「君、知らなかったっけ。ええと……」
るりなみはなにも考えずに答えていた。
「宮廷道化師の、いかるさん、かな……?」
「ご名答」
くぐもった声が、天井の器械からではなく、ガラス窓の外から聞こえた。
思わずるりなみが横を向くと、窓のすぐ外に、あの白い髪の少年いかるが立っていて、にこにことした笑顔を向けながら、ガラス窓の一部を押し下げて開けた。
いかるは開いた窓越しにるりなみに向き合うと、「どうも」と軽く頭を下げた。
「宮廷道化師のいかるです。そして──熟練の時空の番人です。僕にかかれば、ちょっとのあいだ、王国が時空のくぼみにはまっていたりとか、そこに時空を飛び越えた記憶の持ち主が引っかかったりだとか、そんなのはなんでもないことです」
「は、はぁ?」
るりなみと小さなゆいりが、同時に間の抜けた声を返す。
ゆめづきだけが、真剣に問いかけた。
「時空を直せるというのですか?」
窓の向こうに浮かんで立ったまま、いかるはひょうひょうと答えた。
「直すもなにも……ひとりひとりが生きていって、時々、ふしぎな世界に迷いこんだり、おかしな体験をしたりしても、それはなんだったのだろうなぁ、と思いながら生きていってくだされば……時空なんて、直すもなにも。ひとりひとりに真実の時空があれば、それでけっこう」
「こいつ、ふざけてるの?」
子どのゆいりが、るりなみに顔を向けたまま、窓の外の人物を指さした。
このいかるの声のもとで、消滅までさせられかけたことを、苦々しく噛むような顔をして。
開いた窓の外で、いかるが手を軽く振って答えた。
「いやいや、ふざけるのはなりわいです。しかしこの時空の道化師、思わず本気になってしまうほど、見過ごせなかったことがありまして……ねぇ、王女殿下」
王女殿下、と呼ばれたゆめづきが、いかるにいぶかしげな目を向ける。
「私はもう、王女ではないのでは……」
「ご冗談を」
いかるは、開いた窓から部屋の中へと、ゆっくり手を伸ばしながら語った。
「あのまま……もとの世界で、あなたが心にもやを抱えたまま、王位継承者に正式に指名され、ユイユメ王国の女王になる道を歩んでいかれたら……あなたが幸せになれないばかりか、まわりも大変なことになる、という未来が見えた──気がしたので、ちょっと手を貸してみたわけです。なに、王国のためですよ」
いかるはその手を、ゆめづきの黒いドレスの胸もとに伸ばした。
ゆめづきがはっとして、そこにさげられた懐中時計を握りしめる。
いかるの手は……魔法をかけるように、固く握ったゆめづきの手を開かせ、時計を取り上げた。
力が抜けてしまったようなゆめづきが、ただ見守るもとで、時計につながっていた鎖がひとりでにゆめづきの首から外れて、いかるの手に引き上げられていった。
その鎖が外れていくと同時に、ゆめづきの黒い衣装は……白く輝くように染まって、ゆめづきは見慣れた姿に戻っていった。
そして窓の外で、いかるが引き上げた時計のねじを、くい、と回すと──るりなみたちの周りに、さっと暗幕が引かれるようにして、世界は消えてしまった。
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