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第12話 数の国
3 王女の父
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穴の先の滑り台は……なんということはない、すぐ下の階のバルコニーに続いていた。
ゆめづきとるりなみは、数える間もなく着地する。
そこは、食堂のある階だ。
バルコニーから踏み入った部屋は、食堂の脇に続く、控えの間だった。
控えの間は、灯りもつけられず、静かな雨音の中で、並べられた美術品たちだけが呼吸をしているようだった。
その奥の植物の像に、鑑定士のように顔を突きあわせている老人の姿があった。
「九の九乗、九の八乗、九の……やはり足りない!」
ひとりごとを叫ぶ老人に、ゆめづきはすたすたと近づき、うしろからぱっとその手をつかんだ。
「父様、帰りますよ」
老人が振り向く。
そして、ふわりと優しい顔になった。
「ん? ああ、ゆめづきか……まぁた、夢の世界に戻ってきてしまったな……」
るりなみが驚きつつ近づいていくと、老人は微笑みを向けてきた。
「なんだ、そっちにもゆめづきがおるのか……髪を青くしたのか?」
「父様、そっちはるりなみです。父様の孫ですよ」
るりなみははじめて、その老人が、るりなみのお祖父さんである前の王らしい、とわかってきた。
「ええと、お久しぶりです、おじい様」
目の前の老人は、ずいぶんとやせて、体ごと小さくなってしまったようだが、よく見れば、昔会った祖父の面影がある。
とはいえ、数えるほどしか会ったことのない相手だ。
今は、南の塔のさらに南に続く「奥の塔」と呼ばれる場所で、病気にふせっている、と聞いていたが……。
「るりなみ?」
老人は、いぶかしげに目を細め、また微笑んで言った。
「ああ、あの赤ん坊か」
「あ、赤ん坊じゃありません」
るりなみが控えめに言い返すと、ゆめづきが首を横に振りながら口をはさんだ。
「そういう意味じゃないんです、兄様。父様は、るりなみ兄様が赤ちゃんだった頃のことはよく憶えているけれど、そのあとのことは……うまく世界をつかめないんです」
「ど、どういうこと?」
るりなみが尋ねると、ゆめづきは少しさびしそうな、どこかあきらめたような顔で、父親だという老人を見ながら言った。
「私が十歳になったのはわかるみたいですが、るりなみ兄様が大きくなっていることは、よくわかっていないみたいなんです……でも、こうして本物の兄様を見たから、ひょっとしたらわかるようになるのかなぁ」
ゆめづきに隣でそう言われても、老人はきょとんとしている。
その奥に続く食堂から、急に、あわただしく衛兵が顔をのぞかせた。
「前王陛下、こちらにおられましたか!」
衛兵はそう叫ぶや、食堂のほうへも声を投げた。
「おーい、こちらにおられたぞー!」
その声を聞きつけたのか、何人もの給仕係たちが、あわただしく控えの間に入ってきて、老人とるりなみたちの周りを取りまいた。
「ゆめづき様、るりなみ様。陛下にご付き添いくださって、ありがとうございます」
衛兵がはきはきとそう言って礼をするうしろで、老人は……るりなみの祖父は、給仕係たちに手を引かれ、部屋を連れ出されていった。
あっけにとられているうちに、控えの間には、るりなみとゆめづきだけが残された。
ゆめづきも、南の塔に戻る、とるりなみに告げた。
「午後、時間があったら、私の部屋に来てください。改めて、父様を……奥の塔の父様の部屋を、紹介しますから」
会ったときに誰だかわからなかったとはいえ、あの老人は、るりなみの祖父だ。
「改めて紹介する」だなんて、おかしな言い方なのかもしれない、と思いながらも、るりなみは「わかった」とうなずいて、ゆめづきを見送った。
* * *
ゆめづきとるりなみは、数える間もなく着地する。
そこは、食堂のある階だ。
バルコニーから踏み入った部屋は、食堂の脇に続く、控えの間だった。
控えの間は、灯りもつけられず、静かな雨音の中で、並べられた美術品たちだけが呼吸をしているようだった。
その奥の植物の像に、鑑定士のように顔を突きあわせている老人の姿があった。
「九の九乗、九の八乗、九の……やはり足りない!」
ひとりごとを叫ぶ老人に、ゆめづきはすたすたと近づき、うしろからぱっとその手をつかんだ。
「父様、帰りますよ」
老人が振り向く。
そして、ふわりと優しい顔になった。
「ん? ああ、ゆめづきか……まぁた、夢の世界に戻ってきてしまったな……」
るりなみが驚きつつ近づいていくと、老人は微笑みを向けてきた。
「なんだ、そっちにもゆめづきがおるのか……髪を青くしたのか?」
「父様、そっちはるりなみです。父様の孫ですよ」
るりなみははじめて、その老人が、るりなみのお祖父さんである前の王らしい、とわかってきた。
「ええと、お久しぶりです、おじい様」
目の前の老人は、ずいぶんとやせて、体ごと小さくなってしまったようだが、よく見れば、昔会った祖父の面影がある。
とはいえ、数えるほどしか会ったことのない相手だ。
今は、南の塔のさらに南に続く「奥の塔」と呼ばれる場所で、病気にふせっている、と聞いていたが……。
「るりなみ?」
老人は、いぶかしげに目を細め、また微笑んで言った。
「ああ、あの赤ん坊か」
「あ、赤ん坊じゃありません」
るりなみが控えめに言い返すと、ゆめづきが首を横に振りながら口をはさんだ。
「そういう意味じゃないんです、兄様。父様は、るりなみ兄様が赤ちゃんだった頃のことはよく憶えているけれど、そのあとのことは……うまく世界をつかめないんです」
「ど、どういうこと?」
るりなみが尋ねると、ゆめづきは少しさびしそうな、どこかあきらめたような顔で、父親だという老人を見ながら言った。
「私が十歳になったのはわかるみたいですが、るりなみ兄様が大きくなっていることは、よくわかっていないみたいなんです……でも、こうして本物の兄様を見たから、ひょっとしたらわかるようになるのかなぁ」
ゆめづきに隣でそう言われても、老人はきょとんとしている。
その奥に続く食堂から、急に、あわただしく衛兵が顔をのぞかせた。
「前王陛下、こちらにおられましたか!」
衛兵はそう叫ぶや、食堂のほうへも声を投げた。
「おーい、こちらにおられたぞー!」
その声を聞きつけたのか、何人もの給仕係たちが、あわただしく控えの間に入ってきて、老人とるりなみたちの周りを取りまいた。
「ゆめづき様、るりなみ様。陛下にご付き添いくださって、ありがとうございます」
衛兵がはきはきとそう言って礼をするうしろで、老人は……るりなみの祖父は、給仕係たちに手を引かれ、部屋を連れ出されていった。
あっけにとられているうちに、控えの間には、るりなみとゆめづきだけが残された。
ゆめづきも、南の塔に戻る、とるりなみに告げた。
「午後、時間があったら、私の部屋に来てください。改めて、父様を……奥の塔の父様の部屋を、紹介しますから」
会ったときに誰だかわからなかったとはいえ、あの老人は、るりなみの祖父だ。
「改めて紹介する」だなんて、おかしな言い方なのかもしれない、と思いながらも、るりなみは「わかった」とうなずいて、ゆめづきを見送った。
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