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第11話 風の航海
5 ふたつめの宝物
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水の帯は、東の塔へと伸びていった。
らせん階段をのぼっていった船が停まったのは、ゆいりの部屋のすぐ下の、階段の踊り場だった。
色とりどりのガラスがはめられた窓を通った光が、床に色を踊らせている。
その彩られた光のもとに、また、絵本に描かれるような宝箱が置かれていた。
水の帯を導く音楽を奏でていたのは、これもまた先ほど見たのと同じ、銀の竪琴だった。
竪琴はすらりと、上の階に見えるゆいりの部屋の前に立っていた。
ひとりでに弦をかき鳴らしていた竪琴は、興味津々に近づいていった風の子の目の前で、ゆらりと音の波に溶けていくように、かき消えてしまった。
るりなみは、宝箱に手を伸ばす。
その中には、星形の砂糖菓子のような玉がころころと敷き詰められ、真ん中におさめられた宝物を守っていた。
そこに横たわっていたのは、望遠鏡だった。
るりなみはその筒を手に取って、中をのぞいてみた──。
すると、踊り場の床を照らす光のような、きらきらと彩り豊かな世界が広がった。
色の海が回りながら、パズルのピースのように組まれて、六角形が、七角形や八角形が……数えきれないような多角形が、星形にもなり、立体的にもなって、描かれていく。
望遠鏡だと思ったのに、これは万華鏡なんだ。
るりなみがそう思ったとたん、その万華鏡の世界にぱっと光が差すようにして、なにかが見えた。
鏡の中に一瞬ひらめいたその景色は、はっきりとは見えなかったが……青空の下で手をつないでいる、るりなみとゆめづきの姿だった気がした。
でもそれはすぐに消えて、万華鏡の彩りの世界があらわれる。
なんだろう、と首をかしげながら、るりなみは筒を顔から離し、目をまたたく。
その足もとで、宝箱が消えていった。
「素敵な贈り物だな」
消えていく宝箱と、その上で、まだ次の行き先を決めずにぷかぷか浮かぶ船を見ながら、風の子がしみじみと言った。
「え、これは……贈り物なのかな」
るりなみは、左手にたずさえた羅針盤と、右手に持った望遠鏡を、改めて見つめる。
風の子は、そんなるりなみを興味深そうに見つめている。
「だって、そうだろ? 人間は、回りくどい渡し方をするもんだなぁ、って俺様はびっくりしているぞ」
「そ、そうなのかな? 朝から、みんな、誰も、いなくって……」
言葉に詰まるるりなみの前で、風の子は困って頬をかくようなしぐさをした。
「うーん、これは言わないほうがいいことなのか、俺様にはわからないが……るりなみの家族や友達なら、今、るりなみから隠れて、誕生会の用意をしているぞ」
「えっ」
思わず「贈り物」を取り落としそうになりながら、るりなみは声をあげる。
「え、えええええっ」
「やっぱり、言っちゃいけなかったのか」
「いや、ええと、その……どこで、じゃなくて、ええと……僕は、聞いちゃいけないんだね」
どきどき、と胸が上へ上へ跳ねるように高鳴る。
それを押さえるように、宝物を抱えた両手を胸の前で合わせるるりなみを見て、風の子が神妙な顔で言った。
「るりなみを一度は寂しくさせてから、どっきり驚かせたくて、隠れて準備をしているみたいだが……人間って、いろいろすれ違いを起こして、大変だな」
そうしているうちに、るりなみたちの周りで、音符を宿した水球たちが、リズムに乗るように跳ねはじめた。
またどこかから流れてくる、かすかな音楽を追って、音符が並びかわり、水の玉たちが帯になって宙を流れはじめる。
船が、ひょこっ、と飛び上がり、出航した。
るりなみと風の子は船に導かれ、東の塔をくだって再び庭園に出たあと、るりなみの部屋のあるガラスの塔の階段をあがっていった。
* * *
らせん階段をのぼっていった船が停まったのは、ゆいりの部屋のすぐ下の、階段の踊り場だった。
色とりどりのガラスがはめられた窓を通った光が、床に色を踊らせている。
その彩られた光のもとに、また、絵本に描かれるような宝箱が置かれていた。
水の帯を導く音楽を奏でていたのは、これもまた先ほど見たのと同じ、銀の竪琴だった。
竪琴はすらりと、上の階に見えるゆいりの部屋の前に立っていた。
ひとりでに弦をかき鳴らしていた竪琴は、興味津々に近づいていった風の子の目の前で、ゆらりと音の波に溶けていくように、かき消えてしまった。
るりなみは、宝箱に手を伸ばす。
その中には、星形の砂糖菓子のような玉がころころと敷き詰められ、真ん中におさめられた宝物を守っていた。
そこに横たわっていたのは、望遠鏡だった。
るりなみはその筒を手に取って、中をのぞいてみた──。
すると、踊り場の床を照らす光のような、きらきらと彩り豊かな世界が広がった。
色の海が回りながら、パズルのピースのように組まれて、六角形が、七角形や八角形が……数えきれないような多角形が、星形にもなり、立体的にもなって、描かれていく。
望遠鏡だと思ったのに、これは万華鏡なんだ。
るりなみがそう思ったとたん、その万華鏡の世界にぱっと光が差すようにして、なにかが見えた。
鏡の中に一瞬ひらめいたその景色は、はっきりとは見えなかったが……青空の下で手をつないでいる、るりなみとゆめづきの姿だった気がした。
でもそれはすぐに消えて、万華鏡の彩りの世界があらわれる。
なんだろう、と首をかしげながら、るりなみは筒を顔から離し、目をまたたく。
その足もとで、宝箱が消えていった。
「素敵な贈り物だな」
消えていく宝箱と、その上で、まだ次の行き先を決めずにぷかぷか浮かぶ船を見ながら、風の子がしみじみと言った。
「え、これは……贈り物なのかな」
るりなみは、左手にたずさえた羅針盤と、右手に持った望遠鏡を、改めて見つめる。
風の子は、そんなるりなみを興味深そうに見つめている。
「だって、そうだろ? 人間は、回りくどい渡し方をするもんだなぁ、って俺様はびっくりしているぞ」
「そ、そうなのかな? 朝から、みんな、誰も、いなくって……」
言葉に詰まるるりなみの前で、風の子は困って頬をかくようなしぐさをした。
「うーん、これは言わないほうがいいことなのか、俺様にはわからないが……るりなみの家族や友達なら、今、るりなみから隠れて、誕生会の用意をしているぞ」
「えっ」
思わず「贈り物」を取り落としそうになりながら、るりなみは声をあげる。
「え、えええええっ」
「やっぱり、言っちゃいけなかったのか」
「いや、ええと、その……どこで、じゃなくて、ええと……僕は、聞いちゃいけないんだね」
どきどき、と胸が上へ上へ跳ねるように高鳴る。
それを押さえるように、宝物を抱えた両手を胸の前で合わせるるりなみを見て、風の子が神妙な顔で言った。
「るりなみを一度は寂しくさせてから、どっきり驚かせたくて、隠れて準備をしているみたいだが……人間って、いろいろすれ違いを起こして、大変だな」
そうしているうちに、るりなみたちの周りで、音符を宿した水球たちが、リズムに乗るように跳ねはじめた。
またどこかから流れてくる、かすかな音楽を追って、音符が並びかわり、水の玉たちが帯になって宙を流れはじめる。
船が、ひょこっ、と飛び上がり、出航した。
るりなみと風の子は船に導かれ、東の塔をくだって再び庭園に出たあと、るりなみの部屋のあるガラスの塔の階段をあがっていった。
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