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第10話 時の訪問者
5 王女の冒険心
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小さなゆいりは、また冷めたような顔になった。
「それね。この時空の、大人の僕……大人のゆいりの部屋に行きたいんだよね」
「あなたさっき、大人のゆいりさんに見つかるわけにはいかない、って言ったばかりですよね?」
すかさずゆめづきが言うと、子どものゆいりは軽くうなずく。
「もちろん。さすがは大人の僕で、この時空のゆいりの部屋には、結界やら探知器やら……魔術で忍び込むことはできないんだよ。だから正面から歩いていって、忍び込むしかないわけ」
はぁ、とるりなみは止める言葉もかけられずに聞いている。
るりなみだって、先生であるゆいりの部屋に忍び込んだことなどない。
ゆいりに会うために訪ねたことは数えきれないほどあるし、その部屋でいっしょにおやつを食べたことも、本を見せてもらったこともある。
けれど、部屋の奥までは入ったことはないし、ゆいりの持ち物を細かくたしかめたことがあるわけでもない。
他の子が、ゆいりの部屋に忍び込みたい、と言ったら、るりなみは迷わずに止めるだろう。
しかし今、目の前にいるこの子は、考えようによっては、ゆいり本人なのだとしたら……?
るりなみが考えるうちにも、子どものゆいりは、るりなみとゆめづきを交互に見て、にかっと笑った。
「それで、この時空をよく知る君たちに、ゆいりの部屋に忍び込むのに協力してもらう必要があるってわけ」
「え……?」
どうしてそうなるの、とるりなみが聞き返そうとするうちに、子どものゆいりは笑顔のまま言った。
「別に泥棒するわけじゃないし。それが終わったら、帰るからさ」
るりなみの隣で、ゆめづきは呆れ果てたという顔をしていた。
「あなた、本当にいい性格をしているのですね」
「おほめにあずかり光栄です、姫」
子どものゆいりは、ゆめづきにかしこまった礼をしてみせる。
それは見よう見まねのようで、全然ちゃんとした礼にはなっていなかった。
この子が大きくなって、あの物腰の柔らかな、非の打ちどころのない礼をする大人のゆいりになるとは思えない……。
忍び込んだこの子を見つけた大人のゆいりは、どうするだろう?
だが、るりなみがいろいろなことを考えこむうちに、ゆめづきの声がした。
「いいでしょう」
きっぱりとした声だった。
「やりましょう。ゆいりさんの部屋に、あなたを密かに案内すればいいのね?」
「ゆ、ゆめづき……!」
おろおろと呼びかけるるりなみに、ゆめづきははっきりと言った。
「この方は、どこの時空からやってきたのであろうと、この王宮のお客なのだから。兄様と私とで、彼の気の済むまで、案内してさしあげましょう?」
だめだよ、だってゆいりはなんて言うのかな……と、るりなみは言えなかった。
ゆめづきの堂々とした態度は、彼女が将来この国の王様になるのだ、と感じさせ、まぶしかった。
対する自分はいつまでも、教育係のゆいりに守られ、ゆいりがなにを言うかばかり気にしている子どもなのだ……と感じて、るりなみはうつむいてしまう。
だがそのるりなみの肩に、ぽん、とゆめづきの手がのせられた。
かわいらしく笑ったゆめづきが、るりなみの顔をのぞきこむ。
「だって、その冒険、面白そうだと思いません?」
るりなみは目をぱちぱちとさせる。
「ゆいりさんの秘密がわかる、またとない機会かもしれませんよ」
「ゆいりの秘密なんて、知っちゃだめだよ、ゆいりが秘密にしているなら……っ」
とっさに言ったるりなみに、そのゆいりの子ども時代だという彼がとどめをさした。
「じゃあ、王子様は置いていこう。僕は姫に案内してもらうから。ね?」
「ぼ、僕も行く……!」
「そうこなくっちゃ!」
子どものゆいりは、ぱっとるりなみの手を取って、上下にぶんぶんと振った。
握手のつもりなのだろうか。
その手がなぜか〝本物のゆいり〟と同じようにあたたかくて、るりなみはまた泣きそうになってしまうのだった。
* * *
「それね。この時空の、大人の僕……大人のゆいりの部屋に行きたいんだよね」
「あなたさっき、大人のゆいりさんに見つかるわけにはいかない、って言ったばかりですよね?」
すかさずゆめづきが言うと、子どものゆいりは軽くうなずく。
「もちろん。さすがは大人の僕で、この時空のゆいりの部屋には、結界やら探知器やら……魔術で忍び込むことはできないんだよ。だから正面から歩いていって、忍び込むしかないわけ」
はぁ、とるりなみは止める言葉もかけられずに聞いている。
るりなみだって、先生であるゆいりの部屋に忍び込んだことなどない。
ゆいりに会うために訪ねたことは数えきれないほどあるし、その部屋でいっしょにおやつを食べたことも、本を見せてもらったこともある。
けれど、部屋の奥までは入ったことはないし、ゆいりの持ち物を細かくたしかめたことがあるわけでもない。
他の子が、ゆいりの部屋に忍び込みたい、と言ったら、るりなみは迷わずに止めるだろう。
しかし今、目の前にいるこの子は、考えようによっては、ゆいり本人なのだとしたら……?
るりなみが考えるうちにも、子どものゆいりは、るりなみとゆめづきを交互に見て、にかっと笑った。
「それで、この時空をよく知る君たちに、ゆいりの部屋に忍び込むのに協力してもらう必要があるってわけ」
「え……?」
どうしてそうなるの、とるりなみが聞き返そうとするうちに、子どものゆいりは笑顔のまま言った。
「別に泥棒するわけじゃないし。それが終わったら、帰るからさ」
るりなみの隣で、ゆめづきは呆れ果てたという顔をしていた。
「あなた、本当にいい性格をしているのですね」
「おほめにあずかり光栄です、姫」
子どものゆいりは、ゆめづきにかしこまった礼をしてみせる。
それは見よう見まねのようで、全然ちゃんとした礼にはなっていなかった。
この子が大きくなって、あの物腰の柔らかな、非の打ちどころのない礼をする大人のゆいりになるとは思えない……。
忍び込んだこの子を見つけた大人のゆいりは、どうするだろう?
だが、るりなみがいろいろなことを考えこむうちに、ゆめづきの声がした。
「いいでしょう」
きっぱりとした声だった。
「やりましょう。ゆいりさんの部屋に、あなたを密かに案内すればいいのね?」
「ゆ、ゆめづき……!」
おろおろと呼びかけるるりなみに、ゆめづきははっきりと言った。
「この方は、どこの時空からやってきたのであろうと、この王宮のお客なのだから。兄様と私とで、彼の気の済むまで、案内してさしあげましょう?」
だめだよ、だってゆいりはなんて言うのかな……と、るりなみは言えなかった。
ゆめづきの堂々とした態度は、彼女が将来この国の王様になるのだ、と感じさせ、まぶしかった。
対する自分はいつまでも、教育係のゆいりに守られ、ゆいりがなにを言うかばかり気にしている子どもなのだ……と感じて、るりなみはうつむいてしまう。
だがそのるりなみの肩に、ぽん、とゆめづきの手がのせられた。
かわいらしく笑ったゆめづきが、るりなみの顔をのぞきこむ。
「だって、その冒険、面白そうだと思いません?」
るりなみは目をぱちぱちとさせる。
「ゆいりさんの秘密がわかる、またとない機会かもしれませんよ」
「ゆいりの秘密なんて、知っちゃだめだよ、ゆいりが秘密にしているなら……っ」
とっさに言ったるりなみに、そのゆいりの子ども時代だという彼がとどめをさした。
「じゃあ、王子様は置いていこう。僕は姫に案内してもらうから。ね?」
「ぼ、僕も行く……!」
「そうこなくっちゃ!」
子どものゆいりは、ぱっとるりなみの手を取って、上下にぶんぶんと振った。
握手のつもりなのだろうか。
その手がなぜか〝本物のゆいり〟と同じようにあたたかくて、るりなみはまた泣きそうになってしまうのだった。
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