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第13話 夢を結う

9 かけらを拾って

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ひめっ、姫は今は、時空じくう番人ばんにんになっちゃったのですか?」

 子どものゆいりが、なんの遠慮えんりょもなく問いかけた。
 それは、るりなみも心から聞きたかったことだった。

 ゆめづきはこちらに顔を向け、ええ、とうなずいた。

「そうだからこそ……先ほどは時空の番人として、あなたのいる時空と、大人のゆいりさんのあゆんできた時空を、とりあえずはべつに引きはなしたんです」
「姫は番人としても優秀ゆうしゅうなんですね……いえ……」

 子どものゆいりは軽口かるくちたたいたあと、顔をせて小声こごえつづけた。

「助けてくれて……あり、が……」

 言葉を最後まで言えず、子どものゆいりはかたふるわせはじめた。

 おかっぱのかみれて、そのあいだから、涙のつぶがいくつかこぼれた。

「き、消えたく……消えたくないし……っ」

 るりなみの目の前で、その子は──ゆいりは、しゃくりあげながら言った。

「るりなみたちのことも、忘れたくない……っ」
「ゆいり……!」

 ゆいりだって、怖かったんだ、とるりなみはその名を呼んでいた。
 いつも強がって、悪口わるくちばかり言っているけれど、本当は、臆病おくびょうなのかもしれない……僕と同じくらい……。

 どこにれたらいいかもわからないまま、るりなみは手をばしていた。

大丈夫だいじょうぶだよ、消えなかったんだ、から……」

 言葉にしたら、るりなみも、また泣けてきてしまった。

「き、消えなかったんだから、大丈夫、大丈夫だよ……!」

 わけもわからずくりかえすうち、ゆいりも、るりなみと同じように泣きながらくりかえして言葉をならべた。

「き、消えなかった、消えなかったんだ……!」

 るりなみが「そうだよ」と言いながら、もう少し手を伸ばすと、小さなゆいりはわっとるりなみにきついた。

「消えなかった、消えなかったよ、るりなみが、僕が……!」

 抱きついてきたゆいりは、あたたかかった。


 そのまま、わあっと抱き合って泣きくずれそうになる二人に──横からぴしゃりと声が飛んだ。

「なんなの、もう、あなたたちはっ!」

 黒いドレスのゆめづきが、ふるふると体を震えさせていた。

 いかりをあらわにしているのか……しかしその表情ひょうじょうは、しずんだものではなく、かつてのゆめづきが持っていたちからかよっていた。

「私、今、がんばって、どうしたら時空をうまくもどせるか、必死ひっしで考えているのに……なんなのよ、あなたたち!」
「ゆ、ゆめづき……」

 るりなみは、すがりついて泣き続ける小さなゆいりを追いやることもできず、ゆめづきの前でおろおろと顔を回した。

「あの、ごめんなさい、僕……もう、わけがわからなくて……」

「私だってわけわからないです! 私だって、私だって……私だって、もとの時空に帰れたら、って思うのに……!」

 さけぶように、そう言ってから。

 わああ、と声をあげて、ゆめづきは泣き出した。

 あまりの大泣きに、るりなみのむなもとのゆいりが、ぎょっとして顔をあげる。

 しばらく、二人の男の子は、泣いてしまったお姫様を見つめていた。
 気やすく抱きしめて「大丈夫だよ」と言ってあげることもできずに……。


 ゆめづきはわんわん泣きながらも、しゃくりあげながらも、めていた気持ちを言葉につむいでいった。

「い、今さらかもしれないけど、もう、どうにもならないかもしれないけど……どこかの世界に、逃げずに運命うんめいに立ち向かっている私がいるのなら……この私だって、ただ泣いていたくはない」

 指で涙を切るようにはらって、最後に目をぎゅっとつぶりながら、ゆめづきはしぼりだすように言った。

しあわせに生きたい、それだけなの……!」

 その言葉は、るりなみの心のかねをうって、大きく深くひびいた。

 るりなみは小さなゆいりの肩に手をおいて、まっすぐ立たせてから──自然にゆめづきのほうへ両手をばして、その顔をあげさせていた。

「みんなで、幸せを見つけに行こうよ」

 るりなみの言葉に、ゆめづきは、小さくかすかにうなずいて言った。

「もう、ひとつも、幸せのかけらを取りこぼさないように生きていきたい……だから、がんばるから、またあの世界で、るりなみ兄様にいさまたちと……」
「取りこぼしてもいいんだよ」

 るりなみは、ゆめづきに笑いかけた。
 その笑顔は少しぎこちなくて、こまったような顔になってしまったかもしれない、と感じたが、そのまま言葉をならべていった。

「手にしているときも、落としちゃったり、見えなくなっちゃったりしても……そこにあったら、ううん、そこになくても、心が幸せになるのが、幸せのかけらだよ」

 ゆめづきが泣きはらした目で、じっとるりなみを見て、首をかしげる。

 るりなみは夢中むちゅうでしゃべっていた。

「幸せのかけらは、どこにでもあるんだよ。ひろいきれないほどある。世界に目を向けたら、どこにもかしこにも、心をちょっと幸せにはずませるうちに、響き合うみたいに見つかって……見るもの見るものに『おはよう』とか『ありがとう』って言いたくなって、そうしたらもっともっと幸せが響いて……挨拶あいさつしきれないくらいたくさん、世界に挨拶したくなるんだ」

 ゆめづきが、目を見ひらいてまたたいた。

 そのひとみに、るりなみが映っている。
 そしてるりなみの瞳にも、ゆめづきが……。

 ただそれだけのことで、るりなみは、なんだかうれしくなってくるのを感じた。

「幸せなやつだなぁ……」

 ぼやくように、小さなゆいりがつぶやいた。

 するとゆめづきが「私も……」と言いながら、くしゃり、と顔をゆがめるくらい笑った。

「私も、るりなみ兄様みたいに、生きてみたい。次があるなら……できるかなぁ」
「僕もるりなみをならって、のんに生きる日があってもいいのかなぁ」

 ゆめづきはとなりのゆいりと顔を見合わせて、「ですよね」とくすりと笑った。

 二人はなにかがつうじ合ったように、うなずいてくすくすと笑い出した。

 笑い合う二人にはさまれて、もしかして、なにかからかわれているのかな、とるりなみが口をひらきかけたとき──。
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