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第13話 夢を結う
7 消えゆくもの
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ガラス窓の天井付近に、よく見れば、銀色の器械のようなものがついていて、いかるの声はそこから響いてくる。
二人のゆいりが抗議の声をあげかけるが、それをかき消して、いかるの言葉が響く。
「たとえば、こんな解決法もあります。ここにいらっしゃる子どものゆいりさんと、大人のゆいりさんの記憶は、すでに混ざり合っています。ならば、融合してもらう、とか」
「なにをするつもりです……!」
大人のゆいりが鋭い声を投げるが、器械の向こうのいかるは語り続けた。
「ここの子どものゆいりさんが、そのまま、大人のゆいりさんの中で、過去のゆいりさんに重なるわけです。そうすれば、ちょっとふしぎな記憶を持ったまま、子どものゆいりさんには、大人の自分の体験がはじまり……大人のゆいりさんのほうは、まぁ、人格がおかしくならなければ、そのまま生きていけるでしょう」
いかるがなにをしようとしているのか、想像はつかなかったが、めちゃくちゃなことを言っているということだけは、るりなみにも理解できた。
「まぁ、その場合、子どものゆいりさんの歩むはずだった未来は……あなたのいた時空、あなたのいた世界の先は、消滅するわけですけどね?」
いかるの言葉の途中で、あっ、と子どものゆいりが窓に手をついた。
その向こうの森の世界が、ゆがんでいく。
そして窓は無数の鏡になったかのように、たくさんの景色を映し出した。
映された景色は……森で修行をしていく十歳のゆいりのこれからや、あるいは、魔術の都で少年時代を過ごしたという、るりなみの教育係のゆいりの今までの景色のようだった。
二種類の人生を歩む、少年や青年のゆいりが映された、いろいろな場面は……かき消されるようにずれていったかと思うと、別の人生のものと、重なり合っていく。
そしてるりなみの隣では──子どものゆいりが、大人のゆいりのもとへ、吸いこまれていきそうになった。
「う、うあっ」
「ゆいり!」
るりなみは、子どものゆいりにとっさに両腕を伸ばし、うしろから抱きついて引き止めようとする。
大人のゆいりは、子どもの自分を突き放して、狭い円形の部屋の真ん中をへだてるように、青白い光の幕をつくりだした。
その幕に触れるや、るりなみは弾き飛ばされた。
どんっ、とガラス窓に体をぶつける。
かばんから羅針盤が飛び出して、からんからん、と音を立てながら床に転がった。
体がしびれ、るりなみは思わず目をつぶる。
「るりなみ様!」
大人のゆいりの呼び声は、青白い幕にへだてられ、とても遠く響いた。
なんとか目を向けると、幕のこちら側では、子どものゆいりの姿が、薄く透けていくのだった。
「え……、あ……っ!」
声を震わせながら、透明になっていく自分の手足を見ていた子どものゆいりは……ふっとその手をおろし、静かに首を振って、るりなみに顔を向けた。
「るりなみ」
「ゆいり!」
「僕、だめみたいだ。いなくなっちゃうかも」
るりなみは大きく大きく目を見開いて、子どものゆいりを見つめた。
すぐそばで笑っている、同い年ほどのその子は……るりなみがよく知っているゆいりとは、まったく別の時空の、まったく別の人生を歩む、別人なのかもしれないが……、
るりなみにとって、かけがえのない「ゆいり」という存在の、「ゆいり」という宇宙の、ひとつの姿である──かけがえのない存在だった。
どうしよう、どうしたら……!
混乱するうちに、るりなみの目からみるみる涙があふれた。
薄れていくその姿が、涙でにじんでしまう中、るりなみは必死に手を伸ばした。
だがしびれていた手はうまく動かず、ゆいりに触れているかどうかもわからない。
「だ、だめだよゆいり! いなくなっちゃうなんて、だめだってば……!」
「だから、だめだったんだ、って」
小さなゆいりは、天をあおぐようにして、はぁ、と息をついた。
「……時空なんて渡っちゃ、いけなかったんだなぁ」
その横顔の姿も、声も、薄らいで消えていくのに、ゆいりはまたるりなみに顔を向けて笑ったように見えた。
「まぁ、いいや。時空の向こうを先取りして、君にも会えたんだし……」
二人のゆいりが抗議の声をあげかけるが、それをかき消して、いかるの言葉が響く。
「たとえば、こんな解決法もあります。ここにいらっしゃる子どものゆいりさんと、大人のゆいりさんの記憶は、すでに混ざり合っています。ならば、融合してもらう、とか」
「なにをするつもりです……!」
大人のゆいりが鋭い声を投げるが、器械の向こうのいかるは語り続けた。
「ここの子どものゆいりさんが、そのまま、大人のゆいりさんの中で、過去のゆいりさんに重なるわけです。そうすれば、ちょっとふしぎな記憶を持ったまま、子どものゆいりさんには、大人の自分の体験がはじまり……大人のゆいりさんのほうは、まぁ、人格がおかしくならなければ、そのまま生きていけるでしょう」
いかるがなにをしようとしているのか、想像はつかなかったが、めちゃくちゃなことを言っているということだけは、るりなみにも理解できた。
「まぁ、その場合、子どものゆいりさんの歩むはずだった未来は……あなたのいた時空、あなたのいた世界の先は、消滅するわけですけどね?」
いかるの言葉の途中で、あっ、と子どものゆいりが窓に手をついた。
その向こうの森の世界が、ゆがんでいく。
そして窓は無数の鏡になったかのように、たくさんの景色を映し出した。
映された景色は……森で修行をしていく十歳のゆいりのこれからや、あるいは、魔術の都で少年時代を過ごしたという、るりなみの教育係のゆいりの今までの景色のようだった。
二種類の人生を歩む、少年や青年のゆいりが映された、いろいろな場面は……かき消されるようにずれていったかと思うと、別の人生のものと、重なり合っていく。
そしてるりなみの隣では──子どものゆいりが、大人のゆいりのもとへ、吸いこまれていきそうになった。
「う、うあっ」
「ゆいり!」
るりなみは、子どものゆいりにとっさに両腕を伸ばし、うしろから抱きついて引き止めようとする。
大人のゆいりは、子どもの自分を突き放して、狭い円形の部屋の真ん中をへだてるように、青白い光の幕をつくりだした。
その幕に触れるや、るりなみは弾き飛ばされた。
どんっ、とガラス窓に体をぶつける。
かばんから羅針盤が飛び出して、からんからん、と音を立てながら床に転がった。
体がしびれ、るりなみは思わず目をつぶる。
「るりなみ様!」
大人のゆいりの呼び声は、青白い幕にへだてられ、とても遠く響いた。
なんとか目を向けると、幕のこちら側では、子どものゆいりの姿が、薄く透けていくのだった。
「え……、あ……っ!」
声を震わせながら、透明になっていく自分の手足を見ていた子どものゆいりは……ふっとその手をおろし、静かに首を振って、るりなみに顔を向けた。
「るりなみ」
「ゆいり!」
「僕、だめみたいだ。いなくなっちゃうかも」
るりなみは大きく大きく目を見開いて、子どものゆいりを見つめた。
すぐそばで笑っている、同い年ほどのその子は……るりなみがよく知っているゆいりとは、まったく別の時空の、まったく別の人生を歩む、別人なのかもしれないが……、
るりなみにとって、かけがえのない「ゆいり」という存在の、「ゆいり」という宇宙の、ひとつの姿である──かけがえのない存在だった。
どうしよう、どうしたら……!
混乱するうちに、るりなみの目からみるみる涙があふれた。
薄れていくその姿が、涙でにじんでしまう中、るりなみは必死に手を伸ばした。
だがしびれていた手はうまく動かず、ゆいりに触れているかどうかもわからない。
「だ、だめだよゆいり! いなくなっちゃうなんて、だめだってば……!」
「だから、だめだったんだ、って」
小さなゆいりは、天をあおぐようにして、はぁ、と息をついた。
「……時空なんて渡っちゃ、いけなかったんだなぁ」
その横顔の姿も、声も、薄らいで消えていくのに、ゆいりはまたるりなみに顔を向けて笑ったように見えた。
「まぁ、いいや。時空の向こうを先取りして、君にも会えたんだし……」
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