ユイユメ国ゆめがたり【完結】

第10話 時の訪問者

９ 思い出の小部屋

　その部屋には、ゆいりが昔から持っているもの……子どもの頃ころの思い出の品、と思われるものたちが置おかれていた。

　立てかけられたおもちゃの弓ゆみ矢や、何冊なんさつかの絵本、こまごまとしたガラス玉や瓶びん詰づめ、作りあげられたお城の模型もけい、小さめの楽器がっきと何度もめくられて古びた楽譜がくふ。
　それから、表おもての部屋にあるむずかしそうな本とは違う、るりなみにも題名だいめいが読める魔術まじゅつの教科書きょうかしょの山……。

　るりなみは思わず、それらを手にしていた昔のゆいりを思い浮うかべた。

　その想像そうぞうの中での子ども時代じだいのゆいりは、るりなみが知っているような優やさしい笑みを浮かべ、他ほかの男の子に珍めずらしがられるほどおしとやかで……目の前で、この部屋をも荒あらしにかかろうとしている乱らん入にゅう者しゃの「ゆいり」とは似にても似つかない。

　そう思ううちにも、この時空じくうへの来訪らいほう者しゃであるほうのゆいりは、我わが物もの顔がおで部屋の奥おくへまで踏ふみ入いり、そっと床ゆかに積つまれていた、何冊かの分ぶ厚あつい本を手に取った。

　それは、色あせた写真しゃしんがたくさん挟はさまれたアルバムだった。

「ゆいりの、写真……！」
「これがこっちの世界か」

　しみじみとつぶやきながらページをめくる子どものゆいりのうしろに、るりなみは声をあげながら回りこみ、写真をのぞく。
　ゆめづきも興味きょうみ津々しんしんの様子でやってきた。

　淡あわく色あせて、遠のいて見えるような写真の奥に、見慣なれた屋上おくじょう庭園ていえんや、渡わたり廊下ろうかが写うつされていた。
　そこに、今ここにいる子どものゆいりより、さらに少し幼おさない、黒いおかっぱ髪がみのゆいりが……年上の少年と写っている。

　その年上の少年は、るりなみの父の国王あめかみだと、すぐにわかった。

　あめかみはどの写真でも、ずいぶんとやんちゃそうな笑顔だ。
　ゆいりのほうは、写真が苦手なのか、恥はずかしそうに顔を少しそむけているものも多い。

　めくっていくと、やがて王宮の写真はなくなり……るりなみが見たことのない、高層こうそうの建物たてものが立ち並ならぶ都市としでの写真があらわれた。

　その都市で写された十歳ほどのゆいりは、濃紺のうこんのマントに身みを包つつみ、冷さめた目で、口もとだけで笑っている。
　楽しそうには見えないが、今の大人のゆいりが持っている、堂々どうどうとした魔術師まじゅつしとしての自信のようなものが見え隠かくれしていた。

　そのマント姿すがたのゆいりが、都市の広場ひろばで、お祭りの会場かいじょうで、水や風を使ったサーカスをするように魔法を実演じつえんしている様子も、写真におさめられていた。

「こんな道もあったんだな……」
「あなたの見たかったものとは、このアルバムなのですか？」

　写真に見入っている子どものゆいりに、ゆめづきが問いかける。
　そのゆいりは「そうだよ」とうなずいた。

「今の僕は、深い森の奥で、引退いんたいした宮廷きゅうてい魔術師まじゅつしの師匠ししょうの家に住みこんで、魔法を極きわめてるわけだけど……魔法を学ぶにあたっては、別の道もあったんだ。ここに写っている、魔術まじゅつと音楽おんがくの都みやこと呼ばれる場所で学ぶ、という選択せんたく肢しもね」
「魔術と音楽の都……」

　るりなみは、そういう二ふたつ名なを持つ都市が、この王都おうとから山々をへだてた場所にある……という知識を思い出した。
　地理ちりの授業じゅぎょうで、ゆいりが教えてくれたことだ。

　子どものほうのゆいりが、続つづけて言った。

「森の奥で、すごい魔法使いに弟子でし入いりして、じっくり魔法を学ぶか。あるいは、魔術の都で、作曲さっきょく家かのじいさんのもとで暮くらしながら、学院がくいんに通かよったり、こうやってお祭りで術じゅつを競きそったりして、魔法を上達じょうたつさせていくか。僕は八歳のときに、ひとつ目の道を選んだんだ」

　るりなみの隣となりで、ゆめづきもごくりとつばを呑のみながら、真剣しんけんに聞いている。

「ひとつ目の道……森の奥での修行しゅぎょうを選んで、僕は後悔こうかいしてない。けど、気になってね」

　子どものゆいりは、その手に広げたアルバムの、都市での写真が貼はられたページを、何度かめくり返した。

「もしもきらびやかな魔術まじゅつ都市としに行ってたら、自分はどうなってたんだろう、って。飛翔ひしょうしていくのか、堕落だらくしていくのか……」