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第10話 時の訪問者

8 その奥の秘密の

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 ゆいりは、屋上おくじょう庭園ていえん沿いのわた廊下ろうかを、自分の部屋のある東のとうへ向けて歩いていた。

 昨日きのう一日いちにちつづいた雪はやみ、白銀はくぎんの庭園をきらきらとらしている。

 連日れんじついそがしさのあいまに見る、そういった日々の景色けしきは、心にゆとりをもたらしてくれる……けれども、今はその景色を楽しむどころではなかった。

 ゆいりは調子をくずして、宮廷きゅうてい魔術師まじゅつしたちの会議かいぎけ出してきたのだった。

 たんに、体の具合ぐあいが悪い、というものではない。

 どこがいたい、つかれがたまった、なにかの病気のようだ、というわけではなく……いつも体をめぐらせてととのえている魔力まりょくの具合が、がくん、と変わったのだ。

 たとえるなら、ふないに近い状態じょうたいになって、ゆいりは会議を退出たいしゅつした。

 理由は、わからない。
 いや、いろいろなことが感知かんちされ、それらがあまりに複雑ふくざつなので、真相しんそうがつかめない。

 ふらふらとして、視界しかいれる。
 歩いている廊下は、いつもよりずっと長く感じられ、無限むげんつづいているかのようで……。

「あっ、ゆいり様! おもどりですか?」

 ななめ向こうの庭園から、そんな明るい声がして、ぱたぱたとやってくる人影ひとかげが見えた。
 それはほうきとはたきを持った、給仕きゅうじちょうのみつみだった。

 ゆいりは彼女を同僚どうりょうだと思っているが、みつみのほうは一方いっぽうてきに、ゆいりを「ゆいり様」と呼ぶ。
 そんなふうに呼んでもらう必要ひつようはないのにな……と、ゆいりはぼんやり思いながら口をひらいた。

「みつみ、さん……」

 名まえを口にしながら、ふらり、と体がかしぐ。

「きゃ、ゆいり様!」

 みつみがってくるのを見ながら、ゆいりはもうろうとする意識いしきのまま、その場にくずれ落ちていた。


   *   *   *


 るりなみははらはらしていた。

 子どものゆいりは、なんの遠慮えんりょもなく、ゆいりの部屋を探索たんさくしていく。
 たなのガラスけ、かごをおおっていた布を引っぺがし、丁寧ていねいならべられた本をかたぱしから手に取ってひらいていく。

 泥棒どろぼうをするわけではない、と言っていたが、その行動こうどうは部屋をらしているようにしか見えない。
 子どものゆいりは、ここは正真しょうしん正銘しょうめい、自分の部屋だ、と思っているようだった。

「あっ、ここ、うらがある」

 そう声をあげて、子どものゆいりは、がらがらがら、と本棚ほんだなを横にすべらせた。

 その奥にも本棚があり、星座せいざ惑星わくせい軌道きどうえがいたがらのカーテンが引かれていた。

 濃紺のうこんのカーテンを、子どものゆいりはむぞうさに引きける。

「あ……っ」

 うしろで様子をうかがっていたるりなみとゆめづきは、同時に声をあげた。

 奥の本棚かと思われたみは、とびらわくであり、その向こうには小さなかく部屋べやが続いていた。
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