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第13話 夢を結う

3 時空のほつれ

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「わ……、わあ……っ」

 屋上おくじょう庭園ていえんに広がった光景こうけいを見て、るりなみは声をあげた。

 うすはいいろの空のもと、あちこちの景色けしきが、あるいはなにもない場所が、やぶれているように見えた。

 そのほつれた破れ目の奥に、数字や文字の世界が見えかくれしている。



 庭園のはしに出て、あたりをながめるるりなみのすぐうしろでも、びりっと布の破けるような音がした。

 り向くと、わた廊下ろうかを背にした景色が破れ、その向こうでは音符おんぷおどっていた。

 音符たちはその世界で、見えない風や流れに乗るようにうずいて、何層なんそうにもかさねるように音楽をかなでていた。
 いや……その世界では、無数むすうの音楽が重なりあって流れていて、音符たちはそれをあらわして飛び回っているのだった。

 思わず目を見ひらいて、るりなみは音楽の世界を見つめ……こうとしていた。



 そのとたん、音楽の世界をのぞかせていた破れ目は、びりりと大きく広がり、庭園のゆか亀裂きれつのようにきながら、るりなみのもとへ走ってきた。

 音の海の世界が、るりなみを呼ぼうとしている──そんな世界の意思いしつたわってきて、るりなみはぞくりと立ちすくむ。

 その足もとで、音の世界をのぞかせたほつれ目は、るりなみを呼びこむように、ぐばり、と地面に口をひらいた。

「わあああっ」

 足に、音符の波がからみ、そこいた世界へ、るりなみを引きこもうとする。

 かぶっていた大きな帽子ぼうしがぬげて、世界の奥へと落ちていった。
 その三角の形と青い色が、ほどけるようにして、音楽の波に分解ぶんかいされていくのが見える。

「帽子さん……!」

 帽子のすえを見つめながら、るりなみの体もが、その世界にまれて落ちていきそうになったとき──。

 なにかの力が、るりなみを飛びねさせた。

 足もとに広がる音符の世界に、一瞬、黒々くろぐろとしたかげまわって交差こうさする。

 るりなみの影が、るりなみを飛びあがらせたのだった。

 庭園の中空ちゅうくうおどり出たるりなみの体に、向こうの廊下から、さっと光がすような速さで、別の影がびてきたかと思うと──。

 ぽすっ、とるりなみはだれかにきとめられていた。

「つかまえました」

 ぐるりと視界しかいが回ったかと思うと、るりなみは、庭園の安全な地面の上に着地ちゃくちし、ゆいりのうでかれたまま立たされていた。

「ゆいり、どうして……!」
「影の中を走ってまいりましたので」

 ゆいりはるりなみをとなりに立たせると、「さて」と灰色の空のもとの庭園を見わたした。



 あちこちで、空間のけ目がどんどん大きくなって、奥の世界が渦巻いて顔を見せる。

 その景色はおそろしかったが、ゆいりの隣にいれば大丈夫だ、という安心感があった。

「なにが起こっているの?」
時空じくうがほつれてしまったようで」

 問いかけたるりなみに、ゆいりはおだやかな口調くちょうながら、けわしいまなざしで答えた。

「この数日で、私たちの世界は、時空の分かれ目をえようとしていました。時空の分かれ目──未来が分岐ぶんきして、それぞれの先に世界が分かれていく。それ自体じたいは、日々、何度でも起こっていることです。ですが」

 ゆいりはいくつもの裂け目の向こうの世界をにらみながら、続けて言った。

「今回の分かれ目はとても大きなものであった上、自然につくられた分かれ道ではなかったようなのです。なにものかの力が、自然にはそうならない未来の道をつくりあげるためにはたらいた、と思われます」
「それは……」

 るりなみは目を見ひらいた。

「それは、ゆめづきの時計かも……」
「ゆめづき様の?」

 やはりゆいりは、ゆめづきのことや、その時計のことは知らないのだ、とるりなみはとっさに言葉をさぐる。

「ゆめづきは、ふしぎな時計を持っていて……時空を変えてしまった、もうこの時空にはいられない、と言って……かがみの向こうに消えてしまったんだ……!」

 るりなみは目をせて言ったあと、いきおいよくゆいりを見あげた。

「ゆいり、ゆめづきを助けなくちゃ!」

 ゆいりはおどろいた様子だったが、深く納得なっとくしたようにうなずき、それからなにか言いづらそうに「それで……」と口をひらいた。

「実は、時空がほつれてしまったのには……ほかにも原因げんいんがあるのです」

 え、とるりなみは言葉の先をつ。
 ゆいりは歯切はぎれ悪く言った。

「時空が、本来の流れにない状態じょうたいで大きな分かれ目を越えようとしているところに、とあるものが引っかかってしまって……こんなふうに裏側うらがわの世界が、この王宮おうきゅうに流れこんで見えるのは、おもにそちらが原因です」
「その原因って?」

 ゆいりは、ためいきをつきそうな顔で答えた。

「あのこまった訪問ほうもんしゃ……べつの子ども時代じだいを生きる私が、時空をぶち渡ってこの王宮にやってきたことです」
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