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[第2部] 第8話 夜めぐりの祭り
16 時空をはかる
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年が明けて、数日が経った。
年明けの行事のあいだ、大人たちはなにかと騒がしかったが、るりなみにはなにも知らされなかった。
夜めぐりの祭りの結果、月の加護ばかりがあらわれた、という知らせはあったが、それが宮廷魔術師たちの仕事や国の政にどう関わるのか、想像もつかなかった。
「別に、僕は王様になるわけじゃないし」
やさぐれているわけではないが、そうつぶやいてしまう自分がいた。
そういうとき、南の塔で今も王様になる勉強や準備をしているはずの、ゆめづきのことが、心の裏側に浮かんでいる。
王子るりなみについていた何人かの先生の中には、年末に離宮からやってきた王女ゆめづきのほうの授業にまわった人もいた。
そしてもともと、るりなみの一番の先生は、教育係のゆいりであり、地理も、天体も、歴史も、一番多くの教科を教えてくれているのが、ゆいりだった。
そのゆいりが、とても忙しくしている。
だが、ぼんやりと「ゆいり……」とつぶやいていたその夜、ゆいりがやっと、るりなみの部屋にやってきた。
「ゆいり!」
るりなみは寝間着になって本を読んでいたが、ベッドから立ち上がって、ゆいりを迎えた。
年明けからの行事で姿を見かけるばかりで、ゆいりに立って向かい合うのが、久しぶりな気がした。
「るりなみ様、毎日、自習の時間ばかりになってしまい、すみません」
ゆいりは静かに目を伏せて、軽く頭を下げながら言った。
「代わりの先生を頼もうかとも、お父上と相談しているのですが」
「そ、そんなのだめだよ!」
とっさに叫んでから、るりなみははっとする。
「忙しいんだね、ゆいり……ごめんなさい。でも、僕、自習でいいから……ゆいりが出してくれる宿題がいい、ゆいりが教えてくれることを学びたい」
ゆいりは少し驚いたようにるりなみを見つめた。
それから、そっとるりなみを抱き寄せて、ぽんぽんと頭をなでてくれた。
小さい子にするみたいに……小さな頃に、よくそうしてくれたように。
るりなみは幸せを感じながら、いつもこうやって甘えられたらいいのに……と寂しさがこみあげてきて、涙がにじみそうになった。
ゆいりは優しく言った。
「今夜は雪になるそうですから、お部屋の石をあたたかくしておきますね」
部屋のすみずみに置かれ、あたりをあたためている魔法の石に向けて、ゆいりはるりなみを抱き寄せたまま、指をひとまわしして魔法をかけた。
離れたところに置かれていたすべての石たちは、その一回の指先の魔法で、内部から新しい火が燃え上がるようにぱちぱちといって、ひときわ明るく輝いた。
「るりなみ様、ありがとうございます。そうしたら、もう少し、待っていてください。きっと穏やかな日々が訪れます……今年、王都に多くあらわれた月の加護は、優しい幸せの象徴ですから」
るりなみは、こくりとうなずいた。
新しい年。
なにか、流れが変わっていくような、そわそわした感じ……。
なにが変わっているんだろう、とゆいりの腕の中でぼんやりと考えたるりなみの頭に、ゆめづきの言葉がよみがえった。
〝時間……というよりは、時空をはかるのだと思います〟
あの、時空をはかるという、ふしぎな懐中時計。
時空って、なんだろう、と思いながら、るりなみはゆいりに「おやすみなさい」の挨拶をして、見送った。
* * *
眠る前に、るりなみは、ゆいりが貸してくれていた本を開いてみた。
夜めぐりの祭りでともした光が、そのあとに月の形、星の形になることが「月の加護 星の加護」というページに書いてある。
年明けに、光が月の形に固まった家ばかりだった、ということが、ゆいりたち宮廷魔術師を悩ませていることは知っていた。
ゆいりが今、取り組んでいる問題を、少しでも知りたかった。
「光と影──『陽』と『陰』で言えば、月の加護は『陰』にあたる」
るりなみは、声に出して読んでいった。
「影の年、陰の年にこそ、なにをするかが問われる。そこにこそ、幸せを呼ぶ秘訣がある。月は多くの者の人生に、そのことを示す使者である」
るりなみは本を閉じて、天窓から空を見あげた。
「月かぁ……」
暗い曇り空は、どこか澄んで透きとおって見えた。
ゆいりが言ったように、雪が降るのかもしれなかった。
第8話 夜めぐりの祭り * おわり *
第9話 星菓子の花 へ * つづく *
年明けの行事のあいだ、大人たちはなにかと騒がしかったが、るりなみにはなにも知らされなかった。
夜めぐりの祭りの結果、月の加護ばかりがあらわれた、という知らせはあったが、それが宮廷魔術師たちの仕事や国の政にどう関わるのか、想像もつかなかった。
「別に、僕は王様になるわけじゃないし」
やさぐれているわけではないが、そうつぶやいてしまう自分がいた。
そういうとき、南の塔で今も王様になる勉強や準備をしているはずの、ゆめづきのことが、心の裏側に浮かんでいる。
王子るりなみについていた何人かの先生の中には、年末に離宮からやってきた王女ゆめづきのほうの授業にまわった人もいた。
そしてもともと、るりなみの一番の先生は、教育係のゆいりであり、地理も、天体も、歴史も、一番多くの教科を教えてくれているのが、ゆいりだった。
そのゆいりが、とても忙しくしている。
だが、ぼんやりと「ゆいり……」とつぶやいていたその夜、ゆいりがやっと、るりなみの部屋にやってきた。
「ゆいり!」
るりなみは寝間着になって本を読んでいたが、ベッドから立ち上がって、ゆいりを迎えた。
年明けからの行事で姿を見かけるばかりで、ゆいりに立って向かい合うのが、久しぶりな気がした。
「るりなみ様、毎日、自習の時間ばかりになってしまい、すみません」
ゆいりは静かに目を伏せて、軽く頭を下げながら言った。
「代わりの先生を頼もうかとも、お父上と相談しているのですが」
「そ、そんなのだめだよ!」
とっさに叫んでから、るりなみははっとする。
「忙しいんだね、ゆいり……ごめんなさい。でも、僕、自習でいいから……ゆいりが出してくれる宿題がいい、ゆいりが教えてくれることを学びたい」
ゆいりは少し驚いたようにるりなみを見つめた。
それから、そっとるりなみを抱き寄せて、ぽんぽんと頭をなでてくれた。
小さい子にするみたいに……小さな頃に、よくそうしてくれたように。
るりなみは幸せを感じながら、いつもこうやって甘えられたらいいのに……と寂しさがこみあげてきて、涙がにじみそうになった。
ゆいりは優しく言った。
「今夜は雪になるそうですから、お部屋の石をあたたかくしておきますね」
部屋のすみずみに置かれ、あたりをあたためている魔法の石に向けて、ゆいりはるりなみを抱き寄せたまま、指をひとまわしして魔法をかけた。
離れたところに置かれていたすべての石たちは、その一回の指先の魔法で、内部から新しい火が燃え上がるようにぱちぱちといって、ひときわ明るく輝いた。
「るりなみ様、ありがとうございます。そうしたら、もう少し、待っていてください。きっと穏やかな日々が訪れます……今年、王都に多くあらわれた月の加護は、優しい幸せの象徴ですから」
るりなみは、こくりとうなずいた。
新しい年。
なにか、流れが変わっていくような、そわそわした感じ……。
なにが変わっているんだろう、とゆいりの腕の中でぼんやりと考えたるりなみの頭に、ゆめづきの言葉がよみがえった。
〝時間……というよりは、時空をはかるのだと思います〟
あの、時空をはかるという、ふしぎな懐中時計。
時空って、なんだろう、と思いながら、るりなみはゆいりに「おやすみなさい」の挨拶をして、見送った。
* * *
眠る前に、るりなみは、ゆいりが貸してくれていた本を開いてみた。
夜めぐりの祭りでともした光が、そのあとに月の形、星の形になることが「月の加護 星の加護」というページに書いてある。
年明けに、光が月の形に固まった家ばかりだった、ということが、ゆいりたち宮廷魔術師を悩ませていることは知っていた。
ゆいりが今、取り組んでいる問題を、少しでも知りたかった。
「光と影──『陽』と『陰』で言えば、月の加護は『陰』にあたる」
るりなみは、声に出して読んでいった。
「影の年、陰の年にこそ、なにをするかが問われる。そこにこそ、幸せを呼ぶ秘訣がある。月は多くの者の人生に、そのことを示す使者である」
るりなみは本を閉じて、天窓から空を見あげた。
「月かぁ……」
暗い曇り空は、どこか澄んで透きとおって見えた。
ゆいりが言ったように、雪が降るのかもしれなかった。
第8話 夜めぐりの祭り * おわり *
第9話 星菓子の花 へ * つづく *
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