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第11話 風の航海
1 ひとりきりの朝
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年のはじめ、雪の降りしきる冬の日に、ユイユメ王国の王子るりなみは生まれました。
それから季節がいくつもめぐり、今日は王子るりなみの十一歳の誕生日。
冬の向こうから春が様子をうかがって、風は人々の思いや音楽を運んで吹いています。
新しい朝に目覚めたるりなみを、どんな冒険が待ち受けているのでしょう──。
* * *
るりなみは、白い朝の光の中、目を覚ました。
布団に顔をうずめたまま、それまで見ていた夢が遠のいていく中で、ああ、今日は誕生日だ……とるりなみは思い出した。
じわじわと嬉しさが湧いてくるのを感じながら、るりなみは布団の上に顔を出す。
天窓から差しこむ光が、いつもより一段と、白く澄んで、きらきらと弾けて見える。
るりなみの心に、昨晩のゆいりの言葉がよみがえった。
〝明日は、とっておきの一日になりますように……〟
おやすみなさいの挨拶の代わりに、ゆいりはそう言って、るりなみを抱きしめてくれたのだ。
思い出したるりなみは、うああ、と声をあげそうになりながら、ふるふると首を振ってごまかす。
昨日のことは、昨日のこと。
今日は、新しい、とっておきの一日が──。
だがそうやって、ベッドの上で心を弾ませていたるりなみのもとに朝の挨拶に来たのは、いつもの世話係のみつみではなかった。
おはようございます、とだけ言いながら、がらがらと朝ごはんを載せた台車を運びこんできたのは、あまり親しくない、顔を知っている程度の給仕係だった。
おとなしそうな給仕係の青年は、るりなみを見て静かに告げた。
「今日のゆいり様の授業は休みです」
「え、あ、はい……」
るりなみは首をかしげる。
年明けから忙しくしていたゆいりは、ここ数日になってやっと、一日にひとつかふたつの授業を受け持ってくれるようになっていた。
それが今日は休みだとは……るりなみの誕生日に合わせて、なにか特別なできごとが用意されているのだろうか?
だが給仕の青年は、静かに、感情をこめずに続けた。
「本日は他の授業も休みですので、自習をお願いする一日になります」
それでは、と礼をして、青年はすたすたと出ていった。
さんさんと降る白い光の中に、るりなみは朝食とともに残された。
ベッドの横に座って、るりなみは朝食の載った台車を引き寄せ、透明なふたのされた朝ごはんの皿を見つめる。
いつも、朝ごはんを食べるあいだは、みつみが隣にいて、今日の予定やら今週の予定やら、朝ごはんを食べるときの姿勢はどうとか、服の袖口が料理にかからないように気をつけてだとか、小うるさいくらいにしゃべっていてくれる。
るりなみは朝ごはんを見下ろし、手をつけようとしたのをやっぱりやめて、先に着替えをした。
鉢植えに水をやり、鏡の前で髪をとかしながら、自分の姿も、足もとについている影も、たしかめる。
だが、いつもは友達だと思える植物たちや自分の影に、声をかける力が湧かなかった。
声をかけても、彼らまで、答えてくれなかったら……。
湧いてくるそんな思いを、るりなみは首を振って押しこめる。
また、することがなくなって、るりなみは朝ごはんの前に座り、食べはじめた。
かちゃり、かちゃり……とふわふわの料理を切り分ける音だけが、やけに大きく部屋に響く。
どうしたんだろう、みんな……と、るりなみはぼんやり考える。
忙しいのだろうか。
るりなみの誕生日を忘れてしまったのだろうか。
そうかもしれない。
るりなみにとっては特別な誕生日でも、みんなにとっては、いつもと変わらない仕事や用事のある一日なのだ。
るりなみは、落ちこまないように、がんばって心を持ち上げながら、朝ごはんを口に運んだ。
でも、ふわふわのはずの料理も、ぱさぱさと感じられてなかなか食べきれない。
それでもなんとか朝食を食べ終えたるりなみが、うしろを振り向くと……。
枕の上に、透明のガラス瓶が置かれていた。
「え?」
いつのまに、現れたのだろう?
果実酒を入れるような、いつだったかるりなみが骨董品店でもらったような、ガラスの瓶。
その中には……精巧につくられた、小さな船の模型が入っていた。
船は、瓶の中に張られた水の上に浮かんで、いくつもの帆を広げている。
それから季節がいくつもめぐり、今日は王子るりなみの十一歳の誕生日。
冬の向こうから春が様子をうかがって、風は人々の思いや音楽を運んで吹いています。
新しい朝に目覚めたるりなみを、どんな冒険が待ち受けているのでしょう──。
* * *
るりなみは、白い朝の光の中、目を覚ました。
布団に顔をうずめたまま、それまで見ていた夢が遠のいていく中で、ああ、今日は誕生日だ……とるりなみは思い出した。
じわじわと嬉しさが湧いてくるのを感じながら、るりなみは布団の上に顔を出す。
天窓から差しこむ光が、いつもより一段と、白く澄んで、きらきらと弾けて見える。
るりなみの心に、昨晩のゆいりの言葉がよみがえった。
〝明日は、とっておきの一日になりますように……〟
おやすみなさいの挨拶の代わりに、ゆいりはそう言って、るりなみを抱きしめてくれたのだ。
思い出したるりなみは、うああ、と声をあげそうになりながら、ふるふると首を振ってごまかす。
昨日のことは、昨日のこと。
今日は、新しい、とっておきの一日が──。
だがそうやって、ベッドの上で心を弾ませていたるりなみのもとに朝の挨拶に来たのは、いつもの世話係のみつみではなかった。
おはようございます、とだけ言いながら、がらがらと朝ごはんを載せた台車を運びこんできたのは、あまり親しくない、顔を知っている程度の給仕係だった。
おとなしそうな給仕係の青年は、るりなみを見て静かに告げた。
「今日のゆいり様の授業は休みです」
「え、あ、はい……」
るりなみは首をかしげる。
年明けから忙しくしていたゆいりは、ここ数日になってやっと、一日にひとつかふたつの授業を受け持ってくれるようになっていた。
それが今日は休みだとは……るりなみの誕生日に合わせて、なにか特別なできごとが用意されているのだろうか?
だが給仕の青年は、静かに、感情をこめずに続けた。
「本日は他の授業も休みですので、自習をお願いする一日になります」
それでは、と礼をして、青年はすたすたと出ていった。
さんさんと降る白い光の中に、るりなみは朝食とともに残された。
ベッドの横に座って、るりなみは朝食の載った台車を引き寄せ、透明なふたのされた朝ごはんの皿を見つめる。
いつも、朝ごはんを食べるあいだは、みつみが隣にいて、今日の予定やら今週の予定やら、朝ごはんを食べるときの姿勢はどうとか、服の袖口が料理にかからないように気をつけてだとか、小うるさいくらいにしゃべっていてくれる。
るりなみは朝ごはんを見下ろし、手をつけようとしたのをやっぱりやめて、先に着替えをした。
鉢植えに水をやり、鏡の前で髪をとかしながら、自分の姿も、足もとについている影も、たしかめる。
だが、いつもは友達だと思える植物たちや自分の影に、声をかける力が湧かなかった。
声をかけても、彼らまで、答えてくれなかったら……。
湧いてくるそんな思いを、るりなみは首を振って押しこめる。
また、することがなくなって、るりなみは朝ごはんの前に座り、食べはじめた。
かちゃり、かちゃり……とふわふわの料理を切り分ける音だけが、やけに大きく部屋に響く。
どうしたんだろう、みんな……と、るりなみはぼんやり考える。
忙しいのだろうか。
るりなみの誕生日を忘れてしまったのだろうか。
そうかもしれない。
るりなみにとっては特別な誕生日でも、みんなにとっては、いつもと変わらない仕事や用事のある一日なのだ。
るりなみは、落ちこまないように、がんばって心を持ち上げながら、朝ごはんを口に運んだ。
でも、ふわふわのはずの料理も、ぱさぱさと感じられてなかなか食べきれない。
それでもなんとか朝食を食べ終えたるりなみが、うしろを振り向くと……。
枕の上に、透明のガラス瓶が置かれていた。
「え?」
いつのまに、現れたのだろう?
果実酒を入れるような、いつだったかるりなみが骨董品店でもらったような、ガラスの瓶。
その中には……精巧につくられた、小さな船の模型が入っていた。
船は、瓶の中に張られた水の上に浮かんで、いくつもの帆を広げている。
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