117 / 126
第13話 夢を結う
4 星を降らせる
しおりを挟む
「子どものゆいりが?」
るりなみがあんぐり口を開ける横で、ゆいりは改めて庭園を見渡した。
「とにかく、時空のほつれ目が王宮の外にも広がると大変です。急いでこの空間を〝つくろって〟しまいましょう」
空間をつくろう、とは……縫い合わせるということだろうか?
さも簡単そうに、破れた布を縫うだけだというふうに、ゆいりは軽やかに言った。
どうするのだろう、と見あげるるりなみのかばんを、ゆいりは指さした。
「そこにのぞいているのは、あの望遠鏡ですね? 少し、お貸しいただけますか」
るりなみはかばんから望遠鏡を取り出し、ゆいりに手渡した。
ゆいりは望遠鏡ののぞき穴と向こうの穴をたしかめて、向こう側にはめられていたレンズのようなものを手早く抜き取った。
「普段は、万華鏡にもなっていますが、こうやって……」
ゆいりは抜き取ったものを服の内にしまうと、望遠鏡の筒の両端に左右の手を当てて、その手を引きあけるようにしながら、するすると望遠鏡を伸ばしていった。
二倍にも三倍にも長くなっていく望遠鏡を、るりなみは驚いて見つめる。
実は何層にも折りたたまれていたのか、もしくは呪文も光もなく、ゆいりの手の中で魔法が使われているのか……。
るりなみが目を丸くするうちに、ゆいりは細長く伸びた望遠鏡の真ん中にはまっていた輪をきゅっと回すや、ぱかりと二つに望遠鏡を分けてしまった。
分かれた望遠鏡のうちの一つを、ゆいりはるりなみに手渡す。
「今、この庭のそこここにのぞいているのは、本来は私たちに見える世界の裏側にしまわれているはずの、数の精霊の世界や、音の精霊の世界です」
「精霊の世界だったんだ……」
るりなみがつぶやくと、ゆいりはうなずいた。
「それらの世界を〝この望遠鏡の向こうに見える世界だ〟と定義し直します。これから少し、大がかりな魔法でこのあたりの世界が揺れますから、怖かったら、望遠鏡の向こうをのぞいていてくださいね」
ゆいりは、るりなみの手の望遠鏡に手を伸ばし、もう一度そっと胸もとに押しつけた。
大きな力をかけられたわけでもないのに、るりなみは操られるように二、三歩あとずさっていた。
るりなみを遠ざけたゆいりは、自分の望遠鏡を、魔法の杖のように振りあげて、空に大きく直線を描いた。
ゆいりの望遠鏡がなぞった直線上の空が──見る間に大きく裂けて、灰色の曇り空の中に生まれた亀裂の向こうに、夜空のような闇がのぞいた。
それは夜よりもずっと透明な、怖いほどの深みをもった闇で、るりなみが見つめるうちに、その中に星々がまたたきはじめた。
とても遠くの星のようだったその輝きは増していき、小さいながら、どの星もが太陽のような強い輝きになったとき、ゆいりが魔法の杖にした望遠鏡を振り下ろした。
するとその動きに合わせ、またたく星々が流れ星になって庭園に降り注いだ。
流れ星たちは、ひとつ残らずその行き先を知っているように、空間のあちこちの裂け目に落ちていった。
輝く星を吸いこんだ裂け目の奥の世界は、星の光で満たされるように光りながら空間を閉じていき、庭園の風景に戻っていった。
「ゆいり、すごい……」
るりなみは、手にした望遠鏡で、その光景を見てみた。
星の光を得て、もとに戻っていく世界。
だがそこにほつれていた場所をよく見ようとすると、万華鏡の彩りが移り変わるようにして、その場所に何層もの世界が見えた……数の世界が、そのひとつ奥の音の世界が、あるいはその裏に揺れる文字の世界が……。
それらの世界はみんな、いつもそこに重なっているんだ、とるりなみは息を呑む。
るりなみがかつて、ゆいりを助けに行った「影の国」も、そのひとつなのかもしれない──いつでも、この王都に、この王国に、この世界に重なっているのだろう。
それが「裏側の世界」ということだろう、と納得して、るりなみははっとした。
その「裏側」は、時々なにかの力で、鏡に映ることもあるに違いない。
ゆめづきは、その裏側の世界へ行ってしまったんだ……!
「ゆめづき……!」
るりなみが望遠鏡から顔をあげると、次々に星を落とすゆいりは、庭園中の……もしかしたらこの王宮中の、裏側の世界のほつれ目を、みんな〝つくろって〟しまいつつあった。
あれがすべて閉じてしまったら……!
るりなみはゆいりに駆け寄って、夢中で服のすそをつかんだ。
「ゆいり、ゆいり! あの向こう側に、ゆめづきを助けに行かなくっちゃ!」
ええ、とゆいりは手を止めて微笑んだ。
「それから、あの小さなお調子者も呼び立てなくてはなりませんし……るりなみ様、ちょっといっしょに、冒険に行きますよ!」
ゆいりはるりなみの手を取り、その向こうの手の望遠鏡を、もう一度振り下ろした。
すると、曇り空の裂け目の奥に見えていた星空の世界が、見る間にすうっと降りてきて──一瞬にしてるりなみたちを包みこみ、星の世界へ導いていた。
* * *
るりなみがあんぐり口を開ける横で、ゆいりは改めて庭園を見渡した。
「とにかく、時空のほつれ目が王宮の外にも広がると大変です。急いでこの空間を〝つくろって〟しまいましょう」
空間をつくろう、とは……縫い合わせるということだろうか?
さも簡単そうに、破れた布を縫うだけだというふうに、ゆいりは軽やかに言った。
どうするのだろう、と見あげるるりなみのかばんを、ゆいりは指さした。
「そこにのぞいているのは、あの望遠鏡ですね? 少し、お貸しいただけますか」
るりなみはかばんから望遠鏡を取り出し、ゆいりに手渡した。
ゆいりは望遠鏡ののぞき穴と向こうの穴をたしかめて、向こう側にはめられていたレンズのようなものを手早く抜き取った。
「普段は、万華鏡にもなっていますが、こうやって……」
ゆいりは抜き取ったものを服の内にしまうと、望遠鏡の筒の両端に左右の手を当てて、その手を引きあけるようにしながら、するすると望遠鏡を伸ばしていった。
二倍にも三倍にも長くなっていく望遠鏡を、るりなみは驚いて見つめる。
実は何層にも折りたたまれていたのか、もしくは呪文も光もなく、ゆいりの手の中で魔法が使われているのか……。
るりなみが目を丸くするうちに、ゆいりは細長く伸びた望遠鏡の真ん中にはまっていた輪をきゅっと回すや、ぱかりと二つに望遠鏡を分けてしまった。
分かれた望遠鏡のうちの一つを、ゆいりはるりなみに手渡す。
「今、この庭のそこここにのぞいているのは、本来は私たちに見える世界の裏側にしまわれているはずの、数の精霊の世界や、音の精霊の世界です」
「精霊の世界だったんだ……」
るりなみがつぶやくと、ゆいりはうなずいた。
「それらの世界を〝この望遠鏡の向こうに見える世界だ〟と定義し直します。これから少し、大がかりな魔法でこのあたりの世界が揺れますから、怖かったら、望遠鏡の向こうをのぞいていてくださいね」
ゆいりは、るりなみの手の望遠鏡に手を伸ばし、もう一度そっと胸もとに押しつけた。
大きな力をかけられたわけでもないのに、るりなみは操られるように二、三歩あとずさっていた。
るりなみを遠ざけたゆいりは、自分の望遠鏡を、魔法の杖のように振りあげて、空に大きく直線を描いた。
ゆいりの望遠鏡がなぞった直線上の空が──見る間に大きく裂けて、灰色の曇り空の中に生まれた亀裂の向こうに、夜空のような闇がのぞいた。
それは夜よりもずっと透明な、怖いほどの深みをもった闇で、るりなみが見つめるうちに、その中に星々がまたたきはじめた。
とても遠くの星のようだったその輝きは増していき、小さいながら、どの星もが太陽のような強い輝きになったとき、ゆいりが魔法の杖にした望遠鏡を振り下ろした。
するとその動きに合わせ、またたく星々が流れ星になって庭園に降り注いだ。
流れ星たちは、ひとつ残らずその行き先を知っているように、空間のあちこちの裂け目に落ちていった。
輝く星を吸いこんだ裂け目の奥の世界は、星の光で満たされるように光りながら空間を閉じていき、庭園の風景に戻っていった。
「ゆいり、すごい……」
るりなみは、手にした望遠鏡で、その光景を見てみた。
星の光を得て、もとに戻っていく世界。
だがそこにほつれていた場所をよく見ようとすると、万華鏡の彩りが移り変わるようにして、その場所に何層もの世界が見えた……数の世界が、そのひとつ奥の音の世界が、あるいはその裏に揺れる文字の世界が……。
それらの世界はみんな、いつもそこに重なっているんだ、とるりなみは息を呑む。
るりなみがかつて、ゆいりを助けに行った「影の国」も、そのひとつなのかもしれない──いつでも、この王都に、この王国に、この世界に重なっているのだろう。
それが「裏側の世界」ということだろう、と納得して、るりなみははっとした。
その「裏側」は、時々なにかの力で、鏡に映ることもあるに違いない。
ゆめづきは、その裏側の世界へ行ってしまったんだ……!
「ゆめづき……!」
るりなみが望遠鏡から顔をあげると、次々に星を落とすゆいりは、庭園中の……もしかしたらこの王宮中の、裏側の世界のほつれ目を、みんな〝つくろって〟しまいつつあった。
あれがすべて閉じてしまったら……!
るりなみはゆいりに駆け寄って、夢中で服のすそをつかんだ。
「ゆいり、ゆいり! あの向こう側に、ゆめづきを助けに行かなくっちゃ!」
ええ、とゆいりは手を止めて微笑んだ。
「それから、あの小さなお調子者も呼び立てなくてはなりませんし……るりなみ様、ちょっといっしょに、冒険に行きますよ!」
ゆいりはるりなみの手を取り、その向こうの手の望遠鏡を、もう一度振り下ろした。
すると、曇り空の裂け目の奥に見えていた星空の世界が、見る間にすうっと降りてきて──一瞬にしてるりなみたちを包みこみ、星の世界へ導いていた。
* * *
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる