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[第2部] 第8話 夜めぐりの祭り
15 魔術師と道化師
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「珍しい年になりそうだ」
玉座の間に集まったゆいりたち宮廷魔術師の前で、国王あめかみは玉座から身を乗り出すようにしてそう言った。
「面白いではないか……そう思うだろう、道化師?」
国王の隣には、白い髪の少年が座って、大きな楽器を抱えるように弾いていた。
しかし、少年が弓を動かして弦を弾いても、音は鳴っていない。
国王に話しかけられ、少年は弓を動かす手を止めて「そうですね」と笑いかけ、また楽器を弾くしぐさをはじめた。
〝鳴っていなくても、音を響かせているのです……みなさまのお邪魔にならないようにしながら、この場の音の波を整えてるんですよ〟
だとかなんとか言っていたこの少年は、旅の道化師「いかる」と言う。
ゆいりは、この道化師いかるが、あまり得意ではない。
王国中を旅していて、ふらりと帰ってきては、宮廷道化師として王宮に居座って、国王のそばでわけのわからないことをする。
それはゆいりの知るような魔法ではないし、ただの話術や大道芸でもない。
旅、というのは、影や闇の世界におもむくことも含んでいるようだ。
そして、国王の昔なじみだと言って、国王あめかみが少年の頃に、二人が隣に並んだ写真を何枚も持っていて、ゆいりに見せびらかすことがある。
その頃から──あめかみは少年から大人になって、国王になったのに、いかるのほうは、歳を取っていないように見える。
信用できない相手だ、とゆいりは思う。
「いろいろと珍しい年のようです……いかる殿は、どうしてお戻りになられたのですか」
ゆいりが、表面上は穏やかに問いかけると、いかるはまた手を止めて言った。
「それは決まっています、王女殿下のためですよ。見守らせていただくだけでも、実に興味深いのでね」
「道化師殿! 興味深いとは、失敬ですぞ!」
国王の側近のひとりが、怒り声をあげたが、いかるはひょうひょうとしていた。
「いやいや、怒らないでください。王国にはいろいろな時代、いろいろな地方に、さまざまな言葉や使い方がありまして、興味深いというのも、ひととおりの意味ではないんですから」
はっははは……、と国王が笑った。
「よい、よい。この者をいちいち咎めていては、身がもたないであろうよ」
国王は改めて、集まった側近や魔術師たちを見回して言った。
「起こったことは、起こったことだ。月が王家の象徴であるということで、月ばかりがあらわれたこの事態が、王家になにかを示しているのかどうか──王位継承者の指名の儀式に関わっているのかどうかは、注意深く様子を見ながら、話し合っていこうではないか」
御意に、と魔術師たちが答える。
国王はその場を退出する前に、ゆいりをちらりと見た。
「あとで話がある」という合図だった。
ゆいりは、国王あめかみのかけがえない側近で、もともとは幼なじみとして、いっしょに王宮で育った仲だ。
だが八歳のとき、魔術の修行に打ち込むために、あめかみのもとを離れることになった。
そのあとに、あめかみのもとにやってきて、親しい友人の座におさまってしまったのが、道化師いかるだった。
国王になったあめかみを支える仲間として、仲良くできればよいのだが、いかるがほんの時々、気まぐれにやってきて、国王の親しい昔なじみの顔をするのを見ていると、ゆいりはもやもやとしてしまうのだった。
いかるはまるで宮廷音楽家の顔をして、国王が出ていったあとも、玉座の横で聴こえない音楽を奏で続けていた。
少し声をかけようかとも迷ったが、いかるはこちらをちらりと見もしない。
ゆいりは小さくため息をつき、他の魔術師たちががやがやと出ていくのとともに、玉座の間をあとにした。
* * *
玉座の間に集まったゆいりたち宮廷魔術師の前で、国王あめかみは玉座から身を乗り出すようにしてそう言った。
「面白いではないか……そう思うだろう、道化師?」
国王の隣には、白い髪の少年が座って、大きな楽器を抱えるように弾いていた。
しかし、少年が弓を動かして弦を弾いても、音は鳴っていない。
国王に話しかけられ、少年は弓を動かす手を止めて「そうですね」と笑いかけ、また楽器を弾くしぐさをはじめた。
〝鳴っていなくても、音を響かせているのです……みなさまのお邪魔にならないようにしながら、この場の音の波を整えてるんですよ〟
だとかなんとか言っていたこの少年は、旅の道化師「いかる」と言う。
ゆいりは、この道化師いかるが、あまり得意ではない。
王国中を旅していて、ふらりと帰ってきては、宮廷道化師として王宮に居座って、国王のそばでわけのわからないことをする。
それはゆいりの知るような魔法ではないし、ただの話術や大道芸でもない。
旅、というのは、影や闇の世界におもむくことも含んでいるようだ。
そして、国王の昔なじみだと言って、国王あめかみが少年の頃に、二人が隣に並んだ写真を何枚も持っていて、ゆいりに見せびらかすことがある。
その頃から──あめかみは少年から大人になって、国王になったのに、いかるのほうは、歳を取っていないように見える。
信用できない相手だ、とゆいりは思う。
「いろいろと珍しい年のようです……いかる殿は、どうしてお戻りになられたのですか」
ゆいりが、表面上は穏やかに問いかけると、いかるはまた手を止めて言った。
「それは決まっています、王女殿下のためですよ。見守らせていただくだけでも、実に興味深いのでね」
「道化師殿! 興味深いとは、失敬ですぞ!」
国王の側近のひとりが、怒り声をあげたが、いかるはひょうひょうとしていた。
「いやいや、怒らないでください。王国にはいろいろな時代、いろいろな地方に、さまざまな言葉や使い方がありまして、興味深いというのも、ひととおりの意味ではないんですから」
はっははは……、と国王が笑った。
「よい、よい。この者をいちいち咎めていては、身がもたないであろうよ」
国王は改めて、集まった側近や魔術師たちを見回して言った。
「起こったことは、起こったことだ。月が王家の象徴であるということで、月ばかりがあらわれたこの事態が、王家になにかを示しているのかどうか──王位継承者の指名の儀式に関わっているのかどうかは、注意深く様子を見ながら、話し合っていこうではないか」
御意に、と魔術師たちが答える。
国王はその場を退出する前に、ゆいりをちらりと見た。
「あとで話がある」という合図だった。
ゆいりは、国王あめかみのかけがえない側近で、もともとは幼なじみとして、いっしょに王宮で育った仲だ。
だが八歳のとき、魔術の修行に打ち込むために、あめかみのもとを離れることになった。
そのあとに、あめかみのもとにやってきて、親しい友人の座におさまってしまったのが、道化師いかるだった。
国王になったあめかみを支える仲間として、仲良くできればよいのだが、いかるがほんの時々、気まぐれにやってきて、国王の親しい昔なじみの顔をするのを見ていると、ゆいりはもやもやとしてしまうのだった。
いかるはまるで宮廷音楽家の顔をして、国王が出ていったあとも、玉座の横で聴こえない音楽を奏で続けていた。
少し声をかけようかとも迷ったが、いかるはこちらをちらりと見もしない。
ゆいりは小さくため息をつき、他の魔術師たちががやがやと出ていくのとともに、玉座の間をあとにした。
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