78 / 126
第10話 時の訪問者
3 魔術師の手の中で
しおりを挟む
るりなみがぽかんとして、今はベッドの上にあぐらをかいたその子と向き合っていると、かちゃりと部屋の扉が開けられ、軽やかな声が飛びこんできた。
「兄様! おはようございま……」
部屋をのぞきこんできたのは、王女ゆめづきだった。
植物に追い回された大変な一日から、一夜が明けて。
朝一番でるりなみの様子を見にきたらしいゆめづきは……再び植物があふれかえるベッドの上で、謎の子どもと向き合うるりなみを見て、凍りついたように言葉を失った。
部屋に、沈黙が落ちる。三人がそれぞれに視線を交わす。
「ちょ、ちょっと、なにがあったんですか! この植物たちは、昨日ゆいりさんが片付けてくださったのでは……!」
「ああ、そうなんだね。じゃあ今日も片付けてあげるよ」
子ども時代のゆいりである、と名乗ったその子は、ベッドの上で立ち上がり、すたすたと二、三歩植物に近づいて、うねるように動いていたつるを、ぱしっとつかんだ。
そのまま、縄を引き寄せるようにぐっと引っ張る。
すると植物は、しゅるしゅるとすごい勢いで、その子の手におさまっていった。
縄が丸くまとめられていくように、ベッドの下にまであふれていた植物が巻き取られていく。
つるや葉がすっかり片付いて、最後に、その子が出てきた巨大な花だけが、るりなみの見あげる上に残った。
その花の割れた核の奥には、よく見ると、闇色の渦のようなものが口を開けている。
「わ、わ……っ」
「下がってて」
ベッドの上を軽々と歩いてきたその子は、るりなみにそう言いながら、巻き取った植物を、ぽい、と花の奥の渦に放りこんだ。
それから花に手を伸ばし、花びらを折りたたむようにすると──花はみるまに縮んでいって、最後に小さなひとつの種になってしまった。
宙に跳びあがったその種を、その子はぱしっと手につかむ。
ほんのわずかなあいだに、見事な手さばきで、部屋の植物は片付けられてしまった。
るりなみとゆめづきがあっけにとられていると、その子はそのままベッドを飛び降りて、ゆめづきに近づいていった。
「あんた、それ、出して」
「な、なに。なんですか」
あとずさるゆめづきを追って、その子はゆめづきの胸のすぐ前に、指をつきだした。
「その服の中にさげてるやつ」
ゆめづきはしばらく目の前の失礼な少年をにらんでいたが、やがて、なにも言わずにしまいこんでいた懐中時計を取り出して、首からさげていた鎖も外した。
時計を手渡された少年は、さらにゆめづきの服のすそを指さした。
「そのポケットの中のも」
「……お見通しなのですね」
ゆめづきはすそのポケットから時計のねじを取り出すと、少年の手の上にのせた。
昨日の騒ぎの中で、植物の成長を巻き戻そうとしたときに取れてしまったものだ。
子ども時代のゆいりを名乗る少年は、冷めた目のまま、慎重な手つきで時計を裏返したり、盤面の上で揺れている針に顔を近づけたりと観察した。
「まったく、危ないものだなぁ」
そうつぶやいたかと思うと、少年はくるくると、なんの変哲もないねじをまくようにして、ゆめづきの時計にねじを付け直してしまった。
固い表情で少年を見つめていたゆめづきの目が、はじめて輝いた。
「あなたは、何者ですか?」
「修行中の魔術師ですけど。名まえは、ゆいりだよ」
「ゆいり、さん……?」
時計を受け取りながら、ゆめづきは改めて少年をしげしげと見て、るりなみのほうへ顔を向けた。
「兄様、ゆいりさんは、頭を打って子どもの姿になってしまったのですか?」
「いや、そういうわけではなくて……」
るりなみが説明に迷ううちに、子どものゆいりが言った。
「この時代の大人のゆいりは、ちゃんと別にいるよ。君たちにとってはその人が〝本物のゆいり〟って言えるのかな。僕のほうは、別の時空から時をななめに飛び越えてきた、乱入者ってところだよ」
ゆめづきが目をまたたいた。
「時を越えてやってきた、子ども時代のゆいりさん、ということですか?」
「まぁ、そういうことだけど」
乱入者のゆいりは、るりなみを横目でちらりと見て言う。
「ちなみに、たとえひどく頭を打っても、そこの王子様よりは頭が回ってる自信あるよ」
るりなみは目を見開いて口をぱくぱくさせるだけで、言い返すことができない。
こんなふうに理不尽な暴言を浴びたことも、とっさに言い返した経験もない。
どうして子ども時代のゆいりが、あの悪夢のような植物の中からここにやってきて、自分にひどいことばかり言うのか、まったくわけがわからなかった。
そして目の前の黒髪の子が、あの大好きなゆいりの子どもの頃のその人なのだと……姿だけならまだしも、その言動や性格を見てしまった今、どうしても納得することはできなかった。
* * *
「兄様! おはようございま……」
部屋をのぞきこんできたのは、王女ゆめづきだった。
植物に追い回された大変な一日から、一夜が明けて。
朝一番でるりなみの様子を見にきたらしいゆめづきは……再び植物があふれかえるベッドの上で、謎の子どもと向き合うるりなみを見て、凍りついたように言葉を失った。
部屋に、沈黙が落ちる。三人がそれぞれに視線を交わす。
「ちょ、ちょっと、なにがあったんですか! この植物たちは、昨日ゆいりさんが片付けてくださったのでは……!」
「ああ、そうなんだね。じゃあ今日も片付けてあげるよ」
子ども時代のゆいりである、と名乗ったその子は、ベッドの上で立ち上がり、すたすたと二、三歩植物に近づいて、うねるように動いていたつるを、ぱしっとつかんだ。
そのまま、縄を引き寄せるようにぐっと引っ張る。
すると植物は、しゅるしゅるとすごい勢いで、その子の手におさまっていった。
縄が丸くまとめられていくように、ベッドの下にまであふれていた植物が巻き取られていく。
つるや葉がすっかり片付いて、最後に、その子が出てきた巨大な花だけが、るりなみの見あげる上に残った。
その花の割れた核の奥には、よく見ると、闇色の渦のようなものが口を開けている。
「わ、わ……っ」
「下がってて」
ベッドの上を軽々と歩いてきたその子は、るりなみにそう言いながら、巻き取った植物を、ぽい、と花の奥の渦に放りこんだ。
それから花に手を伸ばし、花びらを折りたたむようにすると──花はみるまに縮んでいって、最後に小さなひとつの種になってしまった。
宙に跳びあがったその種を、その子はぱしっと手につかむ。
ほんのわずかなあいだに、見事な手さばきで、部屋の植物は片付けられてしまった。
るりなみとゆめづきがあっけにとられていると、その子はそのままベッドを飛び降りて、ゆめづきに近づいていった。
「あんた、それ、出して」
「な、なに。なんですか」
あとずさるゆめづきを追って、その子はゆめづきの胸のすぐ前に、指をつきだした。
「その服の中にさげてるやつ」
ゆめづきはしばらく目の前の失礼な少年をにらんでいたが、やがて、なにも言わずにしまいこんでいた懐中時計を取り出して、首からさげていた鎖も外した。
時計を手渡された少年は、さらにゆめづきの服のすそを指さした。
「そのポケットの中のも」
「……お見通しなのですね」
ゆめづきはすそのポケットから時計のねじを取り出すと、少年の手の上にのせた。
昨日の騒ぎの中で、植物の成長を巻き戻そうとしたときに取れてしまったものだ。
子ども時代のゆいりを名乗る少年は、冷めた目のまま、慎重な手つきで時計を裏返したり、盤面の上で揺れている針に顔を近づけたりと観察した。
「まったく、危ないものだなぁ」
そうつぶやいたかと思うと、少年はくるくると、なんの変哲もないねじをまくようにして、ゆめづきの時計にねじを付け直してしまった。
固い表情で少年を見つめていたゆめづきの目が、はじめて輝いた。
「あなたは、何者ですか?」
「修行中の魔術師ですけど。名まえは、ゆいりだよ」
「ゆいり、さん……?」
時計を受け取りながら、ゆめづきは改めて少年をしげしげと見て、るりなみのほうへ顔を向けた。
「兄様、ゆいりさんは、頭を打って子どもの姿になってしまったのですか?」
「いや、そういうわけではなくて……」
るりなみが説明に迷ううちに、子どものゆいりが言った。
「この時代の大人のゆいりは、ちゃんと別にいるよ。君たちにとってはその人が〝本物のゆいり〟って言えるのかな。僕のほうは、別の時空から時をななめに飛び越えてきた、乱入者ってところだよ」
ゆめづきが目をまたたいた。
「時を越えてやってきた、子ども時代のゆいりさん、ということですか?」
「まぁ、そういうことだけど」
乱入者のゆいりは、るりなみを横目でちらりと見て言う。
「ちなみに、たとえひどく頭を打っても、そこの王子様よりは頭が回ってる自信あるよ」
るりなみは目を見開いて口をぱくぱくさせるだけで、言い返すことができない。
こんなふうに理不尽な暴言を浴びたことも、とっさに言い返した経験もない。
どうして子ども時代のゆいりが、あの悪夢のような植物の中からここにやってきて、自分にひどいことばかり言うのか、まったくわけがわからなかった。
そして目の前の黒髪の子が、あの大好きなゆいりの子どもの頃のその人なのだと……姿だけならまだしも、その言動や性格を見てしまった今、どうしても納得することはできなかった。
* * *
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
こおにの手紙
箕面四季
児童書・童話
ひげもじゃかみさまへ
おげんきですか?
いま、みえちゃんという
とっても かわいい おんなのこが おまいりに きています。
みえちゃんは おんなのあかちゃんが ほしいのです。
だから、はやく かえってきて、おねがいごとを かなえてください。
こおに
精霊の国の勇者ハルト
マナシロカナタ✨ラノベ作家✨子犬を助けた
児童書・童話
「小さな子供にも安心して読ませられる優しい冒険譚」を一番のテーマに書きました。
---------
ボク――加瀬大翔(かぜ・はると)は小学5年生。
転校した今の学校になじめなかったボクは、今日も図書室で一人で本を読んでいた。
すると突然本が光りだして、気が付いたら精霊の国『桃源郷』にいたんだ。
「勇者さま、精霊の国にようこそ。わたしはあなたを勇者召喚した、精霊の姫・セフィロトと申します」
そんなセフィロト姫・セフィのお願いで。
この日――ボクは精霊の国を救う勇者になった。
絵本・児童書大賞に参加しています、応援よろしくお願い致します(ぺこり
隣の席の湊くんは占い師!
壱
児童書・童話
隣の席の宮本くんは、前髪が長くて表情のよく分からない、物静かで読書ばかりしている男の子だ。ある日、宮本くんの落とし物を拾ってあげたら、お礼に占いをしてもらっちゃった!聞くと、宮本くんは占いができてイベントにも参加してるみたいで…。イベントにお手伝いについていってみることにした結芽は、そこで宮本くんの素顔を見ちゃうことに…!?
化石の鳴き声
崎田毅駿
児童書・童話
小学四年生の純子は、転校して来てまだ間がない。友達たくさんできる前に夏休みに突入し、少し退屈気味。登校日に久しぶりに会えた友達と遊んだあと、帰る途中、クラスの男子数人が何か夢中になっているのを見掛け、気になった。好奇心に負けて覗いてみると、彼らは化石を探しているという。前から化石に興味のあった純子は、男子達と一緒に探すようになる。長い夏休みの楽しみができた、と思ったら、いつの間にか事件に巻き込まれることに!?
児童小説をどうぞ
小木田十(おぎたみつる)
児童書・童話
児童小説のコーナーです。大人も楽しめるよ。 / 小木田十(おぎたみつる)フリーライター。映画ノベライズ『ALWAIS 続・三丁目の夕日 完全ノベライズ版』『小説 土竜の唄』『小説 土竜の唄 チャイニーズマフィア編』『闇金ウシジマくん』などを担当。2023年、掌編『限界集落の引きこもり』で第4回引きこもり文学大賞 三席入選。2024年、掌編『鳥もつ煮』で山梨日日新聞新春文芸 一席入選(元旦紙面に掲載)。
【シーズン2完】おしゃれに変身!って聞いてたんですけど……これってコウモリ女ですよね?
ginrin3go/〆野々青魚
児童書・童話
「どうしてこんな事になっちゃったの!?」
陰キャで地味な服ばかり着ているメカクレ中学生の月澄佳穂(つきすみかほ)。彼女は、祖母から出された無理難題「おしゃれしなさい」をなんとかするため、中身も読まずにある契約書にサインをしてしまう。
それは、鳥や動物の能力持っている者たちの鬼ごっこ『イソップ・ハント』の契約書だった!
夜毎、コウモリ女に変身し『ハント』を逃げるハメになった佳穂。そのたった一人の逃亡者・佳穂に協力する男子が現れる――
横浜の夜に繰り広げられるバトルファンタジー!
【シーズン2完了! ありがとうございます!】
シーズン1・めざまし編 シーズン2・学園編その1 更新完了しました!
それぞれ児童文庫にして1冊分くらいの分量。小学生でも2時間くらいで読み切れます。
そして、ただいまシーズン3・学園編その2 書きだめ中!
深くイソップ・ハントの世界に関わっていくことになった佳穂。これからいったいどうなるのか!?
本作はシーズン書きおろし方式を採用。全5シーズン順次書き上がり次第公開いたします。
お気に入りに登録していただくと、更新の通知が届きます。
気になる方はぜひお願いいたします。
【最後まで逃げ切る佳穂を応援してください!】
本作は、第1回きずな児童書大賞にて奨励賞を頂戴いたしましたが、書籍化にまでは届いていません。
感想、応援いただければ、佳穂は頑張って飛んでくれますし、なにより作者〆野々のはげみになります。
一言でも感想、紹介いただければうれしいです。
【新ビジュアル公開!】
新しい表紙はギルバートさんに描いていただきました。佳穂と犬上のツーショットです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる