99 / 126
第12話 数の国
1 春の雨
しおりを挟む
深い森や澄んだ湖、そびえる街々から成るユイユメ王国には、精霊も暮らしています。
風の精霊や、水の精霊、虹の精霊は、人の姿であらわれることもあります。
そのほか、時や音、数の精霊というものたちの世界が、王国の裏側にあるといいます。
王子るりなみの行く先に、彼らの世界が交差する、そんな日もあるのでしょう──。
* * *
王子るりなみの誕生日から、半月ほどの月日がめぐった。
るりなみの教育係のゆいりは、午前中の授業を終えたあと、国王の執務室に出向いていた。
王宮の中央に一番高くそびえる、ガラスの塔の最上階。
透明な花瓶のようなつくりの頂上の一角にある執務室も、一面がガラスの窓で、外の景色がよく見える。
窓の向こうは、しとしとと雨が降っていた。
その下には、王都の街が広がっている。
街は灰色にくすんでいるが、どこか明るく、やわらかな春の色合いに見える。
空から降るのは、もう冷えきった雪ではないのだ。
国王あめかみは、そんな雨の景色を背に、きちんと片付けられた机に向かい、静かに目を伏せて、顔の前で組んだ手を見つめていた。
今日は真面目な話なのだな、と察しながら、ゆいりは近づいていった。
「あめかみ様、お呼びでしょうか」
あめかみはゆっくりと顔をあげて、口を開いた。
「かねてより考えていたのだが」
いつになく真剣な声色に、ゆいりは内心で、おや、と思いながら耳を傾けた。
「大臣たちに尋ねる前にも、なによりまず、ゆいりの意見を聞かないとな、と思い……るりなみの教育係としての、ゆいりの意見をな」
黙ってうなずき、先をうながしたゆいりは……あめかみから語られたことに、心から驚いた。
「るりなみ様を?」
思わずゆいりは、そう問い返す。
大変なことだ、と思いながら、ゆいりは心の波を鎮めて、話の続きを聞いた。
同じ頃、ガラスの塔のひとつ下の階では──。
* * *
ゆいりの授業のあと、るりなみは渡り廊下から、静かな雨の降る屋上庭園をしばらく眺めていた。
雨の演奏会を心ゆくまで味わってから、ガラスの塔の自分の部屋へと、階段をのぼっていったるりなみは……部屋の前で立ち尽くした。
いつもはきちんと閉めて出かけるはずの扉が、大きく開いている。
そしてその扉の奥、部屋の真ん中に、見知らぬ老人が這いつくばっていた。
「え……、あの……?」
るりなみは呼びかけようとするが、かすかな声しか出てこない。
ねずみ色のずた袋をまとったような格好の老人は、るりなみのベッドの手前、じゅうたんの上に四つん這いになり、床に顔を近づけて、ぶつぶつとつぶやいていた。
おそるおそる部屋に入って近づくと、つぶやきが聞き取れた。
「やはりここは計算が合わない……数がひずんでいる……」
風の精霊や、水の精霊、虹の精霊は、人の姿であらわれることもあります。
そのほか、時や音、数の精霊というものたちの世界が、王国の裏側にあるといいます。
王子るりなみの行く先に、彼らの世界が交差する、そんな日もあるのでしょう──。
* * *
王子るりなみの誕生日から、半月ほどの月日がめぐった。
るりなみの教育係のゆいりは、午前中の授業を終えたあと、国王の執務室に出向いていた。
王宮の中央に一番高くそびえる、ガラスの塔の最上階。
透明な花瓶のようなつくりの頂上の一角にある執務室も、一面がガラスの窓で、外の景色がよく見える。
窓の向こうは、しとしとと雨が降っていた。
その下には、王都の街が広がっている。
街は灰色にくすんでいるが、どこか明るく、やわらかな春の色合いに見える。
空から降るのは、もう冷えきった雪ではないのだ。
国王あめかみは、そんな雨の景色を背に、きちんと片付けられた机に向かい、静かに目を伏せて、顔の前で組んだ手を見つめていた。
今日は真面目な話なのだな、と察しながら、ゆいりは近づいていった。
「あめかみ様、お呼びでしょうか」
あめかみはゆっくりと顔をあげて、口を開いた。
「かねてより考えていたのだが」
いつになく真剣な声色に、ゆいりは内心で、おや、と思いながら耳を傾けた。
「大臣たちに尋ねる前にも、なによりまず、ゆいりの意見を聞かないとな、と思い……るりなみの教育係としての、ゆいりの意見をな」
黙ってうなずき、先をうながしたゆいりは……あめかみから語られたことに、心から驚いた。
「るりなみ様を?」
思わずゆいりは、そう問い返す。
大変なことだ、と思いながら、ゆいりは心の波を鎮めて、話の続きを聞いた。
同じ頃、ガラスの塔のひとつ下の階では──。
* * *
ゆいりの授業のあと、るりなみは渡り廊下から、静かな雨の降る屋上庭園をしばらく眺めていた。
雨の演奏会を心ゆくまで味わってから、ガラスの塔の自分の部屋へと、階段をのぼっていったるりなみは……部屋の前で立ち尽くした。
いつもはきちんと閉めて出かけるはずの扉が、大きく開いている。
そしてその扉の奥、部屋の真ん中に、見知らぬ老人が這いつくばっていた。
「え……、あの……?」
るりなみは呼びかけようとするが、かすかな声しか出てこない。
ねずみ色のずた袋をまとったような格好の老人は、るりなみのベッドの手前、じゅうたんの上に四つん這いになり、床に顔を近づけて、ぶつぶつとつぶやいていた。
おそるおそる部屋に入って近づくと、つぶやきが聞き取れた。
「やはりここは計算が合わない……数がひずんでいる……」
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
児童小説をどうぞ
小木田十(おぎたみつる)
児童書・童話
児童小説のコーナーです。大人も楽しめるよ。 / 小木田十(おぎたみつる)フリーライター。映画ノベライズ『ALWAIS 続・三丁目の夕日 完全ノベライズ版』『小説 土竜の唄』『小説 土竜の唄 チャイニーズマフィア編』『闇金ウシジマくん』などを担当。2023年、掌編『限界集落の引きこもり』で第4回引きこもり文学大賞 三席入選。2024年、掌編『鳥もつ煮』で山梨日日新聞新春文芸 一席入選(元旦紙面に掲載)。
【シーズン2完】おしゃれに変身!って聞いてたんですけど……これってコウモリ女ですよね?
ginrin3go/〆野々青魚
児童書・童話
「どうしてこんな事になっちゃったの!?」
陰キャで地味な服ばかり着ているメカクレ中学生の月澄佳穂(つきすみかほ)。彼女は、祖母から出された無理難題「おしゃれしなさい」をなんとかするため、中身も読まずにある契約書にサインをしてしまう。
それは、鳥や動物の能力持っている者たちの鬼ごっこ『イソップ・ハント』の契約書だった!
夜毎、コウモリ女に変身し『ハント』を逃げるハメになった佳穂。そのたった一人の逃亡者・佳穂に協力する男子が現れる――
横浜の夜に繰り広げられるバトルファンタジー!
【シーズン2完了! ありがとうございます!】
シーズン1・めざまし編 シーズン2・学園編その1 更新完了しました!
それぞれ児童文庫にして1冊分くらいの分量。小学生でも2時間くらいで読み切れます。
そして、ただいまシーズン3・学園編その2 書きだめ中!
深くイソップ・ハントの世界に関わっていくことになった佳穂。これからいったいどうなるのか!?
本作はシーズン書きおろし方式を採用。全5シーズン順次書き上がり次第公開いたします。
お気に入りに登録していただくと、更新の通知が届きます。
気になる方はぜひお願いいたします。
【最後まで逃げ切る佳穂を応援してください!】
本作は、第1回きずな児童書大賞にて奨励賞を頂戴いたしましたが、書籍化にまでは届いていません。
感想、応援いただければ、佳穂は頑張って飛んでくれますし、なにより作者〆野々のはげみになります。
一言でも感想、紹介いただければうれしいです。
【新ビジュアル公開!】
新しい表紙はギルバートさんに描いていただきました。佳穂と犬上のツーショットです!
人さわがせな おくりもの
hanahui2021.6.1
児童書・童話
今 考えると笑ちゃうよな。
何がなんでも、一番にならなきゃいけないって、
ガチガチになってた。
この家を紹介されて、おじいさんの話きけて
いろんな意味で、良い風に 肩の力を抜くことができた と思う。
佐吉と観音像
光野朝風
児童書・童話
むかしむかしのある村に佐吉という酒好きで遊ぶのが大好きな一人息子がいました。
佐吉は両親から怒られ続けます。両親は何故佐吉が畑仕事をしないのか理解できませんでした。
そのうち働きもしない佐吉のことを村人たちも悪く言うようになりました。
佐吉は「自分などいない方がいい」と思い川へと身を投げてしまったのです。
その後高名なお坊さんが村を訪れます。
そして佐吉が亡くなったことを嘆くのでした。
【完結】宝石★王子(ジュエル・プリンス) ~イケメン水晶と事件解決!?~
みなづきよつば
児童書・童話
キラキラきらめく、美しい宝石たちが……
ニンゲンの姿になって登場!?
しかも、宝石たちはいろんな能力をもってるみたいで……?
宝石好き&異能力好きの方、必見です!!
※※※
本日(2024/08/24)完結しました!
よかったら、あとがきは近況ボードをご覧ください。
***
第2回きずな児童書大賞へのエントリー作品です。
投票よろしくお願いします!
***
<あらすじ>
小学五年生の少女、ヒカリはワケあってひとり暮らし中。
ある日、ヒカリのもっていたペンダントの水晶が、
ニンゲンの姿になっちゃった!
水晶の精霊、クリスと名乗る少年いわく、
宝石王子(ジュエル・プリンス)という宝石たちが目覚め、悪さをしだすらしい。
それをとめるために、ヒカリはクリスと協力することになって……?
***
ご意見・ご感想お待ちしてます!
はんぶんこ天使
いずみ
児童書・童話
少し内気でドジなところのある小学五年生の美優は、不思議な事件をきっかけに同級生の萌が天使だということを知ってしまう。でも彼女は、美優が想像していた天使とはちょっと違って・・・
萌の仕事を手伝ううちに、いつの間にか美優にも人の持つ心の闇が見えるようになってしまった。さて美優は、大事な友達の闇を消すことができるのか?
※児童文学になります。小学校高学年から中学生向け。もちろん、過去にその年代だったあなたもOK!・・・えっと、低学年は・・・?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる