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第11話 風の航海
2 音の銀河の船
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「わぁ……」
るりなみはベッドの上にひざをつき、思わず瓶を持ち上げて、光にかざして見つめる。
すると、みるまに瓶の中の水かさが増していった。
瓶の中に大波が生まれて、ぐわん、と船が大きくかたむく。
沈没しちゃう! と思ったとき、ぽんっ、と音がして、瓶のふたが弾けるようにベッドの向こうへ飛んでいった。
それを目で追ううちに、瓶の中から、ひとまわりもふたまわりも大きくなった帆船が、るりなみの前に飛び出した。
「わっ!」
瓶の中からは水があふれ続け、小さな水滴や、大きな水の玉になりながら、るりなみや船の周りを、水の銀河のようにめぐった。
その水の中には、なにかがちかちかと映るように揺れていた。
「なんだろう」
のぞきこむと、水の内側には……色とりどりの、見覚えのある記号たちが、ゆらゆらと揺れているのだった。
「音符だ……!」
るりなみがそう気づいて、もっとよく見ようとしたとたん、水の中の音符たちが、わくわくと弾むようにリズムを取りはじめた。
いくつもの水滴や水の玉がつながって、水の帯ができていく。
音符たちはその帯の中に流れこんで、なにかの楽譜を描くように並んでいき……。
その先を追って見回すうちに、部屋の外のどこからか、音楽が聴こえてきた。
水のようで、風のようで、やわらかいのに清々しく澄みきって、それでいて楽しそうに弾む旋律が、いくえにも重なっている。
竪琴の音色だ、とるりなみにはぴんときた。
とても大きな竪琴を、水や風の精霊が、三人がかりや四人がかりで弾いているような……いや、とるりなみは心に浮かぶ風景を、もっとよく深めていった。
そうしていくと、すらりと背の高い竪琴をかき鳴らす、銀の衣の人物の姿が、心に映った。
神殿の奏者のようなその人は……ゆいりなのだった。
「本当に、ゆいりが弾いているのかな……」
そんな想像をして、ふふ、とるりなみが楽しくなってくるうちに、音符を宿した水の帯はさらさらと流れになって扉のほうへ向かった。
ぱたん、とひとりでに扉が開いて、外から聴こえる竪琴の音楽が、いっそうはっきりと響きわたり、その扉の先へまで、水の帯は音符たちをのせて伸びていった。
すると、るりなみの隣に浮かんでいた帆船が、二、三回、ひょこん、と跳ねた。
まるでるりなみに「用意はいいかい?」と尋ねたようだった。
「うん!」
思わず答えたるりなみの目の前を横切って、船は悠々と、水の帯の上を滑りだした。
水の帯は竪琴の音楽を追って、小さな船は水の帯を追って、るりなみはその船を追って……部屋の外へと、航海に出ていった。
* * *
小さな船は、音符の弾む水の帯の上を、すいすいと進んでいった。
ガラスの塔のらせん階段をくだって、屋上庭園の光のもとへ、風のもとへ、船を先導しながら、るりなみを先導しながら、音符の波が連なっていく。
その向かう先から、ずっと音楽が呼んでいた。
それはきっと背の高い竪琴の、銀の衣の人の……。
銀の音楽を映すように、水の中で音符が跳ねて並んでは、また船とるりなみのうしろへと、風のように流れ去っていく。
一瞬だけそこにあらわれる音の形が、水の、風の、光の形が……るりなみを導いて、るりなみを越えて、流れては移り変わる。
遠くに行き交う王宮の人たちが、るりなみがやってきたのを見て、魔法にかけられたように、ふいと顔をそむけたり、どこかへいなくなってしまう。
そのしぐさを見るとき、一瞬だけ、心が痛む。
でもその一瞬に、すぐに流れてきた音楽の波がかぶさって、るりなみを前へ向かせた。
去年まで、るりなみの誕生日は、王宮中のみんなが、朝から会うたびに口々に「おめでとう」を言ってくれる日だった。
でも、今日は……未知のページがめくられたかのような、この新しい一日は、寂しさもいぶかしさも、弾むような音楽の波にのって、みんな空を翔んでいる。
るりなみはベッドの上にひざをつき、思わず瓶を持ち上げて、光にかざして見つめる。
すると、みるまに瓶の中の水かさが増していった。
瓶の中に大波が生まれて、ぐわん、と船が大きくかたむく。
沈没しちゃう! と思ったとき、ぽんっ、と音がして、瓶のふたが弾けるようにベッドの向こうへ飛んでいった。
それを目で追ううちに、瓶の中から、ひとまわりもふたまわりも大きくなった帆船が、るりなみの前に飛び出した。
「わっ!」
瓶の中からは水があふれ続け、小さな水滴や、大きな水の玉になりながら、るりなみや船の周りを、水の銀河のようにめぐった。
その水の中には、なにかがちかちかと映るように揺れていた。
「なんだろう」
のぞきこむと、水の内側には……色とりどりの、見覚えのある記号たちが、ゆらゆらと揺れているのだった。
「音符だ……!」
るりなみがそう気づいて、もっとよく見ようとしたとたん、水の中の音符たちが、わくわくと弾むようにリズムを取りはじめた。
いくつもの水滴や水の玉がつながって、水の帯ができていく。
音符たちはその帯の中に流れこんで、なにかの楽譜を描くように並んでいき……。
その先を追って見回すうちに、部屋の外のどこからか、音楽が聴こえてきた。
水のようで、風のようで、やわらかいのに清々しく澄みきって、それでいて楽しそうに弾む旋律が、いくえにも重なっている。
竪琴の音色だ、とるりなみにはぴんときた。
とても大きな竪琴を、水や風の精霊が、三人がかりや四人がかりで弾いているような……いや、とるりなみは心に浮かぶ風景を、もっとよく深めていった。
そうしていくと、すらりと背の高い竪琴をかき鳴らす、銀の衣の人物の姿が、心に映った。
神殿の奏者のようなその人は……ゆいりなのだった。
「本当に、ゆいりが弾いているのかな……」
そんな想像をして、ふふ、とるりなみが楽しくなってくるうちに、音符を宿した水の帯はさらさらと流れになって扉のほうへ向かった。
ぱたん、とひとりでに扉が開いて、外から聴こえる竪琴の音楽が、いっそうはっきりと響きわたり、その扉の先へまで、水の帯は音符たちをのせて伸びていった。
すると、るりなみの隣に浮かんでいた帆船が、二、三回、ひょこん、と跳ねた。
まるでるりなみに「用意はいいかい?」と尋ねたようだった。
「うん!」
思わず答えたるりなみの目の前を横切って、船は悠々と、水の帯の上を滑りだした。
水の帯は竪琴の音楽を追って、小さな船は水の帯を追って、るりなみはその船を追って……部屋の外へと、航海に出ていった。
* * *
小さな船は、音符の弾む水の帯の上を、すいすいと進んでいった。
ガラスの塔のらせん階段をくだって、屋上庭園の光のもとへ、風のもとへ、船を先導しながら、るりなみを先導しながら、音符の波が連なっていく。
その向かう先から、ずっと音楽が呼んでいた。
それはきっと背の高い竪琴の、銀の衣の人の……。
銀の音楽を映すように、水の中で音符が跳ねて並んでは、また船とるりなみのうしろへと、風のように流れ去っていく。
一瞬だけそこにあらわれる音の形が、水の、風の、光の形が……るりなみを導いて、るりなみを越えて、流れては移り変わる。
遠くに行き交う王宮の人たちが、るりなみがやってきたのを見て、魔法にかけられたように、ふいと顔をそむけたり、どこかへいなくなってしまう。
そのしぐさを見るとき、一瞬だけ、心が痛む。
でもその一瞬に、すぐに流れてきた音楽の波がかぶさって、るりなみを前へ向かせた。
去年まで、るりなみの誕生日は、王宮中のみんなが、朝から会うたびに口々に「おめでとう」を言ってくれる日だった。
でも、今日は……未知のページがめくられたかのような、この新しい一日は、寂しさもいぶかしさも、弾むような音楽の波にのって、みんな空を翔んでいる。
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