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第10話 時の訪問者

10 君に会いに

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 そこまで聞いたるりなみは、首をかしげた。

「ええと、つまり……この時代じだいにいる僕の先生のゆいりは、ここにうつってるみたいに、魔術まじゅつみやこ修行しゅぎょうをしたんだよね? でも君は、そうじゃない道を選んでいるってことは……」
「あなたは、この時空じくうのゆいりさんの過去かこからやってきたわけではないのですね?」

 ゆめづきが、るりなみの言いたかったことを、ぴしゃりときつけるように言った。

 なぞ乱入らんにゅうしゃである子どものゆいりは、「そういうこと」とうなずいて、目をせてかみをなでるようなしぐさをした。

「自分の選んだ世界、自分がいる世界の未来は、よく見えるんだけどさ。自分が選ばなかったほうの世界で自分がどうしているかは、未来みらいではよくわからなかった。だから、時空じくうをななめに突っ切って、この未来にやってきてみたわけ」

 その話を聞き、るりなみはあれ、と内心ないしんで首をかしげる……なにかが疑問ぎもんとして引っかかるが、すぐにはその形がわからない。

 一方で、ゆめづきはまたもあきてたようだった。

「本当にあなた、時空をねじまげてやってきたのですね」
「ねじまげられたのは、ひめが時計でいたずらをなさったおかげですけどね」
「あなたのほうこそ、とんでもないいたずらなんじゃない? どうするんです、このゆいりさんの部屋」

 らされた部屋をゆびさすゆめづきと言い合う子どものゆいりに、るりなみはおずおずと問いかけた。

「あの、わからないことがあるんだけど……この世界は君にとって、選ばなかったほうの道の未来のはずでしょう? さっき、選ばなかったほうの未来はよく見えないって言っていたけど……どうして今日、この場所にやってきたの? ゆめづきの時計の力は、時空の中で、そんなにはっきりしていたの?」

 子どものゆいりは、はじめて感心かんしんしたような顔になり、るりなみに近づいて目をのぞきこんできた。

「頭がまわるじゃないか、王子様!」
「こ、答えてよ」

 目の前のゆいりが……ふっと、その星空ほしぞらのような目を細めて微笑ほほえんだ。

「君に会いに来たんだよ」
「え?」

 それから、また目をせてかみをなでるしぐさをしながら、その子は言った。

「実はね。森での修行しゅぎょうか、魔術まじゅつみやこでの修行か。どちらの道を選んでも、僕の将来しょうらいは、王宮おうきゅうのあめかみのもとにもどって宮廷きゅうてい魔術師まじゅつしになる……って見えていたんだ。今のこの僕も、それを一番にのぞんでいるわけだしね」

 るりなみは、はっとしながら、ふしぎな気持ちになった。

 日々、るりなみが顔を合わせている、宮廷魔術師になった大人のゆいり。
 その姿はるりなみにとっては当たり前のものだが、この目の前の、過去だかべつの時空だかからやってきたこの子にとっては、遠い遠い将来のものなのだ。

 そんな遠い先のことまでを、はっきりと望んで、意図いとして、そのとおりに生きていけると確信かくしんして、人生をあゆんでいるこの子……。

 大人になった自分の想像そうぞうもつかないるりなみとは、なにもかもがちがう。

「それでさ」

 ぎゅ、とるりなみの片頬かたほほがつかまれた。
 ぎゃ、と声をあげそうになる。

 子どものゆいりが、からかい半分につねったのだった。
 全然ぜんぜんやさしくない力で、乱暴らんぼうにるりなみのほほばしながら、楽しそうにその子は言った。

「その宮廷魔術師になった未来でさ。どうあっても、なんでかわかんないけど、僕はるりなみっていう子どもにつかえている……っていう未来が見えるんだ。そんなの、気になるだろ? そのるりなみはどんなやつか、って見に来たんだよ」
「え……」
「こんなけたお子様だとは思わなかったなぁ。この僕が教えているのに」

 なんと言い返せばいいのか、と思うるりなみのとなりで、くすくす……とゆめづきが笑い出した。

「本当に、あなたはゆいりなんですね。納得なっとくしました」
「なんでですか、姫」
「だって、こんなにるりなみ兄様にいさまのことが好きだなんて……」
「どうしてそうなるんですか、姫!」

 くすくすと笑い続けるゆめづきと言い合いながら、るりなみの頬をつねり続ける小さなゆいり……やっぱりこの子があのゆいりだなんて、僕にはわからない、とるりなみは泣きたくなるのをこらえていた。


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