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第6話 影の国
13 光と影と踊りながら [第1部 最終話]
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目を覚ますと、朝の光がふりそそいでいた。
ふかふかの布団。見慣れた部屋。いつもの朝。
るりなみは体のあちこちをたしかめたり、部屋のすみずみを見回したりしながら、ベッドからおりた。
「るりなみ様! お目覚めですか」
世話係のみつみの声が耳に飛び込んできた。
部屋の入り口に立っていたみつみは、るりなみに駆け寄ってきて、手を取った。
「まるまる三日間も眠っておられたんですよ! ゆいり様が心配いらないというから、心配はしていませんでしたが、いや、そんなことはないです、心から心配でした」
一気にまくしたてるみつみのいつもと変わらない様子に、るりなみは微笑んだ。
「ゆいりも、帰ってきたんだね」
「ええ、なにもお話しになりませんけど。ゆいり様を呼んできましょう」
みつみが出て行こうとするところに、ちょうどゆいりがやってきた。
「ゆいり!」
「るりなみ様。お目覚めになられたんですね、よかった」
なにもかもが、戻ってきたのだと……王宮の朝の時間に、るりなみは深く感謝した。
* * *
「僕、三日間も眠っていたんだというけれど」
夕方、月笛の置いてある部屋で、るりなみはゆいりに問いかけた。
「三日間、月は編めなくて……月はなくなっちゃっていたのかな?」
るりなみは十何日も、ゆいりがいなくなっていたあいだも、欠かさずに月を編むための演奏をするつとめを果たしていた。
それがこの三日間はできなかったのだとしたら。
「それなのですが」
ゆいりはるりなみの背後を指さした。
「るりなみ様の影が、おつとめを果たしてくれていたようですよ」
「えっ、僕の影が?」
るりなみがびっくりしながら影を見つめると、影は応えるようにゆらゆらと揺れてみせ、それからひとりでに伸びると、るりなみの目の前の月笛をつかんだ。
それから影はるりなみの前にひょいと回り、おじぎをすると、月笛を吹き鳴らしてみせた。
あたたかな音色で、月を編むときの曲の最初の部分を奏でてくれる。
「わっ、すごい! 本当に代わりに吹いていてくれたんだね……ありがとう!」
影が笑った気がした。
影は丁重に月笛をもとの場所に戻し、るりなみのもとに戻った。
るりなみはゆいりと目を見合わせたあと、月笛を手に取り、屋上にあがり、その日の月を編むため、演奏をはじめた。
その日の月は、満月から三日目の、まんまるが少し欠けた月だった。
やがて、夕暮れの空の向こうからきらきらと金色の蝶たちがやってきて、るりなみたちの目の前で舞い踊った。何度見ても、たいそう美しかった。
そして蝶たちは、ふしぎな糸を吐きながら、月を編み上げはじめた。
その途中で、るりなみの影がひゅぅ、とゆいりのほうへ伸び、ゆいりの影の手を取るのが見えた。
るりなみは月笛を奏でながら、なにをするつもりなのだろう、と影を見ていた。
るりなみの影はゆいりの影と手をつなぐと、るりなみからぱっと離れ、宙空に立ち上がったかと思うと、演奏に合わせて踊り出した。
それは、優雅に氷の上をまわるような円舞だった。
るりなみとゆいりは、目を見張って影たちを見つめていた。
そのうちに、るりなみの影が一礼をした。
そしてるりなみのほうへやってくると、るりなみからぱっと月笛を取り上げ、続きの演奏をはじめた。
「次は私たちが踊る番、と言っているようですよ」
気づけばとなりにいたゆいりに、手を取られていた。
金色の蝶が舞いながら、月を少しずつ編みあげる中で、いつのまにかるりなみは、ゆいりに導かれて舞っていた。
こんな風に踊ったことなどないのに、とるりなみは目を見開く。
足は軽々と心を運び、輪になって連なる風の中へ、るりなみを乗せていった。
向かいには、ゆいりの優しい笑みがあった。
足もとには、いつしか影が滑りこんで、軽やかにるりなみを踊らせていた。
夜が満ちた天空に、編み上げられた月が放たれる。ひゅっ、と通りかかった風が、それをすくいあげて運び、こぼれるような銀の河の星々が、次々に瞬きながら抱きとめた。
笛が奏でていたはずの音楽は、空のすべてに流れる響きになって、るりなみたちを包んでいた。
豊かな銀の海に、溶けていくみたいだった……るりなみの心も、体も、影も……ゆいりも……景色も、色も、音も、風も……時も、夢も、魔法も、優しい波に撫でられながら、溶けて……溶けて……。
その晩のことは、どこからが夢だったのか、思い出してもよくわからなかった。
でも、とるりなみは、それ以来、時おり考える。
机に向かって自習をしているあいまに、ベッドの上の天窓に夜空を見上げたときに、あるいは街の素敵なお店へ向かう道すがら。
でも、でも、どこまでが、夢なのだろう。
この本も、あの星々も、ともに歩く影も、大切な人も、るりなみの心も。
すべて夢であっても、ほんとうであっても、おんなじではないだろうか。
手に触れられるもの、目に映るもの。
手には触れられないもの、目には映らないもの。
どっちが大事だとか、どっちが真実だとか、いろいろ人は言い合うこともある。
でも、世界には、その境なんてないように、思えてくるのだ。
いつも、夢の中にいるような心地でいるならば……。
いつも、心を旅するような足取りであるならば……。
* * *
今日も、ユイユメ王国に、鮮やかな風が吹いています。
その風は、るりなみやゆいりのもとに、またふしぎな冒険を運んでくるのでしょう──。
第6話 影の国 * おわり *
ふかふかの布団。見慣れた部屋。いつもの朝。
るりなみは体のあちこちをたしかめたり、部屋のすみずみを見回したりしながら、ベッドからおりた。
「るりなみ様! お目覚めですか」
世話係のみつみの声が耳に飛び込んできた。
部屋の入り口に立っていたみつみは、るりなみに駆け寄ってきて、手を取った。
「まるまる三日間も眠っておられたんですよ! ゆいり様が心配いらないというから、心配はしていませんでしたが、いや、そんなことはないです、心から心配でした」
一気にまくしたてるみつみのいつもと変わらない様子に、るりなみは微笑んだ。
「ゆいりも、帰ってきたんだね」
「ええ、なにもお話しになりませんけど。ゆいり様を呼んできましょう」
みつみが出て行こうとするところに、ちょうどゆいりがやってきた。
「ゆいり!」
「るりなみ様。お目覚めになられたんですね、よかった」
なにもかもが、戻ってきたのだと……王宮の朝の時間に、るりなみは深く感謝した。
* * *
「僕、三日間も眠っていたんだというけれど」
夕方、月笛の置いてある部屋で、るりなみはゆいりに問いかけた。
「三日間、月は編めなくて……月はなくなっちゃっていたのかな?」
るりなみは十何日も、ゆいりがいなくなっていたあいだも、欠かさずに月を編むための演奏をするつとめを果たしていた。
それがこの三日間はできなかったのだとしたら。
「それなのですが」
ゆいりはるりなみの背後を指さした。
「るりなみ様の影が、おつとめを果たしてくれていたようですよ」
「えっ、僕の影が?」
るりなみがびっくりしながら影を見つめると、影は応えるようにゆらゆらと揺れてみせ、それからひとりでに伸びると、るりなみの目の前の月笛をつかんだ。
それから影はるりなみの前にひょいと回り、おじぎをすると、月笛を吹き鳴らしてみせた。
あたたかな音色で、月を編むときの曲の最初の部分を奏でてくれる。
「わっ、すごい! 本当に代わりに吹いていてくれたんだね……ありがとう!」
影が笑った気がした。
影は丁重に月笛をもとの場所に戻し、るりなみのもとに戻った。
るりなみはゆいりと目を見合わせたあと、月笛を手に取り、屋上にあがり、その日の月を編むため、演奏をはじめた。
その日の月は、満月から三日目の、まんまるが少し欠けた月だった。
やがて、夕暮れの空の向こうからきらきらと金色の蝶たちがやってきて、るりなみたちの目の前で舞い踊った。何度見ても、たいそう美しかった。
そして蝶たちは、ふしぎな糸を吐きながら、月を編み上げはじめた。
その途中で、るりなみの影がひゅぅ、とゆいりのほうへ伸び、ゆいりの影の手を取るのが見えた。
るりなみは月笛を奏でながら、なにをするつもりなのだろう、と影を見ていた。
るりなみの影はゆいりの影と手をつなぐと、るりなみからぱっと離れ、宙空に立ち上がったかと思うと、演奏に合わせて踊り出した。
それは、優雅に氷の上をまわるような円舞だった。
るりなみとゆいりは、目を見張って影たちを見つめていた。
そのうちに、るりなみの影が一礼をした。
そしてるりなみのほうへやってくると、るりなみからぱっと月笛を取り上げ、続きの演奏をはじめた。
「次は私たちが踊る番、と言っているようですよ」
気づけばとなりにいたゆいりに、手を取られていた。
金色の蝶が舞いながら、月を少しずつ編みあげる中で、いつのまにかるりなみは、ゆいりに導かれて舞っていた。
こんな風に踊ったことなどないのに、とるりなみは目を見開く。
足は軽々と心を運び、輪になって連なる風の中へ、るりなみを乗せていった。
向かいには、ゆいりの優しい笑みがあった。
足もとには、いつしか影が滑りこんで、軽やかにるりなみを踊らせていた。
夜が満ちた天空に、編み上げられた月が放たれる。ひゅっ、と通りかかった風が、それをすくいあげて運び、こぼれるような銀の河の星々が、次々に瞬きながら抱きとめた。
笛が奏でていたはずの音楽は、空のすべてに流れる響きになって、るりなみたちを包んでいた。
豊かな銀の海に、溶けていくみたいだった……るりなみの心も、体も、影も……ゆいりも……景色も、色も、音も、風も……時も、夢も、魔法も、優しい波に撫でられながら、溶けて……溶けて……。
その晩のことは、どこからが夢だったのか、思い出してもよくわからなかった。
でも、とるりなみは、それ以来、時おり考える。
机に向かって自習をしているあいまに、ベッドの上の天窓に夜空を見上げたときに、あるいは街の素敵なお店へ向かう道すがら。
でも、でも、どこまでが、夢なのだろう。
この本も、あの星々も、ともに歩く影も、大切な人も、るりなみの心も。
すべて夢であっても、ほんとうであっても、おんなじではないだろうか。
手に触れられるもの、目に映るもの。
手には触れられないもの、目には映らないもの。
どっちが大事だとか、どっちが真実だとか、いろいろ人は言い合うこともある。
でも、世界には、その境なんてないように、思えてくるのだ。
いつも、夢の中にいるような心地でいるならば……。
いつも、心を旅するような足取りであるならば……。
* * *
今日も、ユイユメ王国に、鮮やかな風が吹いています。
その風は、るりなみやゆいりのもとに、またふしぎな冒険を運んでくるのでしょう──。
第6話 影の国 * おわり *
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