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第12話 数の国
5 図形を重ねて
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「王位継承者か!」
前王がいきなり大きな声をあげたので、るりなみは今度はびくりとした。
「君は王位継承者か! 私も王位継承者だよ」
仲間を見つけて喜ぶような、だがどこかあわてた様子の前王に、ゆめづきは優しく言った。
「昔はそうだったのですよね、父様。でも父様は、そのあと国王になられて、つとめあげられたでしょう?」
「逃げなくてはなるまい。もうすぐ、王位継承者を決定する儀があるからな。おい、子どもたちよ、逃げなくては」
前王は一気に「逃げなくては」ということで頭がいっぱいになったようだった。
るりなみがあっけにとられる横で、ゆめづきがぽそりとつぶやいた。
「逃げたいものです」
その暗い声に、るりなみが「え?」と顔を向けるうち、前王が続けた。
「街へ続く秘密の通路、いくつかゆめづきに教えたろう? 今は、みんな塞がれるか、監視されているのだ……」
「父様が、このところ使いまわって、街へ出て迷子になったりなさるからでしょう」
ゆめづきに秘密の通路を教えたのは、このゆめづきの父なのか、とるりなみは驚きつつ納得した。
「しかしな、とっておきの方法があるのだ!」
前王は急に、きらきらと顔を輝かせ、るりなみとゆめづきを見ながら部屋の隅に歩いていき、中空を指さした。
「ここに、面白い数の並びがあるだろう? 少し顔を離すと……六角形や七角形が重なっているように見えるかもしれん。その実は、二角形から二十一角形までを重ねあげたのだがね」
前王についていき、部屋の隅のその場所を眺め、るりなみは首をかしげた。
前王が指さしているのは、吊られている模型もなにもない、ただの空間なのだ。
ゆめづきが、るりなみに小声で耳打ちをした。
「父様は、空間のあらゆるところに、数が見えるらしいんです。数字の配置によって、図形が見えたりもするようで」
るりなみは、それを聞いて改めて、前王が指さす先を見つめた。
そこに数が並んでいて……それが面白い並びで、珍しい図形になっているのだろうか。
気づけば、空間をにらむように顔を寄せていたるりなみを見て、前王がうんうん、とうなずいた。
「ここまで重ねあげるのは大変だったのだ。一度〝使う〟と、数の並びは変わってしまうでな。本当にとっておき、一度きりしか使えないのだ」
前王は、作品を自慢するように得意げだ。
使うとか、使わないとか、なんの話だろうかと思いながら、るりなみは前王に──祖父に、話しかけてみた。
「ええと、ここに図形があるんですか、かずかみおじい様」
前王は、急にしんみりとした顔になった。
「かずかみ、かずかみか……そう呼ばれていたこともあったな。今の私は〝数読み〟、かずよみ、と呼んでくれたまえ。君はるりなみだったかね?」
なんだ、わかっているじゃないか、とるりなみはうなずきかけるが、前王は続けた。
「私の親族にも、るりなみという坊やがいたはずだ。君はなんだか、その子の未来の姿のようだねぇ」
るりなみは、口を開きかけて困ってしまった。
ひょっとして、からかわれているのかな、と思っていると、ゆめづきがくすりと笑って言った。
「父様は、その未来へやってきたんですよ」
「ふむ、未来か……未来へも抜けられる数の並びがあるかもしれんな。それでな、ここの並びは、多角形を重ねあわせたことで、中心に渦を生み出しているだろう?」
急に、見えない中空の数の並びを解説しはじめた前王、かずよみの様子に、るりなみは少し嫌な予感がした。
そこに、るりなみには見えない渦があるというのか。
別の時空の子どものゆいりがやってきたときの、悪夢のような植物の真ん中にあった闇色の渦を思い出して、るりなみがあとずさろうとしたとき……。
「この渦はな、これとまったく同じ数列の場所へつながっておるのだ、こうやって……ほっ!」
かずよみは、見えているらしい数の渦をかき回すように、指をぐるぐる回した。
かと思うと、ゆめづきとるりなみの手首を、すばやくまとめてひっつかんだ。
あっ、と思う間に、るりなみの体がゆがんで、かずよみが指さした先へ吸いこまれていった。
体のまわりを、たくさんの記号が、洪水のように流れていくのが見えた。音符のように見えたその記号たちは、すべて数字なのだった。
* * *
前王がいきなり大きな声をあげたので、るりなみは今度はびくりとした。
「君は王位継承者か! 私も王位継承者だよ」
仲間を見つけて喜ぶような、だがどこかあわてた様子の前王に、ゆめづきは優しく言った。
「昔はそうだったのですよね、父様。でも父様は、そのあと国王になられて、つとめあげられたでしょう?」
「逃げなくてはなるまい。もうすぐ、王位継承者を決定する儀があるからな。おい、子どもたちよ、逃げなくては」
前王は一気に「逃げなくては」ということで頭がいっぱいになったようだった。
るりなみがあっけにとられる横で、ゆめづきがぽそりとつぶやいた。
「逃げたいものです」
その暗い声に、るりなみが「え?」と顔を向けるうち、前王が続けた。
「街へ続く秘密の通路、いくつかゆめづきに教えたろう? 今は、みんな塞がれるか、監視されているのだ……」
「父様が、このところ使いまわって、街へ出て迷子になったりなさるからでしょう」
ゆめづきに秘密の通路を教えたのは、このゆめづきの父なのか、とるりなみは驚きつつ納得した。
「しかしな、とっておきの方法があるのだ!」
前王は急に、きらきらと顔を輝かせ、るりなみとゆめづきを見ながら部屋の隅に歩いていき、中空を指さした。
「ここに、面白い数の並びがあるだろう? 少し顔を離すと……六角形や七角形が重なっているように見えるかもしれん。その実は、二角形から二十一角形までを重ねあげたのだがね」
前王についていき、部屋の隅のその場所を眺め、るりなみは首をかしげた。
前王が指さしているのは、吊られている模型もなにもない、ただの空間なのだ。
ゆめづきが、るりなみに小声で耳打ちをした。
「父様は、空間のあらゆるところに、数が見えるらしいんです。数字の配置によって、図形が見えたりもするようで」
るりなみは、それを聞いて改めて、前王が指さす先を見つめた。
そこに数が並んでいて……それが面白い並びで、珍しい図形になっているのだろうか。
気づけば、空間をにらむように顔を寄せていたるりなみを見て、前王がうんうん、とうなずいた。
「ここまで重ねあげるのは大変だったのだ。一度〝使う〟と、数の並びは変わってしまうでな。本当にとっておき、一度きりしか使えないのだ」
前王は、作品を自慢するように得意げだ。
使うとか、使わないとか、なんの話だろうかと思いながら、るりなみは前王に──祖父に、話しかけてみた。
「ええと、ここに図形があるんですか、かずかみおじい様」
前王は、急にしんみりとした顔になった。
「かずかみ、かずかみか……そう呼ばれていたこともあったな。今の私は〝数読み〟、かずよみ、と呼んでくれたまえ。君はるりなみだったかね?」
なんだ、わかっているじゃないか、とるりなみはうなずきかけるが、前王は続けた。
「私の親族にも、るりなみという坊やがいたはずだ。君はなんだか、その子の未来の姿のようだねぇ」
るりなみは、口を開きかけて困ってしまった。
ひょっとして、からかわれているのかな、と思っていると、ゆめづきがくすりと笑って言った。
「父様は、その未来へやってきたんですよ」
「ふむ、未来か……未来へも抜けられる数の並びがあるかもしれんな。それでな、ここの並びは、多角形を重ねあわせたことで、中心に渦を生み出しているだろう?」
急に、見えない中空の数の並びを解説しはじめた前王、かずよみの様子に、るりなみは少し嫌な予感がした。
そこに、るりなみには見えない渦があるというのか。
別の時空の子どものゆいりがやってきたときの、悪夢のような植物の真ん中にあった闇色の渦を思い出して、るりなみがあとずさろうとしたとき……。
「この渦はな、これとまったく同じ数列の場所へつながっておるのだ、こうやって……ほっ!」
かずよみは、見えているらしい数の渦をかき回すように、指をぐるぐる回した。
かと思うと、ゆめづきとるりなみの手首を、すばやくまとめてひっつかんだ。
あっ、と思う間に、るりなみの体がゆがんで、かずよみが指さした先へ吸いこまれていった。
体のまわりを、たくさんの記号が、洪水のように流れていくのが見えた。音符のように見えたその記号たちは、すべて数字なのだった。
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