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[第2部] 第8話 夜めぐりの祭り
1 冬の塔の少女
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深い森となだらかな山々に囲まれて、ユイユメ王国の王都の街がそびえています。
冬も深まり、一年でいちばん長い夜には、年越しのお祭りがあるのです。
そのお祭りは、月祭りとも、星祭りとも呼ばれて、新しい年を占うもの。
王国の未来や、王宮に暮らす王子や王女たちのことも、占うのかもしれません──。
* * *
静かな冬の夜。
王宮のとある塔の中、かわいらしい寝室で。
十歳ほどの少女が、はりだした窓の向こうの星空に向かって、祈っていた。
「これは、私のわがままなのだと思います」
少女はきつく手を組んで、涙がにじむほど強く目を閉じて、ひとりでつぶやく。
ベッドの上にひざをついて、窓に身を乗りだすようにして、その向こうの夜へ向けて。
「でも、私はこのままではいられないの」
明かりの消された部屋には、月と星の光が差して、やわらかそうなベッドや透けたカーテンを照らしている。
動物のぬいぐるみや、王国の各地のお土産の人形たちが、ベッドの枠に並べられて、少女を優しく見守っていた。
それでも少女は、悲しい覚悟を決めるときのような声でつぶやき続ける。
「ほんのちょっとでいい……なにか、違う運命を、生きられるなら」
するとそのとき、ばたん、と大きな音を立てて、窓が外に開いた。
ごうっ、と塔に吹きつけてきた風が、そのまま少女の部屋に流れこみ、再び、ばたん、と窓が閉まる。
少女はびっくりして、思わず目をぱちぱちとまばたかせて、窓を見ていた。
でも、もっとびっくりするのはそれからだった。
「やぁ、こんばんは」
いつのまにか、ベッドの向こうに誰かが立っていた。
闇のような色のマントをまとって、真っ白な髪をした少年だった。
少女よりいくらか年上で、まだ大人よりはずいぶん背も低く、しかし子どもとは呼ばれない年頃の、親しげな笑みを浮かべた少年。
そのざっくりと切られた髪は、光っているかのような白さで、ふつうの白髪ではなかった。
なにより、ふつうの少年ではない証拠に、棺のような形の弦楽器を背負って、長い弓を手にしていた。
少女は、その楽器を、本の挿絵でしか見たことがなかった。
死者を迎えにあらわれる死神が持つという、魔法の楽器として描かれていたのだ。
と、いうことは……。
「死神さん……?」
少女はおずおずと、だが怯えることはなく問いかけた。
「死神ではないよ」
さらりと少年は返した。
そして、よいしょ、と背負っていた楽器を自分の横に立てて置く。
その楽器の、半月の形にくりぬかれた穴に手をつっこみ、中からなにかを取り出した。
それからベッドの脇を歩き、少女に何歩か近寄った。
「死神ではないけれど、君の願いに力を貸すことはできる。だとしたら、君になにも渡さずに通り過ぎるなんて……そんな不親切なことはできませんよ、王女殿下」
少年は丁寧に頭を下げながら、ベッドの中ほどに、楽器から取り出したなにか丸いものを置いた。
少女は、他人からなれなれしく「君」なんて呼ばれることは、滅多にない。まして、自分を「王女殿下」とも知って呼びかけながら、親しげに「君」だなんて……この少年は、なにものなのだろう。
そう思いながらも、少女には自然とわかっていた。
死神ではないにしても、彼は、夜や闇に属するものだ。
それでもいい、と少女は思った。
夜や闇を遠ざけたいとは思わない、と。
そうやって、心の中で少年を受け入れてから、少女はベッドの上に置かれた丸いものをしげしげと見て、手を伸ばした。
少女が手にしたとたん──それは、動き出した。
「あの、これは……」
そのときにはもう、少女の部屋から、白い髪の少年はいなくなっていた。
ユイユメ王国の王女ゆめづきは、手の中でかちかちと動くものを、じっと見つめ続けた。
長い夜が更けて、また一日、年が暮れていく──。
* * *
冬も深まり、一年でいちばん長い夜には、年越しのお祭りがあるのです。
そのお祭りは、月祭りとも、星祭りとも呼ばれて、新しい年を占うもの。
王国の未来や、王宮に暮らす王子や王女たちのことも、占うのかもしれません──。
* * *
静かな冬の夜。
王宮のとある塔の中、かわいらしい寝室で。
十歳ほどの少女が、はりだした窓の向こうの星空に向かって、祈っていた。
「これは、私のわがままなのだと思います」
少女はきつく手を組んで、涙がにじむほど強く目を閉じて、ひとりでつぶやく。
ベッドの上にひざをついて、窓に身を乗りだすようにして、その向こうの夜へ向けて。
「でも、私はこのままではいられないの」
明かりの消された部屋には、月と星の光が差して、やわらかそうなベッドや透けたカーテンを照らしている。
動物のぬいぐるみや、王国の各地のお土産の人形たちが、ベッドの枠に並べられて、少女を優しく見守っていた。
それでも少女は、悲しい覚悟を決めるときのような声でつぶやき続ける。
「ほんのちょっとでいい……なにか、違う運命を、生きられるなら」
するとそのとき、ばたん、と大きな音を立てて、窓が外に開いた。
ごうっ、と塔に吹きつけてきた風が、そのまま少女の部屋に流れこみ、再び、ばたん、と窓が閉まる。
少女はびっくりして、思わず目をぱちぱちとまばたかせて、窓を見ていた。
でも、もっとびっくりするのはそれからだった。
「やぁ、こんばんは」
いつのまにか、ベッドの向こうに誰かが立っていた。
闇のような色のマントをまとって、真っ白な髪をした少年だった。
少女よりいくらか年上で、まだ大人よりはずいぶん背も低く、しかし子どもとは呼ばれない年頃の、親しげな笑みを浮かべた少年。
そのざっくりと切られた髪は、光っているかのような白さで、ふつうの白髪ではなかった。
なにより、ふつうの少年ではない証拠に、棺のような形の弦楽器を背負って、長い弓を手にしていた。
少女は、その楽器を、本の挿絵でしか見たことがなかった。
死者を迎えにあらわれる死神が持つという、魔法の楽器として描かれていたのだ。
と、いうことは……。
「死神さん……?」
少女はおずおずと、だが怯えることはなく問いかけた。
「死神ではないよ」
さらりと少年は返した。
そして、よいしょ、と背負っていた楽器を自分の横に立てて置く。
その楽器の、半月の形にくりぬかれた穴に手をつっこみ、中からなにかを取り出した。
それからベッドの脇を歩き、少女に何歩か近寄った。
「死神ではないけれど、君の願いに力を貸すことはできる。だとしたら、君になにも渡さずに通り過ぎるなんて……そんな不親切なことはできませんよ、王女殿下」
少年は丁寧に頭を下げながら、ベッドの中ほどに、楽器から取り出したなにか丸いものを置いた。
少女は、他人からなれなれしく「君」なんて呼ばれることは、滅多にない。まして、自分を「王女殿下」とも知って呼びかけながら、親しげに「君」だなんて……この少年は、なにものなのだろう。
そう思いながらも、少女には自然とわかっていた。
死神ではないにしても、彼は、夜や闇に属するものだ。
それでもいい、と少女は思った。
夜や闇を遠ざけたいとは思わない、と。
そうやって、心の中で少年を受け入れてから、少女はベッドの上に置かれた丸いものをしげしげと見て、手を伸ばした。
少女が手にしたとたん──それは、動き出した。
「あの、これは……」
そのときにはもう、少女の部屋から、白い髪の少年はいなくなっていた。
ユイユメ王国の王女ゆめづきは、手の中でかちかちと動くものを、じっと見つめ続けた。
長い夜が更けて、また一日、年が暮れていく──。
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