87 / 126
第10話 時の訪問者
12 未来の彼方で
しおりを挟む
るりなみとゆめづきは、ゆいりの部屋を、少しでも、と片付けていた。
時空の訪問者である小さなゆいりも、表向きには片付けているのだが、あれを手に取っては眺め、これを手にしては遊び……とさらに部屋を散らかす始末だ。
「で、あなたはいつ帰るのです?」
うんざりしたようにゆめづきが言うと、子どものゆいりはさらりと言った。
「もうちょっと見ていきたいな。こっちの大人のゆいりは、しばらく倒れてるんじゃないかと思うし」
「ええっ」
るりなみは声をあげ、思わず小さなゆいりに詰め寄る。
「ゆいりが倒れてるって、どういうこと!」
「僕の、別の時空からの魔力が流れこんで、魔力酔いを起こしているみたいで……」
「じゃあ、君がいるとゆいりは具合が悪いの? そのゆいりの魔力酔いって、どうなるの? ゆいりは大丈夫かな、ゆいりは今どうしてるんだろう……」
「ゆいり、ゆいりって、うるさいなぁ!」
小さなゆいりが、どん、とるりなみを突き放した。
「僕もゆいりだよ!」
「そっ、そうだけど……」
「君はゆいりにべったりみたいだけど、もうちょっとしっかりしろよ! 僕と同い年だろ? 守られて、甘やかされて、自分ではなんにも決められないふうな顔をして……君の立場にいたって、いろいろ自分で決めてできること、あるだろ?」
まくしたてられて、るりなみはあっけにとられた。
自分でも止められないうちに……涙があふれた。
そんなことを、誰かから言われたことなんてなかった。
そんなふうに、誰かから見られて、思われていたなんて。
そして、それを言ったのは、同い年のゆいりなのだ……。
「ゆっ、ゆいり……」
ついに泣き出してしまったるりなみに、そう名まえを呼ばれて、目の前の子どものゆいりが「な、なんだよ」とたじろいだ。
ゆめづきもはらはら見守っている。
「ゆっ、ゆいりぃ……!」
混乱を極めたるりなみは、暴言を吐いた当の相手である子どものゆいりの胸にしがみついて、わんわんと泣き出しそうになる。
そのとき、隠し部屋の入り口の星空のカーテンが、勢いよく開かれた。
現れたのは、大人のゆいりだった。
子どものゆいりが、るりなみに胸をつかまれたまま、はっと固まる。
いや──驚いて動けないのではなく、大人のゆいりに指さされて、動きを止められたのだった。
大人のゆいりがつかつかと隠し部屋の中に入り、子どもの自分やるりなみに近づいてくる。
だが子どものゆいりは、ぱっと両手を振り払って動きを取り戻し、るりなみを突き飛ばしながら逃げた。
「わっ」
「兄様!」
転げそうになったるりなみを、ゆめづきがすかさず支えてくれる。
子どものゆいりは部屋の隅まで引き下がり、両手でなにかの印を組んで、呪文を唱えはじめる。
その周りに、ぶわり、と闇色の渦がまいて、輝く小さな星々がめぐりはじめた。
その星の輝きが増していく……攻撃性の高い魔法であるのは明らかだった。
「やめたらどうです! 大人の自分に勝てるわけ……」
ゆめづきが叫んでたしなめる横を、大人のゆいりが、凶暴に弾ける星に臆することもなく、つかつかと子どものゆいりのもとへ歩いていく。
「安心しましたよ。そちらの先生のもとでも、貴重な魔術を学んでいるようで」
余裕に満ちた優しい声をかけながら、大人のゆいりが子どものゆいりを見下ろした。
その瞬間、子どものゆいりは──自分の周りの星を爆発させた。
花火のようにたくさんの星が弾け、すさまじい音がする。
だがその衝撃と風は、るりなみの周りを避けるようにして、通り過ぎていった。
まるで、光の卵に包まれているかのような安心感が、いつのまにか、るりなみを包んでいた。
大人のゆいりの魔法が、るりなみとゆめづきの周りに、見えない覆いをかけたようだった。
そのあたたかな夢心地のような覆いの外では、部屋が、思わず目をそらしたくなるほど、めちゃくちゃに荒れていた。
なおも新しい呪文を唱えようとする子どものゆいりに、爆発の煙の中から現れた大人のゆいりが、なにごともないように近寄って……。
こつん、とその頭に、優しくげんこつを落とした。
「なっ、なっ」
なんで呪文が発動しないのか、と焦っている様子の子どもの自分を、大人のゆいりはそのままかがみこんで、抱きしめた。
「危ないことばっかりして。もう、遊び足りましたか?」
ゆいりの腕の中で、過去の姿である子どものゆいりが……別の道を歩んでいる、本来のゆいりとは出会うはずのなかった十歳のゆいりが、銀色の光に包まれていく。
「るりなみ様とゆめづき様に、お別れの言葉はいりますか?」
大人のゆいりが、銀色の光に包みきった子どものゆいりを、静かに放して立たせた。
るりなみとゆめづきは、あっけにとられている。
その銀の光の向こうに、まぶしくて見えないほどの光の渦がまいていた。
「そんなのいらないよ」
その光の渦の向こうへ……時の彼方へ帰ることを受け入れて、そのまま向こうへ一歩を踏み出そうとした子どものゆいりが、最後にるりなみたちのほうを振り向いた。
「だって、どうせいつか会うんだから──未来でね」
「ゆいり……!」
るりなみは思わず、その子の名まえを呼んでいた。
最後まで泣きそうなるりなみと、微笑んでうなずくゆめづきを見て……その子は手を振ると、さっと身をひるがえして、銀の光の向こうへ……あっというまに消えてしまった。
* * *
時空の訪問者である小さなゆいりも、表向きには片付けているのだが、あれを手に取っては眺め、これを手にしては遊び……とさらに部屋を散らかす始末だ。
「で、あなたはいつ帰るのです?」
うんざりしたようにゆめづきが言うと、子どものゆいりはさらりと言った。
「もうちょっと見ていきたいな。こっちの大人のゆいりは、しばらく倒れてるんじゃないかと思うし」
「ええっ」
るりなみは声をあげ、思わず小さなゆいりに詰め寄る。
「ゆいりが倒れてるって、どういうこと!」
「僕の、別の時空からの魔力が流れこんで、魔力酔いを起こしているみたいで……」
「じゃあ、君がいるとゆいりは具合が悪いの? そのゆいりの魔力酔いって、どうなるの? ゆいりは大丈夫かな、ゆいりは今どうしてるんだろう……」
「ゆいり、ゆいりって、うるさいなぁ!」
小さなゆいりが、どん、とるりなみを突き放した。
「僕もゆいりだよ!」
「そっ、そうだけど……」
「君はゆいりにべったりみたいだけど、もうちょっとしっかりしろよ! 僕と同い年だろ? 守られて、甘やかされて、自分ではなんにも決められないふうな顔をして……君の立場にいたって、いろいろ自分で決めてできること、あるだろ?」
まくしたてられて、るりなみはあっけにとられた。
自分でも止められないうちに……涙があふれた。
そんなことを、誰かから言われたことなんてなかった。
そんなふうに、誰かから見られて、思われていたなんて。
そして、それを言ったのは、同い年のゆいりなのだ……。
「ゆっ、ゆいり……」
ついに泣き出してしまったるりなみに、そう名まえを呼ばれて、目の前の子どものゆいりが「な、なんだよ」とたじろいだ。
ゆめづきもはらはら見守っている。
「ゆっ、ゆいりぃ……!」
混乱を極めたるりなみは、暴言を吐いた当の相手である子どものゆいりの胸にしがみついて、わんわんと泣き出しそうになる。
そのとき、隠し部屋の入り口の星空のカーテンが、勢いよく開かれた。
現れたのは、大人のゆいりだった。
子どものゆいりが、るりなみに胸をつかまれたまま、はっと固まる。
いや──驚いて動けないのではなく、大人のゆいりに指さされて、動きを止められたのだった。
大人のゆいりがつかつかと隠し部屋の中に入り、子どもの自分やるりなみに近づいてくる。
だが子どものゆいりは、ぱっと両手を振り払って動きを取り戻し、るりなみを突き飛ばしながら逃げた。
「わっ」
「兄様!」
転げそうになったるりなみを、ゆめづきがすかさず支えてくれる。
子どものゆいりは部屋の隅まで引き下がり、両手でなにかの印を組んで、呪文を唱えはじめる。
その周りに、ぶわり、と闇色の渦がまいて、輝く小さな星々がめぐりはじめた。
その星の輝きが増していく……攻撃性の高い魔法であるのは明らかだった。
「やめたらどうです! 大人の自分に勝てるわけ……」
ゆめづきが叫んでたしなめる横を、大人のゆいりが、凶暴に弾ける星に臆することもなく、つかつかと子どものゆいりのもとへ歩いていく。
「安心しましたよ。そちらの先生のもとでも、貴重な魔術を学んでいるようで」
余裕に満ちた優しい声をかけながら、大人のゆいりが子どものゆいりを見下ろした。
その瞬間、子どものゆいりは──自分の周りの星を爆発させた。
花火のようにたくさんの星が弾け、すさまじい音がする。
だがその衝撃と風は、るりなみの周りを避けるようにして、通り過ぎていった。
まるで、光の卵に包まれているかのような安心感が、いつのまにか、るりなみを包んでいた。
大人のゆいりの魔法が、るりなみとゆめづきの周りに、見えない覆いをかけたようだった。
そのあたたかな夢心地のような覆いの外では、部屋が、思わず目をそらしたくなるほど、めちゃくちゃに荒れていた。
なおも新しい呪文を唱えようとする子どものゆいりに、爆発の煙の中から現れた大人のゆいりが、なにごともないように近寄って……。
こつん、とその頭に、優しくげんこつを落とした。
「なっ、なっ」
なんで呪文が発動しないのか、と焦っている様子の子どもの自分を、大人のゆいりはそのままかがみこんで、抱きしめた。
「危ないことばっかりして。もう、遊び足りましたか?」
ゆいりの腕の中で、過去の姿である子どものゆいりが……別の道を歩んでいる、本来のゆいりとは出会うはずのなかった十歳のゆいりが、銀色の光に包まれていく。
「るりなみ様とゆめづき様に、お別れの言葉はいりますか?」
大人のゆいりが、銀色の光に包みきった子どものゆいりを、静かに放して立たせた。
るりなみとゆめづきは、あっけにとられている。
その銀の光の向こうに、まぶしくて見えないほどの光の渦がまいていた。
「そんなのいらないよ」
その光の渦の向こうへ……時の彼方へ帰ることを受け入れて、そのまま向こうへ一歩を踏み出そうとした子どものゆいりが、最後にるりなみたちのほうを振り向いた。
「だって、どうせいつか会うんだから──未来でね」
「ゆいり……!」
るりなみは思わず、その子の名まえを呼んでいた。
最後まで泣きそうなるりなみと、微笑んでうなずくゆめづきを見て……その子は手を振ると、さっと身をひるがえして、銀の光の向こうへ……あっというまに消えてしまった。
* * *
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる