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第10話 時の訪問者
12 未来の彼方で
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るりなみとゆめづきは、ゆいりの部屋を、少しでも、と片付けていた。
時空の訪問者である小さなゆいりも、表向きには片付けているのだが、あれを手に取っては眺め、これを手にしては遊び……とさらに部屋を散らかす始末だ。
「で、あなたはいつ帰るのです?」
うんざりしたようにゆめづきが言うと、子どものゆいりはさらりと言った。
「もうちょっと見ていきたいな。こっちの大人のゆいりは、しばらく倒れてるんじゃないかと思うし」
「ええっ」
るりなみは声をあげ、思わず小さなゆいりに詰め寄る。
「ゆいりが倒れてるって、どういうこと!」
「僕の、別の時空からの魔力が流れこんで、魔力酔いを起こしているみたいで……」
「じゃあ、君がいるとゆいりは具合が悪いの? そのゆいりの魔力酔いって、どうなるの? ゆいりは大丈夫かな、ゆいりは今どうしてるんだろう……」
「ゆいり、ゆいりって、うるさいなぁ!」
小さなゆいりが、どん、とるりなみを突き放した。
「僕もゆいりだよ!」
「そっ、そうだけど……」
「君はゆいりにべったりみたいだけど、もうちょっとしっかりしろよ! 僕と同い年だろ? 守られて、甘やかされて、自分ではなんにも決められないふうな顔をして……君の立場にいたって、いろいろ自分で決めてできること、あるだろ?」
まくしたてられて、るりなみはあっけにとられた。
自分でも止められないうちに……涙があふれた。
そんなことを、誰かから言われたことなんてなかった。
そんなふうに、誰かから見られて、思われていたなんて。
そして、それを言ったのは、同い年のゆいりなのだ……。
「ゆっ、ゆいり……」
ついに泣き出してしまったるりなみに、そう名まえを呼ばれて、目の前の子どものゆいりが「な、なんだよ」とたじろいだ。
ゆめづきもはらはら見守っている。
「ゆっ、ゆいりぃ……!」
混乱を極めたるりなみは、暴言を吐いた当の相手である子どものゆいりの胸にしがみついて、わんわんと泣き出しそうになる。
そのとき、隠し部屋の入り口の星空のカーテンが、勢いよく開かれた。
現れたのは、大人のゆいりだった。
子どものゆいりが、るりなみに胸をつかまれたまま、はっと固まる。
いや──驚いて動けないのではなく、大人のゆいりに指さされて、動きを止められたのだった。
大人のゆいりがつかつかと隠し部屋の中に入り、子どもの自分やるりなみに近づいてくる。
だが子どものゆいりは、ぱっと両手を振り払って動きを取り戻し、るりなみを突き飛ばしながら逃げた。
「わっ」
「兄様!」
転げそうになったるりなみを、ゆめづきがすかさず支えてくれる。
子どものゆいりは部屋の隅まで引き下がり、両手でなにかの印を組んで、呪文を唱えはじめる。
その周りに、ぶわり、と闇色の渦がまいて、輝く小さな星々がめぐりはじめた。
その星の輝きが増していく……攻撃性の高い魔法であるのは明らかだった。
「やめたらどうです! 大人の自分に勝てるわけ……」
ゆめづきが叫んでたしなめる横を、大人のゆいりが、凶暴に弾ける星に臆することもなく、つかつかと子どものゆいりのもとへ歩いていく。
「安心しましたよ。そちらの先生のもとでも、貴重な魔術を学んでいるようで」
余裕に満ちた優しい声をかけながら、大人のゆいりが子どものゆいりを見下ろした。
その瞬間、子どものゆいりは──自分の周りの星を爆発させた。
花火のようにたくさんの星が弾け、すさまじい音がする。
だがその衝撃と風は、るりなみの周りを避けるようにして、通り過ぎていった。
まるで、光の卵に包まれているかのような安心感が、いつのまにか、るりなみを包んでいた。
大人のゆいりの魔法が、るりなみとゆめづきの周りに、見えない覆いをかけたようだった。
そのあたたかな夢心地のような覆いの外では、部屋が、思わず目をそらしたくなるほど、めちゃくちゃに荒れていた。
なおも新しい呪文を唱えようとする子どものゆいりに、爆発の煙の中から現れた大人のゆいりが、なにごともないように近寄って……。
こつん、とその頭に、優しくげんこつを落とした。
「なっ、なっ」
なんで呪文が発動しないのか、と焦っている様子の子どもの自分を、大人のゆいりはそのままかがみこんで、抱きしめた。
「危ないことばっかりして。もう、遊び足りましたか?」
ゆいりの腕の中で、過去の姿である子どものゆいりが……別の道を歩んでいる、本来のゆいりとは出会うはずのなかった十歳のゆいりが、銀色の光に包まれていく。
「るりなみ様とゆめづき様に、お別れの言葉はいりますか?」
大人のゆいりが、銀色の光に包みきった子どものゆいりを、静かに放して立たせた。
るりなみとゆめづきは、あっけにとられている。
その銀の光の向こうに、まぶしくて見えないほどの光の渦がまいていた。
「そんなのいらないよ」
その光の渦の向こうへ……時の彼方へ帰ることを受け入れて、そのまま向こうへ一歩を踏み出そうとした子どものゆいりが、最後にるりなみたちのほうを振り向いた。
「だって、どうせいつか会うんだから──未来でね」
「ゆいり……!」
るりなみは思わず、その子の名まえを呼んでいた。
最後まで泣きそうなるりなみと、微笑んでうなずくゆめづきを見て……その子は手を振ると、さっと身をひるがえして、銀の光の向こうへ……あっというまに消えてしまった。
* * *
時空の訪問者である小さなゆいりも、表向きには片付けているのだが、あれを手に取っては眺め、これを手にしては遊び……とさらに部屋を散らかす始末だ。
「で、あなたはいつ帰るのです?」
うんざりしたようにゆめづきが言うと、子どものゆいりはさらりと言った。
「もうちょっと見ていきたいな。こっちの大人のゆいりは、しばらく倒れてるんじゃないかと思うし」
「ええっ」
るりなみは声をあげ、思わず小さなゆいりに詰め寄る。
「ゆいりが倒れてるって、どういうこと!」
「僕の、別の時空からの魔力が流れこんで、魔力酔いを起こしているみたいで……」
「じゃあ、君がいるとゆいりは具合が悪いの? そのゆいりの魔力酔いって、どうなるの? ゆいりは大丈夫かな、ゆいりは今どうしてるんだろう……」
「ゆいり、ゆいりって、うるさいなぁ!」
小さなゆいりが、どん、とるりなみを突き放した。
「僕もゆいりだよ!」
「そっ、そうだけど……」
「君はゆいりにべったりみたいだけど、もうちょっとしっかりしろよ! 僕と同い年だろ? 守られて、甘やかされて、自分ではなんにも決められないふうな顔をして……君の立場にいたって、いろいろ自分で決めてできること、あるだろ?」
まくしたてられて、るりなみはあっけにとられた。
自分でも止められないうちに……涙があふれた。
そんなことを、誰かから言われたことなんてなかった。
そんなふうに、誰かから見られて、思われていたなんて。
そして、それを言ったのは、同い年のゆいりなのだ……。
「ゆっ、ゆいり……」
ついに泣き出してしまったるりなみに、そう名まえを呼ばれて、目の前の子どものゆいりが「な、なんだよ」とたじろいだ。
ゆめづきもはらはら見守っている。
「ゆっ、ゆいりぃ……!」
混乱を極めたるりなみは、暴言を吐いた当の相手である子どものゆいりの胸にしがみついて、わんわんと泣き出しそうになる。
そのとき、隠し部屋の入り口の星空のカーテンが、勢いよく開かれた。
現れたのは、大人のゆいりだった。
子どものゆいりが、るりなみに胸をつかまれたまま、はっと固まる。
いや──驚いて動けないのではなく、大人のゆいりに指さされて、動きを止められたのだった。
大人のゆいりがつかつかと隠し部屋の中に入り、子どもの自分やるりなみに近づいてくる。
だが子どものゆいりは、ぱっと両手を振り払って動きを取り戻し、るりなみを突き飛ばしながら逃げた。
「わっ」
「兄様!」
転げそうになったるりなみを、ゆめづきがすかさず支えてくれる。
子どものゆいりは部屋の隅まで引き下がり、両手でなにかの印を組んで、呪文を唱えはじめる。
その周りに、ぶわり、と闇色の渦がまいて、輝く小さな星々がめぐりはじめた。
その星の輝きが増していく……攻撃性の高い魔法であるのは明らかだった。
「やめたらどうです! 大人の自分に勝てるわけ……」
ゆめづきが叫んでたしなめる横を、大人のゆいりが、凶暴に弾ける星に臆することもなく、つかつかと子どものゆいりのもとへ歩いていく。
「安心しましたよ。そちらの先生のもとでも、貴重な魔術を学んでいるようで」
余裕に満ちた優しい声をかけながら、大人のゆいりが子どものゆいりを見下ろした。
その瞬間、子どものゆいりは──自分の周りの星を爆発させた。
花火のようにたくさんの星が弾け、すさまじい音がする。
だがその衝撃と風は、るりなみの周りを避けるようにして、通り過ぎていった。
まるで、光の卵に包まれているかのような安心感が、いつのまにか、るりなみを包んでいた。
大人のゆいりの魔法が、るりなみとゆめづきの周りに、見えない覆いをかけたようだった。
そのあたたかな夢心地のような覆いの外では、部屋が、思わず目をそらしたくなるほど、めちゃくちゃに荒れていた。
なおも新しい呪文を唱えようとする子どものゆいりに、爆発の煙の中から現れた大人のゆいりが、なにごともないように近寄って……。
こつん、とその頭に、優しくげんこつを落とした。
「なっ、なっ」
なんで呪文が発動しないのか、と焦っている様子の子どもの自分を、大人のゆいりはそのままかがみこんで、抱きしめた。
「危ないことばっかりして。もう、遊び足りましたか?」
ゆいりの腕の中で、過去の姿である子どものゆいりが……別の道を歩んでいる、本来のゆいりとは出会うはずのなかった十歳のゆいりが、銀色の光に包まれていく。
「るりなみ様とゆめづき様に、お別れの言葉はいりますか?」
大人のゆいりが、銀色の光に包みきった子どものゆいりを、静かに放して立たせた。
るりなみとゆめづきは、あっけにとられている。
その銀の光の向こうに、まぶしくて見えないほどの光の渦がまいていた。
「そんなのいらないよ」
その光の渦の向こうへ……時の彼方へ帰ることを受け入れて、そのまま向こうへ一歩を踏み出そうとした子どものゆいりが、最後にるりなみたちのほうを振り向いた。
「だって、どうせいつか会うんだから──未来でね」
「ゆいり……!」
るりなみは思わず、その子の名まえを呼んでいた。
最後まで泣きそうなるりなみと、微笑んでうなずくゆめづきを見て……その子は手を振ると、さっと身をひるがえして、銀の光の向こうへ……あっというまに消えてしまった。
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