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第9話 星菓子の花
3 時計をまいて
しおりを挟む袋をるりなみに差し出しながら、少年はさらりと言った。
「その植物が育つために必要なのは、陽の光でも、水でもありません──その種の栄養になるのは、ゆめづき王女殿下にお渡ししてある、時計のねじをまくことです」
「え……、は……?」
るりなみは思わず、袋を受け取る手をとめて固まった。
「ゆめづきの、時計……?」
るりなみの親戚の王女、ゆめづき。
年末に、遠くの離宮からこの王宮へやってきて、今もまだ、南の塔に暮らしているはずだった。
年越しのお祭りの夜に、秘密の宝物だ、と言ってゆめづきが見せてくれた、羅針盤のようなふしぎな懐中時計のことを、るりなみはよく憶えている。
──それは時空をはかる時計だ、とゆめづきは言っていた。
「時計のねじを、植えた種のそばでまいてあげてください。軽く、でいいですよ」
どういうことですか、とるりなみが尋ねる前に、少年はよいしょ、と大きな楽器を持ち上げながらベンチに腰かけて、演奏の構えをとった。
「では、日も高くなってきたから、僕は新雪と陽光をかけあわせる音楽を弾かないと」
「あ、ありがとうございます」
るりなみがあわてて言うと、少年はにっこりとうなずいて、目を閉じた。
そして、またあのはっきりとした音でない、天空の音楽のような曲を奏ではじめる。
るりなみはしばらくその姿を見守ったあと、種を入れた袋を握りしめて、自分の寝室のあるガラスの塔へ帰ることにした。
雪の庭園を歩いて、東屋を振り返ったるりなみは、あれ、と首をかしげた。
雪の上には、るりなみが踏んだ足あとがあるばかり……。
あの少年は、どうやって東屋に行ったのだろう?
雪がたくさん積もる前から、ずっとあそこにいたのだろうか?
耳を澄ましても、少年がまだそこで演奏をしているかどうかは、わからなかった。
るりなみは袋から星形の種をひとつ取り出して、雪の舞う空にかざしてみた。
「植えたそばで、時計のねじをまく、って……」
旅をしているというあの少年も、魔法使いなのかもしれない。
るりなみの教育係であり、一番の先生である、ゆいりのように。
ゆいりも、ふしぎな魔法をいつもいっぱい見せてくれるではないか。
そう思ったら、急にるりなみはわくわくとして、ゆめづきに種を見せるのが待ちきれなくなった。
* * *
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