上 下
36 / 126
第6話 影の国

10 流れに身を任せて

しおりを挟む

 気づけばるりなみたちは、手と手をっかのようににぎり合ったまま、どこかの戦場せんじょう上空じょうくうかんでいた。

「これも……僕の記憶だ、僕の体の中の戦場だ……」

 るりなみはつぶやいて、戦士せんしたちを見下ろした。
 戦士たちは、勝利しょうりをおさめたところであるかのように、万歳ばんざいをし、声をあげていた。

 そのみなの体がきらきらとかがやいて、浮き上がったかと思うと。

 それはもう戦士たちではなく、空へけあがる鳥の姿になっていた。
 それはるりなみがいつか友達になった、あの光の鳥たちだった。

 光の鳥たちが舞い上がると、戦場であった野原のはらはきらきらと消えていった。
 そして光の鳥たちは、るりなみと小さなゆいりのあいだを駆けぬけていった。

「いろいろなことがあったね、ゆいり……」

 るりなみは、手をつないでいるのが大人のゆいりであるかのように、そう語りかけていた。すると、くすり、というゆいりの笑いが聞こえた気がした。

〝──じゃあ、呼んでみましょうか〟

 急になつかしい、大人のゆいりの声がした。

 それは、るりなみの中で、あの日の記憶がくりかえされているのだった。
 あの日……るりなみが深海しんかいからの手紙に夢中むちゅうになっていた、もうずいぶん遠いあの日。

〝呼ぶってなにを?〟

 るりなみが、まだなにもわからないまま、そう答えている。

〝海を、です〟

 記憶の中のゆいりがその言葉を口にしたとたん……。

 また、突風のようなものがやってきて、るりなみと小さなゆいりをおそった。
 だがそれは風ではなく、あの日と同じ、水の竜巻たつまきだった。

 あたりが深海の光景こうけいつつまれていく。
 銀の魚のむれ、ゆらゆらとたうたう海草かいそうの森。輪郭りんかくがにじんだ建物たてものも見えた。

 そうだ、ただの深海じゃない。深海にのまれたあの日の王都おうとだ……。

 だが、水流すいりゅうはげしさに、るりなみと小さなゆいりは引きかれそうになる。

「あ……っ!」

 同時に声をあげたときには、二人の手ははなれていた。

 小さなゆいりが水の竜巻にのまれていく。

 そのとき、るりなみの足もとから、なにか黒々くろぐろとしたものがさっとびた。

かげ!」

 そう、それは、あのとき語りかけてくれたるりなみの影だった。

 影はとっさに、小さなゆいりの肩をつかみ、るりなみのほうへ力任ちからまかせにほうった。

 るりなみは、目を見開いた小さなゆいりを、しっかりと胸にきとめた。

 ぎゅっと腕に力を込める。
 もう、なにがあっても、はなさないように……。

「目を閉じて、流れにまかせて」

 影がふわりと体にかぶさる感じがして、そんな声が聞こえた。
 るりなみはその言葉をそのまま小さなゆいりにかけた。

「目を閉じて、ゆいり。流れに身を任せるんだ……」

 小さなゆいりは少し不安そうにるりなみを見つめたあと、ぎゅっと目をつぶった。

 るりなみも目をつぶり、体が水のうずの中を流されて行くのを、感じていた……。


   *   *   *
しおりを挟む

処理中です...