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第11話 風の航海
4 風のお祝い
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羅針盤は、音楽に乗っていく小さな船を追うように、針を向けていた。
それを時々たしかめて、胸を弾ませながら、るりなみは屋上庭園を抜けていった。
一番大きく空が開けた、庭園の広場を走っているとき。
ひゅん、とるりなみはうしろから、風にまかれた。
るりなみの肩を叩くかのように吹き抜けた風は、るりなみの前でつむじ風になって渦巻き、ぱっと人の姿になった。
るりなみと同い年ほどの少年の姿をあらわしたのは、るりなみがかつて友達になった、あの風の子だった。
「風の子さん!」
「よっ、るりなみ。誕生日おめでとう」
風の子は、いつか再会したときと同じ真っ黒な衣装のすそをなびかせて、気の良い笑みで片手をあげた。
その言葉に、るりなみははっと目を見開いた。
誰かに、それを言ってほしかったのだと……じわじわと、心の中が洪水になるように、言葉にならない気持ちがあふれだす。
「あ、あ、ありがとう……!」
風の子に思わず抱きつきたくなるくらい、るりなみは深く感動していたが、精霊である風の子には、るりなみのような体はない。
その黒い衣装も、笑顔もあげた手も、うっすらと透けて見える。
るりなみが感動に震えているあいだ、風の子は指先を回して風を起こし、るりなみの前を進んでいた船を引き止めて、面白そうに眺めていた。
「音の波に引っ張られて動いてるんだな、この船」
「うん、誰かの魔法なのだと思うけれど……」
その誰かとは、ゆいりなのだろう、とるりなみは感じていないわけではない。
でも、この王宮に出入りしているあの道化師も、るりなみの誕生日のお祝いに、魔法の贈り物をくれたくらいだ。
誰がかけたものか、関わっているものか、魔法の奥深さは見通せない。
あやふやな喜びにひたって、立ち止まっている暇はなかった。
るりなみは、船を追うことだけで心をいっぱいにして走ってきたのだ。
「るりなみ、俺様もいっしょに追っていってもいいか?」
「もちろん!」
「じゃあ、出発だな!」
風の子が指先の風をひゅっと放ち、紙飛行機を飛ばすように船を放った。
それまで出航できずに渦巻いていた力をあふれさせるように、船は、ぱんっ、と帆にいっぱいの風と音楽を受けて、進み出した。
* * *
それを時々たしかめて、胸を弾ませながら、るりなみは屋上庭園を抜けていった。
一番大きく空が開けた、庭園の広場を走っているとき。
ひゅん、とるりなみはうしろから、風にまかれた。
るりなみの肩を叩くかのように吹き抜けた風は、るりなみの前でつむじ風になって渦巻き、ぱっと人の姿になった。
るりなみと同い年ほどの少年の姿をあらわしたのは、るりなみがかつて友達になった、あの風の子だった。
「風の子さん!」
「よっ、るりなみ。誕生日おめでとう」
風の子は、いつか再会したときと同じ真っ黒な衣装のすそをなびかせて、気の良い笑みで片手をあげた。
その言葉に、るりなみははっと目を見開いた。
誰かに、それを言ってほしかったのだと……じわじわと、心の中が洪水になるように、言葉にならない気持ちがあふれだす。
「あ、あ、ありがとう……!」
風の子に思わず抱きつきたくなるくらい、るりなみは深く感動していたが、精霊である風の子には、るりなみのような体はない。
その黒い衣装も、笑顔もあげた手も、うっすらと透けて見える。
るりなみが感動に震えているあいだ、風の子は指先を回して風を起こし、るりなみの前を進んでいた船を引き止めて、面白そうに眺めていた。
「音の波に引っ張られて動いてるんだな、この船」
「うん、誰かの魔法なのだと思うけれど……」
その誰かとは、ゆいりなのだろう、とるりなみは感じていないわけではない。
でも、この王宮に出入りしているあの道化師も、るりなみの誕生日のお祝いに、魔法の贈り物をくれたくらいだ。
誰がかけたものか、関わっているものか、魔法の奥深さは見通せない。
あやふやな喜びにひたって、立ち止まっている暇はなかった。
るりなみは、船を追うことだけで心をいっぱいにして走ってきたのだ。
「るりなみ、俺様もいっしょに追っていってもいいか?」
「もちろん!」
「じゃあ、出発だな!」
風の子が指先の風をひゅっと放ち、紙飛行機を飛ばすように船を放った。
それまで出航できずに渦巻いていた力をあふれさせるように、船は、ぱんっ、と帆にいっぱいの風と音楽を受けて、進み出した。
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