95 / 126
第11話 風の航海
7 めぐる世界の中で
しおりを挟む
るりなみの部屋は、しかし、がらんとしていた。
広々とした部屋の真ん中のベッドの前に、銀の竪琴が立っていて、お昼の太陽の光を浴びて、いっぱいに音楽を響かせていた。
降り注ぐ光を、音にして織っていく機織り機のようなたたずまいだ。
そこに、弾いているはずの……弾いているべき、ゆいりの姿が見えないことに、るりなみはむしょうに寂しくなり、心にざわざわと波が立った。
るりなみはとぼとぼと竪琴に近づいていく。
「ゆいり……」
風にほどけるように消えていく竪琴を前にして、ぽろり、とるりなみの目から、涙がひとつぶこぼれ落ちた。
「どっ、どうしたんだ、るりなみ!」
風の子がひゅっ、と風の姿になって竪琴のあった場所にまわりこみ、心配そうな少年の姿に戻って、るりなみをのぞきこむ。
「な、なんでもないんだ」
「なんでもないようには、見えないぞ!」
心の底から心配しているような風の子に見つめられ、るりなみは……ぽつりぽつりと、心に波立ったことを、言葉にしていた。
「もし、いつか、ゆいりが……いなくなってしまったとき……、ゆいりはこうやって、姿はあらわさないけれど、魔法の楽器を奏でたり、魔法の船をある朝、僕の枕元に置いておいてくれたりするのかな、って思っちゃって……」
風の子は本当に心配そうに目を見開いたあと、急にその目を伏せた。
そうしてしばらく、うつむいて黙っていたが……。
「るりなみ。俺、るりなみの友達だけど、るりなみに言えないこと、いっぱいあるよ」
「え?」
つらそうなその口調に、るりなみは悲しい空想も半分吹き飛ばされて、風の子をまじまじと見た。
「話したいのに、話せないことが、たくさんあるの?」
「別に、とりたてて話したいわけじゃない。俺はるりなみに出会って、あの風の伯爵のもとへ行って……『悪しき風』になろうと、刃を磨いているんだ」
るりなみがこの風の子と出会ったとき、病をもたらす「悪しき風」である風の伯爵があらわれて、るりなみを高熱で寝込ませ、体の中の命の戦場へ案内した。
戦場での戦いを見た風の子は、命を奪う力に……「悪しき」とも言われる力の先になにかを見て、風の伯爵のもとについていくことを決めたのだった。
その力をあらわすような漆黒の衣装を揺らしながら、風の子は続けた。
「動物や植物の命を奪う場面だって、いっぱいあるんだ。生きとし生けるもの……人間だってそうだ」
「あ……」
るりなみは、言葉に詰まってしまった。
なにを話されても、ちゃんと聞こう──そう思ったばかりなのに。
「うん……」
なんとかるりなみはそう言った。
でも、想像していた。
「悪しき風」がもたらす病が、大切な人の命を奪おうとしている場面を。
熱にうなされて寝込む、ゆいりのこと。ゆめづきや、あめかみの姿を。
「……うん」
もう一度、るりなみはそう言ってうなずいた。
前に、風の子たちに出会ったときには、思いもしなかった。
もしかしたら、もしかしたら……こうやって毎年、歳をとって大きくなるうちに、そういう心配をしてしまう見方もいっぱい覚えて……大人になってしまったら、風の子たちとすぐに打ち解けて友達になるなんて、できなくなってしまうのだろうか。
そんなのいやだ、と小さく首を横に振りながら、るりなみは、そのとき心に浮かんできたことを、言葉にしていた。
「君がさっき言っていた、大いなる風が吹いてめぐっている、いっしょくたの世界だったら……生きている人も、死んでしまった人も、おんなじように命の光に見えるのかもしれない。少し色合いや形や、渦のどこに立ってるかが違うだけで」
風の子は静かに、るりなみを見ている。
「君がもし、そういう世界をめぐっていて……僕とは、命を奪う場面や、命がなくなっていく場面を、まったく違う気持ちで見ているんだとしても……」
るりなみは、しどろもどろになりながらも、続けた。
「僕は、そんな場所を選んで旅立った君をすごいと思うし、君がどこの世界でなにをしていって、銀河の渦をも見下ろして、もう、ちっぽけすぎる僕のことなんてどうでもよく見えちゃうくらいのところに吹いていったとしても……僕は君と友達でいられたら、嬉しいんだ」
風の子が、大きく二回、目をまたたいた。
その透き通った少年の姿が、きらきらと輝いた。
「るりなみ……おまえ、いいやつだな」
風の子の手が伸びて、るりなみの肩をぽんぽん、と叩いた。
実際には、叩くことはできない。
ひゅっひゅ、と耳もとで、風が切られる音がした。
「おまえと友達でいられて、嬉しいよ──さぁ、お宝を開けようぜ!」
そう言われて、るりなみははじめて、この部屋にも宝物があるのかも、と思い至った。
あわてて部屋を見回すと、あたりに満ちる水の帯の奥、るりなみのベッドの上に、船は停泊していた。
その船が今朝、小さな姿で入っていたガラス瓶が、まだ枕の上に転がっていた。
そしてベッドの上の布団が、宝物を隠すようにして、ふっくらと盛り上がっていた。
広々とした部屋の真ん中のベッドの前に、銀の竪琴が立っていて、お昼の太陽の光を浴びて、いっぱいに音楽を響かせていた。
降り注ぐ光を、音にして織っていく機織り機のようなたたずまいだ。
そこに、弾いているはずの……弾いているべき、ゆいりの姿が見えないことに、るりなみはむしょうに寂しくなり、心にざわざわと波が立った。
るりなみはとぼとぼと竪琴に近づいていく。
「ゆいり……」
風にほどけるように消えていく竪琴を前にして、ぽろり、とるりなみの目から、涙がひとつぶこぼれ落ちた。
「どっ、どうしたんだ、るりなみ!」
風の子がひゅっ、と風の姿になって竪琴のあった場所にまわりこみ、心配そうな少年の姿に戻って、るりなみをのぞきこむ。
「な、なんでもないんだ」
「なんでもないようには、見えないぞ!」
心の底から心配しているような風の子に見つめられ、るりなみは……ぽつりぽつりと、心に波立ったことを、言葉にしていた。
「もし、いつか、ゆいりが……いなくなってしまったとき……、ゆいりはこうやって、姿はあらわさないけれど、魔法の楽器を奏でたり、魔法の船をある朝、僕の枕元に置いておいてくれたりするのかな、って思っちゃって……」
風の子は本当に心配そうに目を見開いたあと、急にその目を伏せた。
そうしてしばらく、うつむいて黙っていたが……。
「るりなみ。俺、るりなみの友達だけど、るりなみに言えないこと、いっぱいあるよ」
「え?」
つらそうなその口調に、るりなみは悲しい空想も半分吹き飛ばされて、風の子をまじまじと見た。
「話したいのに、話せないことが、たくさんあるの?」
「別に、とりたてて話したいわけじゃない。俺はるりなみに出会って、あの風の伯爵のもとへ行って……『悪しき風』になろうと、刃を磨いているんだ」
るりなみがこの風の子と出会ったとき、病をもたらす「悪しき風」である風の伯爵があらわれて、るりなみを高熱で寝込ませ、体の中の命の戦場へ案内した。
戦場での戦いを見た風の子は、命を奪う力に……「悪しき」とも言われる力の先になにかを見て、風の伯爵のもとについていくことを決めたのだった。
その力をあらわすような漆黒の衣装を揺らしながら、風の子は続けた。
「動物や植物の命を奪う場面だって、いっぱいあるんだ。生きとし生けるもの……人間だってそうだ」
「あ……」
るりなみは、言葉に詰まってしまった。
なにを話されても、ちゃんと聞こう──そう思ったばかりなのに。
「うん……」
なんとかるりなみはそう言った。
でも、想像していた。
「悪しき風」がもたらす病が、大切な人の命を奪おうとしている場面を。
熱にうなされて寝込む、ゆいりのこと。ゆめづきや、あめかみの姿を。
「……うん」
もう一度、るりなみはそう言ってうなずいた。
前に、風の子たちに出会ったときには、思いもしなかった。
もしかしたら、もしかしたら……こうやって毎年、歳をとって大きくなるうちに、そういう心配をしてしまう見方もいっぱい覚えて……大人になってしまったら、風の子たちとすぐに打ち解けて友達になるなんて、できなくなってしまうのだろうか。
そんなのいやだ、と小さく首を横に振りながら、るりなみは、そのとき心に浮かんできたことを、言葉にしていた。
「君がさっき言っていた、大いなる風が吹いてめぐっている、いっしょくたの世界だったら……生きている人も、死んでしまった人も、おんなじように命の光に見えるのかもしれない。少し色合いや形や、渦のどこに立ってるかが違うだけで」
風の子は静かに、るりなみを見ている。
「君がもし、そういう世界をめぐっていて……僕とは、命を奪う場面や、命がなくなっていく場面を、まったく違う気持ちで見ているんだとしても……」
るりなみは、しどろもどろになりながらも、続けた。
「僕は、そんな場所を選んで旅立った君をすごいと思うし、君がどこの世界でなにをしていって、銀河の渦をも見下ろして、もう、ちっぽけすぎる僕のことなんてどうでもよく見えちゃうくらいのところに吹いていったとしても……僕は君と友達でいられたら、嬉しいんだ」
風の子が、大きく二回、目をまたたいた。
その透き通った少年の姿が、きらきらと輝いた。
「るりなみ……おまえ、いいやつだな」
風の子の手が伸びて、るりなみの肩をぽんぽん、と叩いた。
実際には、叩くことはできない。
ひゅっひゅ、と耳もとで、風が切られる音がした。
「おまえと友達でいられて、嬉しいよ──さぁ、お宝を開けようぜ!」
そう言われて、るりなみははじめて、この部屋にも宝物があるのかも、と思い至った。
あわてて部屋を見回すと、あたりに満ちる水の帯の奥、るりなみのベッドの上に、船は停泊していた。
その船が今朝、小さな姿で入っていたガラス瓶が、まだ枕の上に転がっていた。
そしてベッドの上の布団が、宝物を隠すようにして、ふっくらと盛り上がっていた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
守護霊のお仕事なんて出来ません!
柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。
死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。
そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。
助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。
・守護霊代行の仕事を手伝うか。
・死亡手続きを進められるか。
究極の選択を迫られた未蘭。
守護霊代行の仕事を引き受けることに。
人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。
「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」
話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎
ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。
初恋の王子様
中小路かほ
児童書・童話
あたし、朝倉ほのかの好きな人――。
それは、優しくて王子様のような
学校一の人気者、渡優馬くん。
優馬くんは、あたしの初恋の王子様。
そんなとき、あたしの前に現れたのは、
いつもとは雰囲気の違う
無愛想で強引な……優馬くん!?
その正体とは、
優馬くんとは正反対の性格の双子の弟、
燈馬くん。
あたしは優馬くんのことが好きなのに、
なぜか燈馬くんが邪魔をしてくる。
――あたしの小指に結ばれた赤い糸。
それをたどった先にいる運命の人は、
優馬くん?…それとも燈馬くん?
既存の『お前、俺に惚れてんだろ?』をジュニア向けに改稿しました。
ストーリーもコンパクトになり、内容もマイルドになっています。
第2回きずな児童書大賞にて、
奨励賞を受賞しました♡!!
【完結】アシュリンと魔法の絵本
秋月一花
児童書・童話
田舎でくらしていたアシュリンは、家の掃除の手伝いをしている最中、なにかに呼ばれた気がして、使い魔の黒猫ノワールと一緒に地下へ向かう。
地下にはいろいろなものが置いてあり、アシュリンのもとにビュンっとなにかが飛んできた。
ぶつかることはなく、おそるおそる目を開けるとそこには本がぷかぷかと浮いていた。
「ほ、本がかってにうごいてるー!」
『ああ、やっと私のご主人さまにあえた! さぁあぁ、私とともに旅立とうではありませんか!』
と、アシュリンを旅に誘う。
どういうこと? とノワールに聞くと「説明するから、家族のもとにいこうか」と彼女をリビングにつれていった。
魔法の絵本を手に入れたアシュリンは、フォーサイス家の掟で旅立つことに。
アシュリンの夢と希望の冒険が、いま始まる!
※ほのぼの~ほんわかしたファンタジーです。
※この小説は7万字完結予定の中編です。
※表紙はあさぎ かな先生にいただいたファンアートです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/children_book.png?id=95b13a1c459348cd18a1)
【完結済み】破滅のハッピーエンドの王子妃
BBやっこ
児童書・童話
ある国は、攻め込まれ城の中まで敵国の騎士が入り込みました。その時王子妃様は?
1話目は、王家の終わり
2話めに舞台裏、魔国の騎士目線の話
さっくり読める童話風なお話を書いてみました。
魔法少女はまだ翔べない
東 里胡
児童書・童話
第15回絵本・児童書大賞、奨励賞をいただきました、応援下さった皆様、ありがとうございます!
中学一年生のキラリが転校先で出会ったのは、キラという男の子。
キラキラコンビと名付けられた二人とクラスの仲間たちは、ケンカしたり和解をして絆を深め合うが、キラリはとある事情で一時的に転校してきただけ。
駄菓子屋を営む、おばあちゃんや仲間たちと過ごす海辺の町、ひと夏の思い出。
そこで知った自分の家にまつわる秘密にキラリも覚醒して……。
果たしてキラリの夏は、キラキラになるのか、それとも?
表紙はpixivてんぱる様にお借りしております。
わたしの婚約者は学園の王子さま!
久里
児童書・童話
平凡な女子中学生、野崎莉子にはみんなに隠している秘密がある。実は、学園中の女子が憧れる王子、漣奏多の婚約者なのだ!こんなことを奏多の親衛隊に知られたら、平和な学校生活は望めない!周りを気にしてこの関係をひた隠しにする莉子VSそんな彼女の態度に不満そうな奏多によるドキドキ学園ラブコメ。
ヨーコちゃんのピアノ
市尾彩佳
児童書・童話
ずっと欲しかったピアノ、中古だけどピアノ。ようやく買ってもらえたピアノが家に届いたその日、美咲はさっそく弾こうとする。が、弾こうとしたその瞬間、安全装置がついているのにふたが勢いよく閉まった。そして美咲の目の前に、透き通った足がぶーらぶら。ゆ、ゆゆゆゆーれい!?※小説家になろうさんにも掲載しています。一部分、自ブログに転載しています。
ミズルチと〈竜骨の化石〉
珠邑ミト
児童書・童話
カイトは家族とバラバラに暮らしている〈音読みの一族〉という〈族《うから》〉の少年。彼の一族は、数多ある〈族〉から魂の〈音〉を「読み」、なんの〈族〉か「読みわける」。彼は飛びぬけて「読め」る少年だ。十歳のある日、その力でイトミミズの姿をしている〈族〉を見つけ保護する。ばあちゃんによると、その子は〈出世ミミズ族〉という〈族《うから》〉で、四年かけてミミズから蛇、竜、人と進化し〈竜の一族〉になるという。カイトはこの子にミズルチと名づけ育てることになり……。
一方、世間では怨墨《えんぼく》と呼ばれる、人の負の感情から生まれる墨の化物が活発化していた。これは人に憑りつき操る。これを浄化する墨狩《すみが》りという存在がある。
ミズルチを保護してから三年半後、ミズルチは竜になり、カイトとミズルチは怨墨に知人が憑りつかれたところに遭遇する。これを墨狩りだったばあちゃんと、担任の湯葉《ゆば》先生が狩るのを見て怨墨を知ることに。
カイトとミズルチのルーツをたどる冒険がはじまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる