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第12話 数の国
15 時空の上
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ゆめづきの心を見透かすように、あるいは、まったくお構いなしというふうに、少年は口もとだけで微笑んで、説明を続けた。
「あなたは、運命を変えたい、違う運命を生きたい、と言っていた。その先には、いくつもの未来がありましたが、まぁ、あなたにとっては大きく二つの道がありました……あなたが女王になる未来、または、そうでない未来です」
少年は背負っていた楽器を下ろすと、大きな箱のようなその楽器の胴体の、弦が張られていた表面を、蓋のように、ぱかり、と開いてしまった。
奥にあらわれた楽器の内部は、全面が鏡になっていた。
その鏡に、細かく、細かく、鏡の景色に重なるようにして、なにかが映っている。
ゆめづきは思わず、ベッドから身を乗り出して、楽器の内部をのぞきこんだ。
鏡に重なって映っていたのは、たくさんの世界の光景だった。
たくさんの景色の中で、ゆめづきが動き回っている。
あるいは、ゆめづきが見ている世界が映っている、とわかる。
それは膨大な、未来の光景なのだった。
「あ……っ」
ゆめづきが見つめるうちに、その光景の半分が、暗く沈むように、消えていった。
消えていったのは……ゆめづきが王位継承者として、女王になる道を歩んでいる未来だった、と、ゆめづきにははっきりとわかった。
「なんてこと……本当に、私は、変えてしまったのですね」
ゆめづきは思わず手で顔を覆いたくなったが、そんなことをしても意味はないのだ、と気づき、手を止める。
その目の前で、楽器の中の鏡は、映し出す景色を並べ立てるように、映し方を変えていた。
気づけば、ゆめづきは、楽器の中に広がった合わせ鏡をのぞきこんでいた。
無数の未来の景色が、永遠に続く回廊のように、右へ、左へ、続いていく……その無限の景色の中に、ゆめづきははさまれてしまったように、動けなくなる。
そして、絶望的なことを感じさせられていた。
「変えても変えても、逃げても逃げても、私は……」
女王にならなかった先の世界のゆめづきは、どの瞬間を切り取っても、幸せそうには見えなかった。
だが、先ほど消えていった女王になるはずの未来の中でも、自分はそんなに……心から幸せそうな瞬間など、見えなかったのではないか?
そう気づいたゆめづきの体を、震えが駆けぬけた。
「逃れたいでしょう?」
少年の声がした。
合わせ鏡から顔をあげることができないままのゆめづきに、少年は語った。
「王女だろうと、女王だろうと……商人だろうが職人だろうが、老人だろうが子どもだろうが、変わりません。未来の合わせ鏡をのぞいてしまったら、逃れられない時空の迷宮を知ってしまったら、その人はもう……鏡のように続く時空の〝上〟に逃れるしかありません」
「上に……逃れる……?」
その言葉をつぶやきながら、ゆめづきはやっと楽器の中の鏡から、顔をあげた。
楽器の横には、少年がにこにこと笑みを浮かべて、立っていた。
だがその目は、夜を見通すように鋭く、まったく笑っていない。
「上、あるいは裏。それとも闇とか夜とか言う人もいるでしょうが、つまり……僕のように、時空の番人をする側に回る、ということです」
「あなたは、時空の番人だというのですか?」
「そのとおりです、王女殿下」
少年は、いざなうように、ゆめづきに手を差し伸べた。
「あなたには素質があると思いましてね。女王にするには、もったいない」
その手を取るわけにはいかない、とゆめづきは思う。
その手を取ったら、どこかへ連れて行かれてしまうだろう。
どこかへ連れて行かれて──自分はもう、この王国の者ではなくなってしまうかもしれない。そんな無責任なことは……。
そこまで思ったゆめづきの目の隅に、楽器の中の合わせ鏡にまだ映されている、ひとつの光景が飛びこんできた。
その光景の中では、ゆめづきと同い年の、青い髪の少年が──。
ゆめづきの目に、あきらめが宿り、うつろになった。
なにも言わず、ゆめづきは、時空の番人の少年の手を取った。
開け放されていた窓から吹きこんだ風が、ぶわり、とゆめづきの寝間着の純白のドレスのすそをふくらませた。
風になびいたドレスは、夜に溶けるように、黒く染まっていった……。
第12話 数の国 * おわり *
第13話 夢を結う へ * つづく *
「あなたは、運命を変えたい、違う運命を生きたい、と言っていた。その先には、いくつもの未来がありましたが、まぁ、あなたにとっては大きく二つの道がありました……あなたが女王になる未来、または、そうでない未来です」
少年は背負っていた楽器を下ろすと、大きな箱のようなその楽器の胴体の、弦が張られていた表面を、蓋のように、ぱかり、と開いてしまった。
奥にあらわれた楽器の内部は、全面が鏡になっていた。
その鏡に、細かく、細かく、鏡の景色に重なるようにして、なにかが映っている。
ゆめづきは思わず、ベッドから身を乗り出して、楽器の内部をのぞきこんだ。
鏡に重なって映っていたのは、たくさんの世界の光景だった。
たくさんの景色の中で、ゆめづきが動き回っている。
あるいは、ゆめづきが見ている世界が映っている、とわかる。
それは膨大な、未来の光景なのだった。
「あ……っ」
ゆめづきが見つめるうちに、その光景の半分が、暗く沈むように、消えていった。
消えていったのは……ゆめづきが王位継承者として、女王になる道を歩んでいる未来だった、と、ゆめづきにははっきりとわかった。
「なんてこと……本当に、私は、変えてしまったのですね」
ゆめづきは思わず手で顔を覆いたくなったが、そんなことをしても意味はないのだ、と気づき、手を止める。
その目の前で、楽器の中の鏡は、映し出す景色を並べ立てるように、映し方を変えていた。
気づけば、ゆめづきは、楽器の中に広がった合わせ鏡をのぞきこんでいた。
無数の未来の景色が、永遠に続く回廊のように、右へ、左へ、続いていく……その無限の景色の中に、ゆめづきははさまれてしまったように、動けなくなる。
そして、絶望的なことを感じさせられていた。
「変えても変えても、逃げても逃げても、私は……」
女王にならなかった先の世界のゆめづきは、どの瞬間を切り取っても、幸せそうには見えなかった。
だが、先ほど消えていった女王になるはずの未来の中でも、自分はそんなに……心から幸せそうな瞬間など、見えなかったのではないか?
そう気づいたゆめづきの体を、震えが駆けぬけた。
「逃れたいでしょう?」
少年の声がした。
合わせ鏡から顔をあげることができないままのゆめづきに、少年は語った。
「王女だろうと、女王だろうと……商人だろうが職人だろうが、老人だろうが子どもだろうが、変わりません。未来の合わせ鏡をのぞいてしまったら、逃れられない時空の迷宮を知ってしまったら、その人はもう……鏡のように続く時空の〝上〟に逃れるしかありません」
「上に……逃れる……?」
その言葉をつぶやきながら、ゆめづきはやっと楽器の中の鏡から、顔をあげた。
楽器の横には、少年がにこにこと笑みを浮かべて、立っていた。
だがその目は、夜を見通すように鋭く、まったく笑っていない。
「上、あるいは裏。それとも闇とか夜とか言う人もいるでしょうが、つまり……僕のように、時空の番人をする側に回る、ということです」
「あなたは、時空の番人だというのですか?」
「そのとおりです、王女殿下」
少年は、いざなうように、ゆめづきに手を差し伸べた。
「あなたには素質があると思いましてね。女王にするには、もったいない」
その手を取るわけにはいかない、とゆめづきは思う。
その手を取ったら、どこかへ連れて行かれてしまうだろう。
どこかへ連れて行かれて──自分はもう、この王国の者ではなくなってしまうかもしれない。そんな無責任なことは……。
そこまで思ったゆめづきの目の隅に、楽器の中の合わせ鏡にまだ映されている、ひとつの光景が飛びこんできた。
その光景の中では、ゆめづきと同い年の、青い髪の少年が──。
ゆめづきの目に、あきらめが宿り、うつろになった。
なにも言わず、ゆめづきは、時空の番人の少年の手を取った。
開け放されていた窓から吹きこんだ風が、ぶわり、とゆめづきの寝間着の純白のドレスのすそをふくらませた。
風になびいたドレスは、夜に溶けるように、黒く染まっていった……。
第12話 数の国 * おわり *
第13話 夢を結う へ * つづく *
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