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第11話 風の航海

6 大いなる輪

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 ガラスのとうのらせん階段かいだんをめぐり、るりなみの部屋に近づくころには、流れてくる音楽おんがくかたちづくっていく音符おんぷの波は、どんどん水量すいりょうを豊かにしていった。

 まるで、ひびいてくる音楽とともに、楽譜がくふかわが流れているようだ。

 はじめは、その音楽のメロディーを楽譜のようにあらわしているのかな、と思われた水の中の音符たちは、今では、いくえにも重なる音のすべてを……いや、それ以上の音たちを……この世界にこえている、あるいは聴こえていない、聴き取れないたくさんの音楽を、拾って、うつして、ねていた。

 かと思えば、るりなみたちを呼ぶ銀の竪琴たてごとが、天空てんくうけ上がるようにげんをかき鳴らすのが聴こえると、音符たちは即座そくざにそれにおうじて、階段のように並んで駆け上がり、みるまにるりなみのうしろへ流れっていく。

「なんだか」

 るりなみは、ひとりごとのように、でも風の子がとなりでしっかりと聞いていてくれるのを感じながら、言葉をつむいでいた。

「いつも、ずっと、この音符たちは……いつでも世界の裏側うらがわに飛び回っていて、世界に鳴ってるあらゆる音楽をあらわして、飛びねてるんだろうね。普段ふだんは、その世界は僕たちには見えない。でも今は、このふしぎな水の向こうに、その世界がうつって見えてるみたい……音楽の世界、音の精霊せいれいたちの世界が」

 静かに聞いていた風の子は、ぱっと一瞬いっしゅん、風にもどってひるがえった。

俺様おれさまには、誕生たんじょうってないんだけどさ」
「え……」

 るりなみは階段をのぼる足をとめて、ふたたび人の姿すがたに戻った風の子の横顔よこがおを見る。

 風の子はうつむいて、なにかべつの世界を見るようなまなざしでかたった。

「俺様は自分のこと、るりなみと同じくらいのとしだと思ってる。るりなみは十一歳になったんだよな? つまり、季節きせつを十一回まわって、十二回目がはじまるんだろ?」
「そういう、ことだよね……?」

 こよみ授業じゅぎょうを思い返しながら、るりなみはあいまいにうなずく。

「この王国の人間は、季節を一周まわると、ひとつ歳をとるってことにしてるみたいだが、俺様の場合は……季節をめぐるじゃなくて、もっと大きな輪をめぐっているんだ」
「季節より、もっと大きな輪?」

 るりなみは想像そうぞうがつかず、くりかえした。

「なんていうんだろうな……大いなる風がまわってる輪、というのかな。その大きな流れを、十回とかそのくらい、俺様はめぐった気がするんだよな。だから十歳とか十一歳とか、自分はそのくらい生きてる、って感じるんだ」
「そうなんだ」

 るりなみはおどろきながらも、想像を広げていた。

「大いなる風って……君や、君の先生の風の伯爵はくしゃくよりも、ずっと大いなる……風の神様みたいなもの?」
「うーん、どうだろうな。別に、俺たちはそれにいのったりはしない。その大きくいて流れる風は、この目に見える世界を吹いてるわけじゃないし、出会えるわけでもない。もっと見えないものまでいっしょくたになった世界に吹いてる風なんだよ」

 風の子は、るりなみのほうを向いた。

「そんないっしょくたの世界には、るりなみがさっき言ったみたいに、音符おんぷたちもいてるのかもな、って」

 風の子が、にかっと笑いかけてきた。
 その笑顔を見たら、るりなみは、とってもうれしくなった。

 二人でうなずきあって、また船を追っていくと……。

 船は、階段をのぼって、るりなみの部屋へ向かった。

 るりなみは、驚きで口をぽかんとひらく。

 もしかして……みんなは、僕の部屋でっているのだろうか?

 そう思いながら、るりなみは風の子とともに部屋に近づいていった。

 るりなみたちをむかえるように、ひとりでにとびらいて、中から大きく音楽があふれ、あたりに流れる水の中の音符たちをらした。


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