42 / 126
[番外編] 第7話 虹の王冠
3 虹を育てて
しおりを挟む
その日は授業のない休日だったが、ゆいりは、るりなみの顔を見に行くことにした。
るりなみは、やってきたゆいりには気づかずに、自分の部屋の奥のバルコニーに出て、夢中になってじょうろを構えていた。
そこには、るりなみの育てている草花の鉢が、いくつか並んでいる。
だがるりなみは、その鉢植えにではなく、石の床の上に水をまいては、じっとその場所をにらむように見つめていた。
「るりなみ様」
ゆいりがそっと声をかけると、るりなみははっと振り向いた。
そして、快晴の空のような笑顔になって「ゆいり!」と声をあげる。
休みの日の昼間に、ゆいりがるりなみの部屋を訪ねていくことは、今となっては稀なことだった。るりなみのほうからは、今でも、眠る前にゆいりを呼びつけて、「お話」をせがむようなことも、あるにはあるのだったが。
それゆえ、るりなみの顔には嬉しさがいっぱいに広がっている。
ゆいりが、なにか事情があって来たのだろう、という勘ぐりはしない素直なその性格に、こちらも頬をゆるめてしまう。
「お休みの日に、植物たちとお話ししておられたのですか」
ううん、とるりなみは首を横に振った。
「話していたのは……いいや、話せたらなぁ、と思っていたのはね」
るりなみは秘密をそっと明かすように、ゆいりをうかがいながら小さくつぶやいた。
「虹の精霊だよ」
ゆいりはどきりとして、るりなみをまじまじと見つめる。
「虹の精霊が、やってきたのですか?」
「うん、夢の中に」
思わず、ゆいりは何度かまたたきをする。
私の夢にも虹が──と言いたくなるのを、ぐっとこらえ、のみこんだ。
黙り込んだゆいりの姿が不安にさせたのか、るりなみが首をかしげる。
「虹の精霊は……よくないものだった?」
「るりなみ様は、その夢を、どう感じられたのですか?」
「とっても、嬉しくなるような夢だったよ」
るりなみは語り出した。
「虹の子どもがやってきて……人の姿ではなくて、虹の光そのものなのだけど、それが子どもだってわかるし、僕に話してくれることも伝わってくるんだよ。それで、その子は言ったんだ、『虹を育てて』って」
じょうろを抱えなおして、るりなみは続ける。
「それで、最初のやり方を教えてくれた。そのとおりにやってみているのだけど……」
るりなみは、じょうろの水を、鉢の草花からそらして、脇にかけてみせた。
飛び出た水の雨は、虹のように弧を描きながら、石の床に吸い込まれる。やがて、最後の一滴までもが出し切られた。
吸い込まれていく水のあとを眺めながら、るりなみは言った。
「夢の中では、こうやって鉢植えに水をかけたら、小さな虹が次々にかかって……そうしたら、その虹に精霊の子どもが、腰かけるみたいにして宿るはずだったんだ」
るりなみは、ゆいりのほうを振り向く。
「でも、いくらやっても、虹が出なくて。花たちに水をやりすぎてもいけないし、水もすぐになくなっちゃうし」
夢のようにはうまくいかないね、とは、るりなみは言わない。その困ったふうの顔は、夢のとおりに虹の精霊を迎えることができると、信じきっている。
るりなみは、やってきたゆいりには気づかずに、自分の部屋の奥のバルコニーに出て、夢中になってじょうろを構えていた。
そこには、るりなみの育てている草花の鉢が、いくつか並んでいる。
だがるりなみは、その鉢植えにではなく、石の床の上に水をまいては、じっとその場所をにらむように見つめていた。
「るりなみ様」
ゆいりがそっと声をかけると、るりなみははっと振り向いた。
そして、快晴の空のような笑顔になって「ゆいり!」と声をあげる。
休みの日の昼間に、ゆいりがるりなみの部屋を訪ねていくことは、今となっては稀なことだった。るりなみのほうからは、今でも、眠る前にゆいりを呼びつけて、「お話」をせがむようなことも、あるにはあるのだったが。
それゆえ、るりなみの顔には嬉しさがいっぱいに広がっている。
ゆいりが、なにか事情があって来たのだろう、という勘ぐりはしない素直なその性格に、こちらも頬をゆるめてしまう。
「お休みの日に、植物たちとお話ししておられたのですか」
ううん、とるりなみは首を横に振った。
「話していたのは……いいや、話せたらなぁ、と思っていたのはね」
るりなみは秘密をそっと明かすように、ゆいりをうかがいながら小さくつぶやいた。
「虹の精霊だよ」
ゆいりはどきりとして、るりなみをまじまじと見つめる。
「虹の精霊が、やってきたのですか?」
「うん、夢の中に」
思わず、ゆいりは何度かまたたきをする。
私の夢にも虹が──と言いたくなるのを、ぐっとこらえ、のみこんだ。
黙り込んだゆいりの姿が不安にさせたのか、るりなみが首をかしげる。
「虹の精霊は……よくないものだった?」
「るりなみ様は、その夢を、どう感じられたのですか?」
「とっても、嬉しくなるような夢だったよ」
るりなみは語り出した。
「虹の子どもがやってきて……人の姿ではなくて、虹の光そのものなのだけど、それが子どもだってわかるし、僕に話してくれることも伝わってくるんだよ。それで、その子は言ったんだ、『虹を育てて』って」
じょうろを抱えなおして、るりなみは続ける。
「それで、最初のやり方を教えてくれた。そのとおりにやってみているのだけど……」
るりなみは、じょうろの水を、鉢の草花からそらして、脇にかけてみせた。
飛び出た水の雨は、虹のように弧を描きながら、石の床に吸い込まれる。やがて、最後の一滴までもが出し切られた。
吸い込まれていく水のあとを眺めながら、るりなみは言った。
「夢の中では、こうやって鉢植えに水をかけたら、小さな虹が次々にかかって……そうしたら、その虹に精霊の子どもが、腰かけるみたいにして宿るはずだったんだ」
るりなみは、ゆいりのほうを振り向く。
「でも、いくらやっても、虹が出なくて。花たちに水をやりすぎてもいけないし、水もすぐになくなっちゃうし」
夢のようにはうまくいかないね、とは、るりなみは言わない。その困ったふうの顔は、夢のとおりに虹の精霊を迎えることができると、信じきっている。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
そばにいるよ
景綱
児童書・童話
お父さんをなくしたさとみは、さみしくて死んでしまいたい気持ち。そこへあやしくゆらめく黒いカゲが近づいて……。
空きカンの中に閉じ込められたさとみとさとみを守り続ける白いネコ。
ぐうぜんにさとみを知った翔太が、救いの手をのばそうとしたそのとき、またしても黒ずくめの男があらわれて――。
ひとりぼっちの君にもきっと、やさしいまなざしで見守る人が、そばにいる。
『たいせつな人を守りたい』
だれもが持つ心の光が、きらめく瞬間。
絵本・児童書大賞にエントリー。
運よく生まれ変われたので、今度は思いっきり身体を動かします!
克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞」重度の心臓病のため、生まれてからずっと病院のベッドから動けなかった少年が12歳で亡くなりました。両親と両祖父母は毎日のように妾(氏神)に奇跡を願いましたが、叶えてあげられませんでした。神々の定めで、現世では奇跡を起こせなかったのです。ですが、記憶を残したまま転生させる事はできました。ほんの少しだけですが、運動が苦にならない健康な身体と神与スキルをおまけに付けてあげました。(氏神談)
クールな幼なじみと紡ぐロマン
緋村燐
児童書・童話
私の名前は莉緒。
恋愛小説が大好きな中学二年生!
いつも恋愛小説を読んでいたら自分でも書いてみたくなって初めて小説を書いてみたんだ。
けれどクラスメートに馬鹿にされちゃった……。
悲しくて、もう書くのは止めようって思ったんだけど――。
「確かに文章はメチャクチャかも。でも、面白いよ」
幼なじみのクールなメガネ男子・玲衣くんが励ましてくれたんだ。
玲衣くんに助けてもらいながら、書き続けることにした私。
そして、夏休み前に締め切りのある短編コンテストにエントリーしてみることにしたんだ。
*野いちごにも掲載しております。
魔女は小鳥を慈しむ
石河 翠
児童書・童話
母親に「あなたのことが大好きだよ」と言ってもらいたい少女は、森の魔女を訪ねます。
本当の気持ちを知るために、魔法をかけて欲しいと願ったからです。
当たり前の普通の幸せが欲しかったのなら、魔法なんて使うべきではなかったのに。
こちらの作品は、小説家になろうとエブリスタにも投稿しております。
ひみつを食べる子ども・チャック
山口かずなり
児童書・童話
チャックくんは、ひみつが だいすきな ぽっちゃりとした子ども
きょうも おとなたちのひみつを りようして やりたいほうだい
だけど、ちょうしにのってると
おとなに こらしめられるかも…
さぁ チャックくんの運命は いかに!
ー
(不幸でしあわせな子どもたちシリーズでは、他の子どもたちのストーリーが楽しめます。 短編集なので気軽にお読みください)
下記は物語を読み終わってから、お読みください。
↓
彼のラストは、読者さまの読み方次第で変化します。
あなたの読んだチャックは、しあわせでしたか?
それとも不幸?
本当のあなたに会えるかもしれませんね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる