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第10話 時の訪問者

3 魔術師の手の中で

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 るりなみがぽかんとして、今はベッドの上にあぐらをかいたその子と向き合っていると、かちゃりと部屋のとびらけられ、かろやかな声が飛びこんできた。

兄様にいさま! おはようございま……」

 部屋をのぞきこんできたのは、王女ゆめづきだった。

 植物しょくぶつに追い回された大変な一日から、一夜いちやが明けて。
 あさ一番いちばんでるりなみの様子ようすを見にきたらしいゆめづきは……ふたたび植物があふれかえるベッドの上で、なぞの子どもと向き合うるりなみを見て、こおりついたように言葉をうしなった。

 部屋に、沈黙ちんもくが落ちる。三人がそれぞれに視線しせんわす。

「ちょ、ちょっと、なにがあったんですか! この植物たちは、昨日ゆいりさんがかたけてくださったのでは……!」
「ああ、そうなんだね。じゃあ今日も片付けてあげるよ」

 子ども時代じだいのゆいりである、と名乗なのったその子は、ベッドの上で立ち上がり、すたすたとさん植物に近づいて、うねるように動いていたつるを、ぱしっとつかんだ。
 そのまま、なわを引き寄せるようにぐっとる。

 すると植物は、しゅるしゅるとすごいいきおいで、その子の手におさまっていった。
 縄が丸くまとめられていくように、ベッドの下にまであふれていた植物がき取られていく。

 つるや葉がすっかり片付いて、最後に、その子が出てきた巨大きょだいな花だけが、るりなみの見あげる上にのこった。

 その花のれたかくおくには、よく見ると、闇色やみいろうずのようなものが口をけている。

「わ、わ……っ」
がってて」

 ベッドの上を軽々かるがると歩いてきたその子は、るりなみにそう言いながら、巻き取った植物を、ぽい、と花の奥の渦にほうりこんだ。

 それから花に手をばし、花びらをりたたむようにすると──花はみるまにちぢんでいって、最後に小さなひとつのたねになってしまった。

 ちゅうびあがったその種を、その子はぱしっと手につかむ。

 ほんのわずかなあいだに、見事みごとな手さばきで、部屋の植物は片付けられてしまった。
 るりなみとゆめづきがあっけにとられていると、その子はそのままベッドを飛びりて、ゆめづきに近づいていった。

「あんた、それ、出して」
「な、なに。なんですか」

 あとずさるゆめづきを追って、その子はゆめづきのむねのすぐ前に、ゆびをつきだした。

「その服の中にさげてるやつ」

 ゆめづきはしばらく目の前の失礼しつれいな少年をにらんでいたが、やがて、なにも言わずにしまいこんでいた懐中かいちゅう時計どけいを取り出して、首からさげていたくさりはずした。

 時計をわたされた少年は、さらにゆめづきの服のすそを指さした。

「そのポケットの中のも」
「……おとおしなのですね」

 ゆめづきはすそのポケットから時計のねじを取り出すと、少年の手の上にのせた。
 昨日のさわぎの中で、植物の成長せいちょうを巻きもどそうとしたときに取れてしまったものだ。

 子ども時代のゆいりを名乗る少年は、めた目のまま、慎重しんちょうな手つきで時計をうらがえしたり、盤面ばんめんの上でれているはりに顔を近づけたりと観察かんさつした。

「まったく、あぶないものだなぁ」

 そうつぶやいたかと思うと、少年はくるくると、なんの変哲へんてつもないねじをまくようにして、ゆめづきの時計にねじを付け直してしまった。

 かた表情ひょうじょうで少年を見つめていたゆめづきの目が、はじめてかがやいた。

「あなたは、何者なにものですか?」
修行しゅぎょうちゅう魔術師まじゅつしですけど。名まえは、ゆいりだよ」
「ゆいり、さん……?」

 時計を受け取りながら、ゆめづきは改めて少年をしげしげと見て、るりなみのほうへ顔を向けた。

「兄様、ゆいりさんは、頭を打って子どもの姿になってしまったのですか?」
「いや、そういうわけではなくて……」

 るりなみが説明せつめいまよううちに、子どものゆいりが言った。

「この時代じだいの大人のゆいりは、ちゃんとべつにいるよ。君たちにとってはその人が〝本物のゆいり〟って言えるのかな。僕のほうは、別の時空じくうから時をななめに飛びえてきた、乱入者らんにゅうしゃってところだよ」

 ゆめづきが目をまたたいた。

「時を越えてやってきた、子ども時代のゆいりさん、ということですか?」
「まぁ、そういうことだけど」

 乱入者のゆいりは、るりなみを横目よこめでちらりと見て言う。

「ちなみに、たとえひどく頭を打っても、そこの王子様よりは頭が回ってる自信じしんあるよ」

 るりなみは目をひらいて口をぱくぱくさせるだけで、言い返すことができない。

 こんなふうに理不尽りふじん暴言ぼうげんびたことも、とっさに言い返した経験けいけんもない。

 どうして子ども時代のゆいりが、あの悪夢あくむのような植物の中からここにやってきて、自分にひどいことばかり言うのか、まったくわけがわからなかった。

 そして目の前の黒髪くろかみの子が、あの大好きなゆいりの子どものころのその人なのだと……姿すがただけならまだしも、その言動げんどう性格せいかくを見てしまった今、どうしても納得なっとくすることはできなかった。


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